第15話
私達は一度休暇の為に、離宮へと足を運んだ。この離宮はヴィネの為に、最高の設計士と建築家によって造られた。窓は薄いクリスタルの様な輝きがあり、天窓から差し込む光は、広間を白く映し出す。庭園には白い薔薇を、白いパンジーも植えた。今は薔薇が見頃だろう。彼に離宮の事を話す。ヴィネも気に入っていると思っていたが、どうやらあのアンナとか言うメイドの事が気になる様だ。私が慰めに髪を撫でれば、彼は少し口角を上げた。
離宮に着けば、ヴィネが私の手を取り、エスコートする。あのメイドが視界の端に映った。手が汚れたまま。私達が来ると言うのに、手も洗う時間もないのか。それとも、私を馬鹿にしているのか。メイドと目が合う。憎悪に満ちた瞳、それだけで斬首をしても良いが、私はそんな事はしない。ヴィネが欲しければ奪えばいい。この男の価値はもう、皇帝の私にはない。離婚する際には科学者と共同開発した魔力封じの首輪を付ける。彼は一生私の奴隷だ。
「リベカ。庭園を歩こう。その後は、お茶をして、君に本を読んでもらいたい。」
「いいわ。今日は貴方のしたい事をしましょう。」
私の頬に軽くキスを落とす。勝手に触る事は許していないが、今日は気分が良い。許してあげよう。あのメイドの視線が痛い程、嫉妬と羨望に満ちていて、思わず笑う。彼は良い様に解釈し、私から離れない。歩き辛いが、また気分を害されても困る。そのままにしておく。
庭園をそぞろ歩き、白薔薇の香りを楽しむ。彼の部屋に薔薇を二本飾る様にメイドに命令する。薔薇の本数がお気に召した彼は、恋人の様に私を抱く。私が抱きしめ返せば、腕の束縛は強くなる。ヴィネは私の髪を梳く様に撫でる。
「今日は私だけの君でいてくれ、美しいリベカ。」
「いつも貴方の私でしょう。」
「君は、掴んだと思うとすぐ消えてしまう。霞の様に手からすり抜ける。君をこうして抱きしめている時でさえも、心は此処にあるのか……。私のリベカ、私の。」
視界にあのメイドが映る。私を抱きしめる彼を見て、涙を見せている。彼の頬を両手で包み、唇を合わせた。彼は瞳を溶かし、私が如何にも楽しそうにしている様を映す。
「ほら、馬鹿な事は言わないで頂戴。私は確かに、貴方の腕の中よ。」
「あぁ、そうだな。愛しているよ、心から。」
「ええ。私もよ。」
哀れなメイド、この男を愛したが為に嫉妬と憤怒に塗れ、悲嘆の涙を流す。美しい愛、そんなものを信じている目線。これ程、面白い事はない。そんなものは最初からない、何処にもない。ヴィネはまだ使える、離してはいけない。私の楽しみになりそうだ。
ヴィネは彼女の目線が、自分に向いていない事に気がついた。リベカの瞳は、あのメイド、アンナに向けられ、酷く興味を持っている様だ。彼女は自分の話に相槌を打っているが、心はあの女に向いている。自分の離宮、自分の庭園、自分の妻、それなのに。
「あのメイド、そんなに気になるのか。」
「え?だって、貴方を魅了しようとした者だもの。気になるでしょう?」
「言い訳はよい。私との時間だと言っていたのは嘘だったのだな。」
「折角の時間を不機嫌に過ごすなんて、面白くないでしょう。今は貴方を見ている……今夜は共に眠りましょう。貴方が望むなら、だけれど。」
彼女はヴィネの手をなぞる。抱ければ良いと自分が思っていると考えている様だが、そこまで単純ではない。性欲ならば、他でも吐き散らせる。しかし、愛は、彼女が受け取らなければ、彼女から与えられなければ意味がない。それでも、彼女の手を払う事も出来ない。それだけ、彼女の言葉は、行動は、甘く、激しく、心を揺さぶるのだ。激情を誘引し、衝動に走りそうになる。
「……君は、私の心を奪うのが上手いな。」
手を取り、見つめ合う。あの瞬間がどれ程愛しいのか、彼女は知らないだろう。瞳いっぱいに自分が映るその瞬間。愛を囁く彼女の、一瞬見せる嫌悪。それさえも自分の心を満たす要素だった。果てる度に、彼女から伝わる烈しい怒り。全てが、狂おしい程に歪む刹那。
彼はリベカを連れていく。横のメイド等、存在しないかのように。
「私の、ヴィネなのに……。私の皇帝なのに……。」
唇に血が滲む程、噛みしめる。彼に愛されるのは、自分の筈なのに。彼が篭絡されてしまっている、それも、汚い女の技によって。彼女と何度も目が合った。その度、自分を馬鹿にする様に、ヴィネを蠱惑的な瞳で見つめるのだ。
遠ざかる彼の背を見つめた。必ずや、目を覚まさせると誓う。自分の愛で彼を救うのだ、自分こそ彼の救世主なのだと信じて疑わなかった。
「先ずは、あの女とのセックスを止めなくちゃ。」
寝室を滅茶苦茶にしてやれば良い、彼が入る前に侍従が入れば?彼は彼女の不貞を疑うだろう。侍従のどちらかを味方にしなくてはならない。どちらがより、疑いが向くだろうか。失敗は許されない。二人を誘惑し、寝室へと誘うのだ。もしくは、彼女の体の自由を奪うのはどうだろうか。彼女は髪を整え、化粧をする為に、部屋へと急いだ。