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第14話

 全てが上手くいっている。そう、その筈なのだ。何故、ヴィネの事だけ上手くいかないのだ。皇帝になった私は、より忙しくなる。ベラ・スタッドに国務を任せ、各地を周る。ヴィネに構っている時間はない。彼も私と共に各地を周っている。共に居る筈なのに何が不満なのか、彼は私に皮肉を言い、勝手に私を抱きしめてくる。どっちが本当の気持ちなのか分からない。


「ヴィネ。何がそんなに不満なの?皇帝の伴侶、王配で、私の寝室に勝手に入っても許される。貴方を守る騎士団もある。美しい離宮も貴方の為に作った。それでも足りないの?何が気に食わないの、何が欲しいの。話さなければ、何も伝わらないわよ。」


「……あの塔に居た時、君は私だけのリベカだった。」


「今もそうでしょう。」


「違う!!」


 彼が声を荒げるのは初めてだ。鼓動と呼吸が一瞬、止まったような驚きがあった。彼は下を向き、私の顔が濡れる。彼が泣いている。私はぎょっとして、思わず指で彼の涙を拭った。


「貴方の、妻で、伴侶で、恋人でしょう、私は。何が違うの。」


「君は何も分かっていない。君の愛は皇帝という地位に向き、私に向けられるものは、それの何万分の一という愛しかない。」


「……愛とは与えるものよ。そして、与えられたことの無い者は、与える事が出来ない。私も、与えられた事がないわ。だから、愛せないの。故郷や国を愛するように、貴方を愛すのではいけないの?」


「それでも、良かった。だから、君に協力した。それが、献身という与える愛になると思った。それで、君が少しでも私に向いてくれるなら。しかし、もう。私はそれだけでは耐えられない。君の愛の全てが欲しい。この国を、帝国を、本当に愛している訳ではないのだろう?どうか、本当の愛を私に注いでおくれ。私は君と一つになりたい。愛しているのだ、リベカ。どうか、狂い果てる前に、私の愛を受け取ってくれ。」


 彼は力なく私の肩を掴み、滑り落ちる様に膝をついた。私は、どうすれば良いのか。彼の力はもう、必要ない。私の軍は強化され、騎士達は進んで私の為、帝国の為に剣を振るう。災厄は学者と共同で調べ、いつ起きても問題なく対処出来る。寧ろ、彼は捨て置いても良いのだ。前王室の者なのだから。彼を王にする者だっていたのだから、消した方が良い。それなのに、何故。何故、私はヴィネを抱きしめているのか、彼を離せないのか、彼に近づく者を許せないのか。全ては、この感情に起因するものだった。


「ヴィネ。私は、貴方を、好きになってしまった。この感情は一番厄介だわ。皇帝リベカ一世には、必要ないものよ。けれど、ただのリベカには、必要な感情になってしまった。貴方が、必要になってしまった。何時からなのかしら。私達は随分と遠回りをしていた。」


 腕の中のヴィネが顔を上げる。彼は私を強く、抱きしめた。私も負けじと、彼を抱きしめる。これが愛であると言うならば、何と甘美で、痛ましく、滑稽な感情だろうか。あのメイドの事も、そうだった。彼に近づく者が許せなかった。彼が私を好きなのは、靡かないからだと思っていた。しかし、そうではなかった。彼は私の愛をずっと欲していたのだ。





 離宮のメイド達は、仕事が少ない。王族が来ない限りは、清掃作業か洗濯くらいのものだ。それだけで給料を貰えるので、結婚が目的ではないメイドにとって、この職場は最適なものであった。しかし、恋人や婚約者を探しに来ているメイドにとっては監獄であった。

 アンナはその中でも異質な存在であった。男爵家の令嬢でありながら、後宮のメイドとして訪れ、そして、国王陛下、今では皇帝になられたリベカ一世の怒りを買い、離宮へと移動することになった。それだけで、噂話が好物のメイド達の好餌となった。何でも王配に色目を使い、皇帝の逆鱗に触れた。しかし、皇帝は後宮から離すだけでお許しになられた。メイド達にとって、首切りでもおかしくない行為をした者が生きているのは特別扱いに見えた。アンナは一番厳しい環境に追いやられていた。


「貴女は文字も読めないでしょう?この本は私が預かっておくわね。」


「アンナ。貴女が掃除した場所、窓に埃が残っていたわよ。掃除も満足に出来ないの?何で貴女が此処で働けているのか不思議だわ。」


「私、は……」


「「口答えする暇があるなら手を動かしなさい。」」


 アンナは世話係の二人に強くあたられていた。メイド見習いとして初めから教え込まれ、その他の仕事も任されている。洗濯、芋の皮むき、厩の掃除、兎に角、何でも彼女は仕事をやらされた。

 アンナはそれでも挫けなかった。ヴィネが自分を愛してくれると思っていたから。皇帝になったあかつきには、自分を皇妃にすると、そう信じていた。彼も自分に惹かれている、自分達は小説と同じ様に惹かれ合い、時に危機に襲われながらも、一緒になるのだと信じて疑わなかった。何故なら、アンナは自分が死ぬ前に読んだ小説の中にいると信じていたからだ。


 彼女はアンナになる前は、日本という国で高校に通っていた。漫画や、小説が好きで、特に恋愛物を夜から日が昇っても読む程に好きだった。その中でも、好きだった小説『囚われの治者と暁の令嬢』は彼女のバイブルと言っても過言ではなかった。特に、ヴィネが好きで、彼女はヴィネと自分の小説や漫画を描く程、のめり込んでいた。コミカライズされた時は、ヴィネの理想通りの外見に心躍り、何度も何度も読み返した。彼をいじめるリベカや、利用するベラが悲惨な死に方をするのも、彼女の被虐心をくすぐった。その果てに一緒になるアンナが憎らしかった。

 そんな中、彼女は寝不足により、階段から足を滑らせて亡くなった。打ち所が悪かった。それでも、彼女にとってはラッキーだった。彼女はあの憎んでいたアンナの立場を手に入れたのだ。世界は小説よりも作り込まれており、彼女は勉強が難しく、何度も挫けそうになった。それでも、ヴィネと共に居る未来の為に、必死に勉強をして皇妃になっても恥ずかしくない様にと、言語も学んだ。その甲斐あってか、本当は違うが、彼女は後宮のメイドになった。男爵令嬢がなれるものではなかったが、ヴィンセント家のマーカスが手回しをした。ヴィネの不貞行為を誘える程の美貌が彼女にはあったからだ。アンナは順調にヴィネの近くに寄っていったが、肝心の彼は上の空で、いつも執務室を見上げていた。それ以外は執務室に籠り、一日出てこない事もあった。彼女は自分を見初めない彼に痺れを切らした。

 彼女はとうとう、彼の前で転ぶふりをした。彼がそれを支えると腕に胸を押し当て、誘った。しかし、彼は冷たくそれを断ったばかりか、自分を遠ざけた。その後は離宮に追いやられ、世話係にいじめられている。


「皇帝になったヴィネは私を愛すると思っていたのに。皇帝になったのがリベカですって?ふざけないでよ…!私が皇妃になる筈だったのに、彼の愛を受け取るのは私なのに、どうして、迎えに、来てくれないのよ。ヴィネ……。」


 彼女の悲痛な声は、皇帝の誕生を祝う鐘にかき消された。

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