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第21話

こんにちは。お久しぶりです。ゆっくり続きを書いていこうと思います。

 皇子は五歳になったある日、奇妙な夢を見ると乳母に告げた。乳母が聞き返せば彼は詳細を話した。

 夢の中で皇帝である母親と二人で眠っていると、隻眼の美しい男性が目の端を赤くし、口の端に力を入れた憤怒の表情をしているのだという。彼が起きたことに気がつくと煙の様に消えるのだ。乳母はこれは確かに奇妙な夢であると頷いた。しかし、それと同時にそれは現実の出来事ではないかと乳母は考えた。

 皇子である彼は月に一度だけ母親と一緒に眠ることが出来る。それ以外は手を繋ぐことも抱きしめることも許されないのだ。しかし母の添い寝も後継者教育が始まる六歳までである。乳母は王配殿下が帰って来たのではないかと思い始めた。そこで彼女は皇帝の側近であるカルロにそのことを伝えた。カルロは少し目を見開くと乳母に軽く挨拶し、足早に去っていった。





「陛下、少々よろしいでしょうか。皇子殿下についてなのですが…」


 ペンを止め、カルロへとゆっくり向き直った。それさえも周りの従者に皇帝としての威厳と圧を与える。カルロは耳元へ行き囁いた。


「王配殿下がお戻りになられているかもしれません。皇子殿下が奇妙な夢を見たと…」


「そんな不確定なものを報告しに来たのか?ヴィネが帰ってくることはない。……仕事に戻りなさい。」


「失礼いたしました。しかし偶然でもないと」


「……彼はもう、必要ない。後継者であるリオンも、もうすぐ六歳。ヴィネに構えるような時間はないの。」


 ヴィネは純粋な子供の様なものだった。母が欲しかった子供なのだ。それを叶えただけだった。リオンは賢く、魔法の才もある。ヴィネの良い所を受け継ぎ、私のような野心家でもない。しかし人一倍、執着が酷い。私の関心がないと知れば、激しく癇癪を起こした。そこだけは父親に似てしまった。

 ヴィネのことを考えなかった訳ではない。深く考える暇がなかったのだ。出産と後継者教育、政務に休みはない。彼がどこに行ったのか、その報告を聞く事しかできなかった。影でも見つけられないとするならば、中立の森にでも身を隠したか。彼の事だ、絵物語の様に小屋でも建て、家畜と暮らしているのだろう。想像は容易かった。


「……迎えに行くのはどうかしら。」


 いや、手を離したのは彼だ。突っぱねられる事だろう。独り呟いた言葉は壁に吸い込まれる。ふと、執務室の前が騒がしい。珍しくリオンが私を訪ねてきたようだ。必死に母を呼ぶ声に、扉を開けるようにカルロに命令する。扉を開ければ興奮気味に私の下へ駆けてくる。


「カルロに礼を言いなさい。従者を蔑ろにしては皇帝にはなれませんよ。」


「あ、ありがとう、カルロ。母上!面白い友人ができました!」


「友人…?そう、何処の者?」


「わかんないです…だけど、僕よりも魔法が上手なんですよ!彼の魔法で湖を見ました!」


 私は後ろに控えていた乳母に視線を移した。乳母も把握していないようで、頭を下げた。彼女は元影の部隊の者。それをすり抜ける者が現れたということだ。侯爵家がそれ程の従者を持っているとは思えない。未知の敵が私に迫って来ている。


「彼はどんな人なの?」


「はい!優しくて魔法を色々教えてくれました!髪が長くて、目元がよく見えないのです。普段は無口ですが、魔法の事になるとよく話します。あと、母上の話をすると笑顔を見せてくれます。」


「そう。そうなの。」


 カルロに視線をやれば、頷いた。ヴィネがリオンに接触している。何故私ではなく皇子に。今になって、反逆でもしかける気なのか。彼が本気で潰そうとすれば、私でも対処が難しい。彼の味方はいるのか、支援者は。私の弱点、これがあるから子供は厄介だ。真っ先に後継者に目を付けるとは、当たり前だが、私も焼きが回ったか。


「リオン、暫く乳母と常に居なさい。その男とは会ってはいけない。母との約束ですよ。いいですね。」


「なんで…?」


「その男は反逆者です。お前に危ないことをしようとしている。優しく近付き、騙している。油断してはならない、お前はよく人を見なくてはなりません。」


「はい…母上…。」


 落ち込んだ皇子の対応は乳母に任せ、執務室にベラとカルロだけ残した。ベラにヴィネが帰って来たと言えば、表情が変わらない彼女が眉を少し動かした。皇子にのみ接触した理由は、恐らく皇帝である私の弱点だから。ヴィネが皇帝になるべく動くのであれば、今夜辺りに現れるだろう。宣戦布告の為に。


 いつも通りに政務を終わらせ、寝室にて一人、彼を待った。窓は閉じている、扉の前には衛兵。来るなら魔法しかない。目を閉じた。再び開けた時には彼が部屋の中央に佇んでいた。最初に口を開いたのは私。


「貴方はもう、王配ではないのよ。寝室に勝手に入ってはいけない。」


「…………。」


「何か言えないの。それとも、家畜と暮らして言葉を忘れてしまったのかしら?」


「……リベカ。君が何よりも欲したその地位は、頂の景色は美しいか?」


 何かと思えばそんな事を。私は復讐を果たし、忠臣を得て、子供さえも手に入れた。神になろうとは思わないが、十分な地位にいると確信している。

 ただ、王配が表に出ないことを不審に思う民もいる。正直に言えば、彼がまた戻ってくることを望んでいた。しかし、今の彼に私の口説きは意味を成さないと、肌で感じている。


「私には十分なものよ。私の望み、野望、そして未来。全てよ。」


 そこにヴィネがいれば、完璧だった。私は欲しい物を全て手に入れた事になる筈だった。彼の居ない六年間は充実していた。それでも、皇子の側に彼が居れば、影を率いる彼が居れば、私の側に過去を知る者が居れば。そう思わずには居られなかった。

 彼は私の目の前に立った。服が擦れる程の距離。このまま私を、最初の頃の様に殺す気だろうか。私が居なくても、この帝国は回るだろう。ベラやカルロ、他の臣下が回していく。後継者もいる。あの子は賢い、上手くやっていくことだろう。ヴィネが私の頬に触れた。指先が震えて、随分と冷たい。


「私は、君を引き摺り降ろしたい。」


「宣戦布告ね。後ろ盾はあるのかしら?」


 頬から手が離れた。美しく弧を描く唇は、愛しげに私を呼んだ。


「リベカ。君を愛してる。」


 瞬きの間に彼は姿を消した。力なくベッドに腰掛ける。国を巻き込んだ喧嘩をする事になるとは。面白い。今までの戦争の中で一番困難な物になるだろう。どんな戦いを挑んで来るのか。経済か、武力か、或いは人心か。私でも勝てるかわからない。ヴィネ、やはり私の最愛。最高の贈り物をありがとう。

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