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第10話

 ヘンリーの死体は塔でそのままにしていた。ドアを開けてすぐに目に入って、気分が悪くなる。兄が叫び声を上げ、彼の最期を嘆いた。


「可哀想なヘンリー……こんな悪魔を愛したが故に……。騎士道に恥じぬ美しい心根の男であったのに。」


「ヴィネ。この死体は後で捨てておいて。何時までも此処にあったら、病気に罹ってしまう。」


「すぐに片付けよう。」


「あぁ……すまない、ヘンリー。弔いも出来ない。あぁ……女神の御心が、お前を救ってくださいますように……。」


「いちいち五月蝿い人ね。ヘンリーがこんな形で亡くなったのも、私が、貴方の言う悪魔になった事も、全ては逃げ出した貴方から始まっているのよ。それが無ければ、私は伯爵家を継ぎ、貴方は世話係で終わり、万事上手くいっていた。壊したのは貴方。これから私という悪魔は、この国に君臨する。あの男を連れてね……」


「おお、女神よ。この悪魔を止める術をお与えください。こんな者でも私の血を分けた兄弟なのです。慈悲を、お与えください……」


 信心深いアイザックは、人は与えられた身分と仕事を続ける事を真とする。男も女も一人を愛し、死が分かつまで、共に居続ける事を真とする。それでは何も変わらない、始まらない。私に与えられた世話係という仕事も、伯爵家の令嬢という身分も、私には足りない。全てが足りない。





「ヴィネ、私が合図を出したら光と共に。いいわね?」


「あぁ、任せてくれ。華々しい登場になるだろうな。」


「ええ。私、いえ、私達の最初の、おとぎ話になるわ。」


 私は白地に金の刺繍のされたローブを羽織った。フードを深く被り、目的の場所へと歩いた。私はこれから、混乱した貴族院に預言者として現れる。貴族院の議会が行われている部屋の前まで行くと、騎士が私の行く手を阻んだ。私の顔を見せれば、驚いたようだ。それもその筈、私は死んだことになっているのだから。開かれた扉からそろそろと登場した。


「……皆様、私を覚えてくださっているのでしょうか。それとも、記憶の彼方に閉じ込めてしまったのでしょうか。」


「そんな、まさか。貴方様は、ブレイスフォード嬢ではないか。」


「おお、私を覚えていてくださったのですね!何と喜ばしい事でしょうか。……私は、気の、狂ってしまわれた父に閉じ込められていたのです。そう、あの塔に!」


 ここからでも見える。ヴィネのいた塔を指差す。貴族達にはどよめきが広がる。ひそひそと化け物の話をする。私の頬を一滴の涙が彩る。これも完璧。


「そこには哀れな、最後の魔法士が居たのです。そして、魔法士に誘われ、私は予言の書を開いてしまいました。そこには、王家の事も……失礼。まだ、飲み込めていないのです。しかし、これから、この国に起こる災厄を思えば、私はここへ行かなければならないと、そう思ったのです。こんな事がなければ、私はあの塔で、最後を迎える心づもりでいました。」


「一体、何があると言うのですか。」


「……これから、私が話す事を外部に漏らさないように、お願いいたします。この国は、イナゴの群れにより、作物は無くなり、終末の様な嵐に襲われ、この領土は、残酷で卑しい者達に汚されます。信じられないかもしれません。ですが、王家の方々も、私の家族も、皆様のご家族も、悲しい結末を迎えました。この国はより、混乱するでしょう。だからこそ、私を信じていただきたいのです。弱く脆い体ではございますが、私はこの事態を防ぐ為に、ここに参りました。」


「貴方様が仰ることが本当に、起こり得るならば、どの様に事態を収めると言うのです?」


「私はこれから、この国の南の田畑へと向かいます。そこで、預言の書によって、イナゴの大群を死滅いたします。」


「そんなことが出来るのですか?失礼ながら、ブレイスフォード家では、魔法士は生まれたことはない、そんな家の血を継ぐ貴方様が、出来るのですか。」


「家の初代当主は、王家直属の魔法士でした。しかし、嫡子であり、魔法士であったノアが亡くなり、魔法士は生まれなくなりました。私の血脈は確かに、正しいものです。」


 貴族院は私の登場と、預言、ブレイスフォード家の正統性で混乱状態だ。それでも、私がこの者達を導いてやらねばならない。面白いくらいに、私の思い通りに進む。貴族院が騒いでいる中で、私は高らかに発言する。


