第3話
私は趣味でやっていた料理で自身の朝食を作った。これでは庶民と変わらない。スープを一口食べると、ノック音が響く。碌に確認もせずに開けると昨日頭が拉げていた彼が手を振っていた。私は彼の頬を叩いた。
「朝食の時間を邪魔しないで。」
「君って刺激的だ。激情を抱えて、それを冷静に使っている。気持ちが悪いくらいに。私は君と一緒に居たいな。」
「なら朝食を邪魔しないで、いい?ご飯時は邪魔しない。先ずはこれを守って。」
「うん。わかった。私もご一緒しても?」
「いいわよ。よそってあげるわ。」
私は彼にスープとパンを渡した。彼はスプーンを使って、美しい作法で朝食を食べていた。彼は王家の者だが、ここに幽閉されている理由は何だろうか。
「貴方って、何故ここに閉じ込められているの?」
「私の錬金術が原因だけど、もっと大きい理由は兄が私を恐れたから。」
「ふーん。錬金術で何をしたの?」
彼は錬金術について説明しだした。早口で聞き取れない時もあったが、彼は兄に婚約者を奪われ、寂しさのあまり理想の女性を作ろうとした。その時に左目を失ったが、赤子を作ることに成功した。しかし、それさえも兄に奪われ、会うことは二度となかったと。そして、錬金術を使った罰として、不老不死の呪いをかけられ、塔に閉じ込められているという。
「じゃあ、貴方はここから出られないの?」
「そういう呪いがかけられている。でも私だって一人は寂しいから、世話係を所望したんだよ。そうしたら、男女が一人ずつ送られてくるようになった。皆、私に惚れて、襲おうとしてきた。皆似たり寄ったりの行動ばかりで、面白くない。そんなのが何百年と続いてごらんよ。殺したくもなるだろ。今や人の血を浴びるのが楽しみになってしまった。」
「……貴方も充分ありきたりでつまらないわね。」
彼は私を見て、肩を震わせながら笑った。もっと残忍で、非道で、不埒な理由があるなら私の心は弾んだことだろう。スープを食べた皿を洗おうとすると、彼が魔法で綺麗にしてくれた。そのまま棚へと片づけられた。魔法とは便利なものだ。私の家系には魔法士が居たことが一度もない。だから本当に貴族なのかと疑われることもあったという。私にはもう関係ない話になったが。
「そうね、貴方が愛に固執する理由ってなんなの?性愛がほしい訳ではないのでしょう。」
魔法で入れられた紅茶は家のメイドが淹れる紅茶よりも香り高く、口当たりがよかった。彼は逡巡した後、私を見つめた。
「私も分からないけれど、純粋な愛がほしかった記憶がある。平等の中にある特別、それがほしい。優しい人に特別優しくされたいのさ。君も本当は優しい人だろう?私の魔法で本性を見た。君は良い人だ。だから君に愛されてみたい。」
「私はもう、誰も愛さない。貴方も自分の部屋に戻ったら?私はこの部屋を片付けるわ。」
彼はそんな私を見て、目を細めた。何か企んでいるような目つきだった。それが気持ち悪くて、彼を部屋から追い出した。少し経ったその時、壁が吹き飛び、レンガが飛んできた。レンガが頭に当たり、私は倒れた。血が流れている、頭を押さえながら、私はゆっくり立ち上がる。吹き飛んだ壁の先には、ヴィネ、彼がいた。視界が白黒している。
「君は強いな、それでも立ち上がるのか。その怪我、治すよ。」
近づいてきた彼の手を払う。勝手に殺そうとして治すだって?この男はイかれている。私の手は殺意に震え、呼吸も浅くなっていく。許せない。私が何故、世話し、愛してやらねばならないのか。ふらつく体で奴に近づく。
「私が与えるのは愛じゃないわ。」
彼の首を掴む。思い切り絞める。彼には全く効いていない。それでいい私は手を離した。
「これで終わり?」
私は彼を開いた窓に叩きつけた。彼が魔法で苦しみだす。離れられないように、彼を窓に押し付ける。彼が叫び声を上げ、肉の焼ける匂いがする。
「素敵な匂いね!貴方にピッタリ!」
そこで離してやった。彼は息も絶え絶えで膝をついている。私を見つめる彼の瞳が怒りに満ちている。
「そうだよッ、私だって怒ってんだよ!お前の世話を無理矢理任されて!挙句にゃお前に殺されかけて!お前が怒る資格なんてないからなッ!自業自得だよ、このクソ!!」
彼は私の言葉に開いた口が閉まらないようだ。どいつもこいつも自分勝手だ。私の無私の施しを忘れ、好き勝手。もう私は我慢しない。この男の世話も放棄する。私はこの塔で私がしたいようにする。もう誰も私の邪魔なんてさせない。
「怪我のことならご心配なく、自分で処置するから!野戦病院に居たことだってあんだからね!お前とは違うのさ!!」
まだ床にいる男を思い切り蹴る。呻き声を上げた彼を放置して、新しい部屋を探しに塔を上っていった。