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第24話

 床一面、壁一面に血が飛んでいた。それは、カルロの血だった。次に部屋の外の衛兵が呻き声を上げ、静かになった。男の悲鳴、女の悲鳴。私以外、皇帝だけを残して。恐らくベラも殺されている。血塗られた床にへたり込む。


「ヴィネ!」


 悲惨な状況に似つかわしくない声が響く。あれは、離宮のメイドのアンナだった。ヴィネの腕に巻き付くように引っ付き、猫なで声を出す。


「これで後はリベカを処刑すれば、皇帝は貴方よ!あら?まだリベカを殺してないの?」


 子供のように首を傾げた女に私は、あの塔から出た時の自分を重ねた。兄が言っていた、悪魔か。私もこう見えていたのだろう。私は立ち上がった。


「あれ、リベカ。アンタ子供が居たの?アンタそっくりで可愛げがなさそうだね。」


「……ヴィネ。付き合う女は考えた方がいい。品性のない人間は自滅するわよ。」


 何かを喚くアンナを後目に、リオンを抱きしめた。小さく母上と呼んでくれている。離れて彼等に向き直った。


「ごめんなさい、リオン。お前を最後まで助けられなくて。弱くてごめんね。」


 手に隠し持ったナイフは、油断していたヴィネの胸に突き刺さる。赤い血が流れ、ナイフを引き抜く。床にポタポタと滴り落ちる。ダメ押しで更に肺へと突き刺す。呆気にとられたアンナが金切り声を上げて私を押し倒す。馬乗りになられたが、戦場経験は私の方が上だ。すぐに体勢を立て直し、アンナの喉を刺した。ヴィネの呻き声が聞こえる。まだ生きていたのかと、私が歩み寄れば魔法陣を書いていた。


「今度は間違えない。リベカ、君を愛してる。」


「何を……」


 魔法陣が赤黒く光る。大量の血が贄に使われているのだと遅れて気が付いた。





 雨の日の塔、離れて行く馬車、若い身体。私は立ち上がった。あれは、時を戻す魔法陣だったのだと気付いた。塔の扉を開く。彼は覚えているのだろうか。いや、覚えているのなら、真っ先に私の下へ来るだろう。叔母が使っていたであろう部屋をまた覗く。風呂に入り、服を着替えた。

 これから私ができることは二つ。このままヴィネに会わないようにする、もう一つはもう一度皇帝になるかだ。正直、もう一度あの工程を行うのは精神的に辛いものがあった。このまま世話係として生きる方がマシな気さえしている。リオンに会えない事以外、悪いことはないのではないか。

 考え事をしていれば、腹が鳴った。調理場でご飯を作れば、背後に気配があった。ヴィネだ。それでも気付いていないふりをした。


「何故、気付いているのに振り向かないんだ?」


 彼から声をかけてきた。振り返れば懐かしい若い彼が居た。まだ幼い精神の彼、少しリオンと重なった。


「世話係は貴方と関わってはいけないのでしょう?だから去るのを待っていたの。」


「…………………………。」


 彼の事だ。また攻撃魔法やら何やら使って暴れるだろう。そう思っていたが、彼は鍋を覗き込んだり私の顔を見たりしていた。


「貴方も食べる?」


「貰おうかな。」


 私が食事の準備をするのを見ていた彼は、魔法で綺麗に皿を並べていった。私が便利ね、と言えば少し笑った。


「君、名前は?」


「こういう時は自分から名乗るものよ。私はリベカ。貴方は?」


「ヴィネ……」


 口にすれば、あの時よりも美味しいスープだった。温かい食事、少しホッとする。ヴィネが私を見つめなければもっと味わえただろう。


「ヴィネ?そんなに見ても私からは何も出ないわよ。」


「君。僕を愛してくれない?」


「………………。」


「駄目?でもさ、君なら僕を愛してくれそうなんだ。容姿に惑わされてもいないし、僕の気配も感じ取れる。それにこのスープ、とても美味しかった。」


 前とは違って随分と穏やかな彼。出会い方が違えば、命の危機もなかったようだ。つくづく自分の無鉄砲さに嫌気が差す。食べ終わった皿は彼が綺麗に片付けた。私は彼に抱きしめられた。思わず離れれば、彼は目を見開いた。


「そんな風に避けた人、初めてだよ。皆僕が抱きしめたら喜んでいたのに。」


「勝手に人に触れてはいけない。特に女性にはね。ヴィネ、貴方を愛すことはできない。私は他に愛した人がいるから。」


「愛した人。どんな人なんだ?」


「感情に振り回されて、考えなしで、私の事を盲目的に愛していた。雛鳥のように、私が言ったことを吸収して、疑わなかった。そんな人を伴侶にしたのは間違いだったわ。」


「結婚していたの?でも、その人よりは僕の方がマシじゃないかな。」


「似たようなもんよ。この話は終わり。明日からよろしくね。」


 手を翻して、部屋に戻ると彼も付いてきた。


「……貴方は此処から出たいから私に愛して欲しいんでしょう?」


「よくわかったね、そう。あと不老不死を治したいんだ。それには真実の愛が必要だって聞いたから。」


「真実の愛なんてないのよ、ヴィネ。」


 部屋から彼を追い出す。あの時は部屋の壁が壊されてレンガが飛んできた。今回は何も起こらない。私は久々に熟睡した。

 翌朝、私の周りを歩き回る彼と話をしていた。彼は情緒不安定で突然大声を上げたり、泣き出したりと忙しかった。愛に関わるものを食べれば彼はここから出られる。彼はここに居る方が幸せなのではないかと、最近はそんな事を考えている。


「ヴィネ。貴方はここを出て何をしたいの?ただ外に出ただけでは死んでしまうわよ。」


「僕は……兄上の墓参りに行きたい。悪い事をしたのは知っているから、謝りたい。」


「その後は?何をして生きていくの。」


「わからない……」


「ならよく学ばなくてはね。自分は何ができるのか、何をしていきたいのか。」


 ヴィネは私の膝に頭を置いた。髪を指で梳けば私の手を取った。指を絡めて、少し強く握ってくる。片目しかない彼と目が合う。顔が近づいて来て、思わず距離を取った。彼は拒絶された事に気を悪くしたのか手を離してそっぽを向いた。


「リベカ。君は不思議な人だ。僕のことを愛しげに見つめてくるのに、僕が近付くと離れていく。まるで霞のようだ。」


「……もう無理しないって決めたの。私の事も、貴方の事も。貴方の事、好きよ。でも、不老不死を解くのは私ではないと思うわ。」


「僕の呪いを解くのは君がいい。君のことだから、本当は解き方も知っているんだろう?君が解いてよ。」


 正面からやや乱暴に抱きしめられる。背中に軽く手を添える。


「……愛に関わるものを食べればいい。一緒に探しましょう。貴方に合う愛を。」


 もう少し経てば私の護衛騎士だった者が塔に来る。ヘンリーだったか、今のヴィネに彼を食わせるのは気が引ける。いっそヘンリーの手を取る方が互いの為なのではないかとすら思えた。

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