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男装の薬師は枯れぬ花のつぼみを宿す  作者: 天野 仰
二章 暗紅の瞳の男
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暗紅の瞳の男

 かすかに聞こえる街の雑踏に包まれながら、残された二人は呆気に取られる。


 しばらくして、ミナムは小さく吹き出した。


「あれは多分、あとでご褒美が欲しいっておねだりする気だな。少しでもここの賭場で遊ぶ資金が欲しいだろうから」


「そ、そうか。賭場がそんなにいい場所だとは思わないのだが」


「同感だよ。しかも毎度負けて泣きついてくるし――あ、こっちに座りなよ」


 ミナムが手招くと、少し戸惑いを見せつつレオニードが隣に座る。


 かろうじて腕や脚が触れない程度の距離。

 自分とは二回りほど違う体格差に、ミナムはレオニードを横目で見やりながら息をつく。


「俺もレオニードみたいに大きくなれたらなあ」


 どれだけ男のフリをしても真似できるのは外面だけ。体格や筋力までは真似できない。


 自力で追手を蹴散らせるだけの強さがあれば、守り葉の力を無闇に使わずに済む。できれば毒の奥の手を隠して生きたい。


 わずかにうつむき、ミナムが自分の手足を見つめていると、


「ミナムの年なら、まだ成長できる余地があるんじゃないのか? 俺も十四を境にして一気に身長を伸ばしたから――」


 レオニードから的外れな慰めが飛んできて、ミナムは苦笑しながら顔を向ける。


「俺、もう十八なんだけど。こう見えても一応成人だから」


「えっ?」


「まさかと思うけど、レオニード……今まで俺のこと、子供なのに一人で薬師やってる子って思ってたのか?」


「い、いや、そこまでは……十五ぐらいの未成年かと――」


「ただの童顔だから。東方の男子はこっちの人たちに比べて、身長が低めで顔が幼く見えやすいんだよ。分かってたけど、素で言われると傷つく……」


 ミナムはわざと顔を背け、拗ねた様子を見せる。

 実年齢よりも若く見られてしまうのは、女の身で男のフリをしているから、という理由が一番大きい。それを悟られないために、ミナムは疑われる前にその芽を潰しておく。


 そんな事情を知らないレオニードは、気まずそうに息を詰まらせてから「……すまない」と謝ってきた。


「東方の人間はこの地域では珍しい。しかし見慣れないからといって、君に失礼なことを――」


「あ、別に気にしていないから。ちょっとからかいがてら言っただけだし」


 ミナムは慌てて首を横に振る。

 まさかこんなに深刻に取るなんて……本当に真面目な人だな。


 ロウジがレオニードをからかいたくなる気持ちが分かると、ミナムが心の中で苦笑していたその時だった。


「確かに、こんなキレーな黒髪はここらじゃ見かけねぇな」


 突然ミナムの真横から、馴染みのない男の声が聞こえてくる。


 弾かれたようにミナムが振り向けば、いつの間にか真横に白金の短い髪を逆立てた青年が立っていた。


 にへらと口元を緩ませ、目を細くしながらミナムを見下ろす彼の手が伸び――さらり。ミナムの髪を指で梳く。


「ああ、たまんないな。やっぱり黒髪の美人さんは一番好きだな」


 ぞわり、と。色めいた青年の声と不意打ちの感触に、ミナムの背筋へ悪寒が走った。


「やめろ、触るな!」


 咄嗟にミナムは青年の手を払い、険しい顔で彼を睨みつける。


 北方の人間の割に顔の作りは浅く、笑っているのに目から鋭さは消えない。前髪がすべて上げられているせいか、その目つきが妙に目立って見えた。


 おもむろにレオニードがミナムの肩を掴み、グッと引き寄せ、身を乗り出す。

 まだケガが完治していないとはいえ、力が戻ってきている。守ろうとしてくれる気迫が頼もしくて、カッとなったミナムの頭が急速に鎮まった。


 無言で威嚇するレオニードを見て、青年がおどけたように目を丸くする。

 珍しい暗紅の瞳は余分なものを入れず、ミナムだけを捕らえていた。


「なーんだ、もう売約済みか。こんな美人さんを好きにできるなんて羨ましいなあ」


 青年がクスクスと笑い、ミナムとレオニードを意味ありげに見交わす。


 とんでもない勘違いをされて呆れる他ない。

 ミナムが冷え切った目で青年を眺めていると、レオニードが一段と声を低くして呟いた。


「去れ。これ以上彼に辱めを与えるならば容赦しない」


 声だけの牽制。それなのに剣先を向けられたかのような殺気を覚え、ミナムの身が強張る。


 体つきからも腕が立ちそうな気配はしていたが、いざ戦う姿勢を見せられたら、その凄みだけで息が止まってしまう。


 ただのゴロツキが相手にできる人ではない。

 レオニードの強さをミナムが感じ取っていると、青年はその気迫を軽く流すように肩をすくめた。


「悪かった、冗談が過ぎちまったな。単に黒髪が珍しくて手が伸びたんだよ。悪かったな」


 謝られても返事をする気になれず、ミナムが無言を続けていると、青年は「じゃあな」と手を振りながら踵を返す。


 ――ずしゃっ。

 いつの間にか買い出しから戻り、青年の背後へ回っていたロウジが、男に足を引っかけて転ばせた。


「ワシの連れに何しやがる? さっさと消えねぇと、足腰立たなくなるまでブン殴ってやるぞ」


「いてて……今から消えるところだったのに、手ひどくするなよ。ったく、カッコつかねぇな」


 男は頭を掻きながら立ち上がり、悠々とした足取りで東屋から離れていく。

 レオニードに比べれば小さな、しかし大きな青年の背を見つめながら、ミナムは密かに息を呑む。


(気づかれないように毒でも使って、痛い目を見せた方が良かったかな。でも――)


 唐突に話しかけられ、髪を触られた時の光景と感触が、ミナムの脳裏によみがえる。


(話しかけられる直前まで気配を感じなかった……)


 何者なのだろうかと気になったが、深く考えないよう頭の中から追い出してしまう。あんな男ともう関わりたくはなかった。

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