「私に証人をお付けください。それで信じてもらえると。時間が無いのです、私は今すぐにでも、出発しなければなりません。」


「ならば、私が付いてゆきます。」


 スタッド侯爵家の長女である、ベラ・スタッドが私の前に現れた。彼女とは学院時代、テストの点数を争った仲だ。彼女は公明正大で有名な女性だ。彼女が証人になってくれれば、間違いなく、私の王冠へ近づける。


「スタッド家の方が行くのならば、私も行きましょう。」


 ベイリー伯爵家の次男、イーサン・ベイリー。彼も嘘が付けないお人好しだ。彼の人柄は人気がある。傍に置くには申し分ない男性だ。私は二人に会釈した。王家にも劣らないと言われた私の立ち振る舞いは、こういう時に役に立つ。


「お二方、ありがとうございます。では、参りましょう。この国を救う為に。」


 私は歩きで向かう素振りを見せ、彼等に馬車を用意させた。馬車に乗り込み、南下していった。道中、彼等が塔での生活を聞いてきたが、何も言わず、目を伏せた。これでより、可哀想な伯爵令嬢の印象が付いただろう。何日もかけて移動し、遂に、目的の場所へ辿り着いた。やはり、馬車よりもヴィネを使った方が、移動が快適だ。

 イナゴ達は目前まで来ていた。予言通りだと二人は馬車の中で驚きの声を小さく上げる。これだけでは終わらない。農民達はイナゴの群れに驚き、世界の終わりを叫び出す。

 私は静かに膝をつけた。手を組み、祈りを捧げるように。今だ。


「どうか!どうか!怒りを、哀しみを鎮めてください!女神よ!私に力を!」


 私の声で雨と雷鳴が響く。その後に、ヴィネがイナゴを死滅させる。これは元々用意していたイナゴだった。その後、ヴィネが演出し、イナゴを死なせてしまえば、被害は出ない。流石にこれ以上この国を混乱させ、疲弊させれば、私が王位に着く前に諸外国に取られてしまう。これは俗に言うマッチポンプだ。


「よかった…本当によかった……。」


 農民達は祈りでイナゴを退治した聖者にも見える私に歓声を上げた。その中には、戦時中に手当をした者もいた様で、前線の女神が、女神の力を持って帰って来たと叫んだ。私を称える声が止む事無く響く。これは充分すぎる結果だ。私は成功を喜び、涙を流した。それを静かに照らす光、後にこの姿は有名な絵画にもなる。





 それからは、とんとん拍子で事が進んだ。女神を称え、庶民は私を歓迎し、貴族院も予言の力だと私を恐れた。そして、他にも奇跡を起こした。ヴィネを連れて、嵐を止めるフリをし、国境付近に現れた賊軍をスタッド家の力を借りて私が指揮し、ヴィネの攻撃で退けた。国民は私を王に据えることを望み、貴族院も私の御業を褒め、また、恐れたのか、私はとうとう王位を手にした。


「玉座というのは、座り心地は悪いのね。これから、私は国務で大忙しだわ。」


「その椅子はそうだろうね。魔法で座りやすくしようか?」


「あら、そんな事も出来るのね。これじゃ仕事も出来ないわ。」


 ヴィネが椅子を柔らかくしてくれた。お礼を言えば、はにかんだ。後は、私の手腕で国務を行えばいい。なに、領地民達からの支持も厚いことだ。政治的にも、スタッド家とベイリー家が味方に付いている。軍事力ならば、スタッド家に、外交ならベイリー家と共に進めれば問題ないだろう。ヴィネは私の手の甲に額を合わせた。


「君の即位式で、兄を思い出したよ。威厳ある姿だった。晩餐会が開かれ、鐘が鳴り響き、国民も兄を祝福していた。美しい光景だった。」


「……ヴィネ。私は王配を貴方に任せようと思うの。最初は他国の男と結婚することも考えたけれど、今は唯一の味方が欲しいの。頼まれてくれるわね?」


「仰せの通りに。」


 ここに、後に女帝となる王が誕生した。

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