第25話
彼には優しい愛が必要だ。なるべく穏やかな愛に満ちた本や絵を食べさせた。前よりも緩やかに塔から外へと身体を出している彼を見て、前は考えなしに食べさせていた事を後悔した。また左足だけ、塔から出せなかった。それでもいいのではないかと、私は彼を見ていた。
そして嵐の夜、ヘンリーは現れた。
「リベカお嬢様……」
「久しいわね、ヘンリー。」
「お嬢様。私は間違えてしまいました。貴女を、こんな塔に閉じ込めるなどと。剰え、その化け物の世話など、貴女がすることでは無い…!」
「化け物呼ばわりするのはやめなさい。私は今の生活に満足しています。帰りなさい、見つかる前に。」
私の脇にヴィネが立った。私の肩を抱き、ヘンリーを静かに見ていた。ヘンリーは肩に乗った手を見て眉間にしわを寄せた。
「……リベカお嬢様、どうか私の手を、取ってはいただけないでしょうか…?不幸な身の上にある貴女を、救う御役目を、私に与えてはくださいませんか?」
「いつから私は不幸になったのかしら?私の意見も聞かずに、憶測でものを語るものではない。下がりなさい。」
皇帝の頃の威厳は今もある様だ。ヘンリーが少したじろいだ。それでも言葉を続けようとする彼を見て、私は彼の手を取らなくて良かったとしみじみ感じていた。自身の身の上に酔っているだけだとわかったから。
「それでも、私は貴女様を、お慕い申し上げております。共に行きましょう。」
「行きません。帰りなさい、ヘンリー。」
「……僕も話していいかな。」
この時、ヴィネは彼に襲いかかっていた筈だ。前と違って理性的に話し始める。
「ヘンリー、と言ったかな。君はここに入った時点で罪人だ。君は世話係ではないからね。そしてリベカは、君とは行かないとはっきり断っている。帰りたまえ。ここに入った事は言わないし、わからないようにしておくから。」
「煩い!化け物!リベカは私のものだ!お前なんぞが触れていい相手ではない!」
ヘンリーの変わり様に、私の身体が強張る。いつから私は彼のものになったのだ。なるほど、前はこの男の心臓を食らったからヴィネは少しおかしかったのだ。頭を抱える。
「ヘンリー。私は貴方のものではない、失礼にも程がある。さっさと帰って頂戴。衛兵を呼びますよ。」
「リベカ!私に惹かれていただろう?共に行こう、な?」
「無礼だと言っているのだ!殺されたいのか!」
私の声でヴィネまで動きを止めてしまった。眉間を押さえて、ヘンリーに向き直る。彼は恨みの籠もった視線を向ける。剣を抜き、我々に向かって来た。隠し持ったナイフで応戦しようとすれば、ヴィネが魔法ですぐ彼を制圧した。そして、上から下に彼を見つめ、頷いた。
「君のも一つの愛だな。」
あっという間だった。ヴィネはヘンリーの心臓を魔法で抜き取り、血を啜った。私はすぐに彼の手から心臓を離した。
「そんな顔しないでおくれ。僕は、完全な男になったのだから。」
「いいえ。貴方は完全なんかじゃない。ヘンリーなんて食らってはいけなかった……」
まさかこんな最後で、ヘンリーの様な者の血を食らうとは。床にへたり込むと、彼は私をガラス細工でも触る様に抱きしめた。彼の魔法で部屋は綺麗に片付けられていく。ヘンリーの遺体もゴミ箱にしまわれた。明日、衛兵に言わなくてはならない。
「どうして…最後、私に相談しなかったの。何故ヘンリーなんか……」
「君に愛を伝えるのは僕だけでいいって思って。僕、やりたい事がわかったよ。君と一緒に居たい、君を独り占めしたい。それは此処でもいい。王室や王侯貴族を殺して僕が王になってもいい。君に楽な暮らしをさせるなら王になった方がいいのかな。でも王になると責任があるから、王宮魔術師にでもなろうか。そうしよう。君との生活の為に、僕はそうするよ。」
「頼んでないわ、ヴィネ。でも魔術師になりたいのなら、それもいいと思うわ。私は、私のしたいようにするから。気にしないで。」
「君が居なきゃ意味がないよ。君は今日から僕の妻だよ。」
この暴走具合、ヘンリーが原因だったのだ。話を聞かないのも、わかっていればもっと上手くやれたのに。元から話は聞いていなかった様にも思う。それでも、私はヴィネを捨て切れない。リオンを捨て切れない。
「貴方の妻になるかはまだわからないけれど、一緒に居るわ。貴方が好きだから。」
私の言葉に気をよくした彼は、私を見つめ額にキスを落とす。私が唇にすれば、それとなくもう一度重ねてきた。
「僕は君を愛しているよ、リベカ。何回失っても、僕は君を見つける。」
私達の間にある呪われた縁を思う。暗闇に進む私は、どうやってこの糸を切るのか、それとも結ぶのか。
これにて終わりになります。急ピッチで書いてしまいましたが、終わらせることができてホッとしております。
楽しんでいただけていれば何よりでございます。ありがとうございました。