第20話
「……陛下。御懐妊、おめでとうございます。。」
「……なんですって?」
ヴィネが去って二月。私は体調が安定せず、医者を呼んだ。医者が放った言葉は、もっと前に欲しかった言葉だった。今となっては、兄と侯爵家の者、レオノールとの間に双子が生まれ、そのうちの一人を後継者にするつもりだった。その事をレオノールに少し話していたというのに、これでは侯爵家と亀裂が入ってしまう。私は後の事を考えていた為に、腹の中にいる子供に問題があるかもしれないと言われたのを、聞き逃した。
腹を擦れば此処に何か居るのだと、気味が悪かった。カルロは嬉しそうにはにかみ、何度も祝いの言葉を私に伝えてきた。他の者も幾度と祝言を言う。
私は窓から庭を見ていた。今年初の雪がちらつき、道を静かに覆ってゆく。私の記憶に蓋をする様に。時折見えた愛しい影は、此処にはもう無かった。
「彼は、何と言ったかしらね。可哀想な子。お前は父の顔を二度と知る事はない。母もお前を抱きしめるのは、ほんの数回でしょうね。お前は生まれながらに、皇太子となるのだから。」
窓に映ったベラは、少し目を伏せた。彼女の方が余程、母の顔をしている。私は、腹にいる子を後継者として愛すのだろう。
彼は中立の森にて小屋を作り、魔法で家畜を盗み、生計を立てた。彼は自ら離れた彼女を想っていた。塔が全てだった彼に彩りを与え、感情を教え、孤独を恐ろしく思わせた彼女を、彼は妬みさえも持って愛していた。皇帝となった彼女は激情を強い理性で抑え、貼り付けた笑顔を民に見せた。自分にさえも一定の感情だけを見せて、それ以上踏み込むなと警告した。それでもと、踏み込めば忽ち彼女は煙の様に彼の手からすり抜けていった。だから、彼女の手を自ら離した。彼の少しの、復讐だった。
目を開く。目の前の家畜や草花は彼を癒すどころか、余計に腹立たせた。彼は自分の頭を掻きむしった。声にならない怒りの様な激情を抑える為だった。そんな状況でも、彼女の下へ駆けていく事はしなかった。自分が忍耐力のある男だと示したかった。彼女が彼を諦めたとも知らずに。
「彼女の瞳を、思い出した。瑪瑙の様な奥を見せない美しさは、私を睨んでいた。初めから、求められていた訳ではなかった。彼女は私を見抜き、驚かせ、魅了した。彼女は私の力だけが必要だった。私という存在は、愛は要らなかったのだ。それが、今も胸を痛める源となっている事を彼女は知らないのだな。」
消え入るような愛の言葉は、彼以外に理解する者は居ない。その頃には森の外で、皇太子の誕生を祝う宴が行われていた。