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真実

「姉さん……イザーミィ姉さん!」


 声をかけてもまったく反応しない。

 眠りについたのだと分かっていても、目から涙が溢れた。


 次に目を覚ます時は、もう一族のことも、自分たちが姉妹だったことも忘れている。


 これから先、もし再会することがあったとしても、家族として向き合うことはない。


 イザーミィはこれからも生き続けていく。

 けれど、姉としてのイザーミィは死んだも同然だった。


 ミナムの足元から感覚がなくなり、その場へ浮いているような気分になる。

 膝が折れそうになった時、大きく頼もしい腕が背中を支えてくれた。


 子供のように、泣いて立ち止まってなんかいられない。

 ミナムは袖で涙を拭うと、鈍い動きで首を動かし、間近になったレオニードを見上げた。


「……姉さんを寝かせてあげたいんだ。運んでもらってもいいかな?」


「ああ、もちろんだ」


 重々しく頷き、レオニードはイザーミィを抱き上げる。

 長い髪がさらりと流れ、ミナムの手を撫でながら離れていく。


 さっきまであった温もりが消え、未練が残る。

 ここにいるだけ動けなくなりそうで、ミナムは機敏に辺りを見渡し、イザーミィを寝かせる場所を探す。


 部屋の奥に大きなソファーを見つけると、レオニードに目配せする。

 すぐに意図は伝わり、彼は大きく揺れないようにしながらソファーへ向かうと、慎重に彼女を降ろした。


 横たわったイザーミィの顔を、ミナムはジッと見下ろす。

 心残りはなくなったのか、その寝顔は穏やかな微笑みを浮かべていた。


 自分が知っている、一番イザーミィらしい表情だった。


(これからもずっと、姉さんのことが好きだよ。俺は姉さんのことも、この気持ちも絶対に忘れない)


 心の中でそう呟いていると、レオニードがミナムの肩を優しく抱いた。


「ミナム……ヴェリシアへ戻ったら、お姉さんの話を聞かせてくれ。君たちが姉妹だということを、俺も覚えていたい」


 こんなことも一緒に背負ってくれるんだ。

 レオニードらしいと思いながら、ミナムは彼に少しだけ寄りかかった。


 イザーミィの顔をしっかり脳裏に焼き付けた後、ミナムは「行こうか」とレオニードを促す。


 彼が無言で頷き、こちらの肩から手を離す。それを合図に踵を返し、机の上に置いた本を取りに行き、ミナムは片腕で抱え込む。


 その直後――黒い影がミナムに覆いかぶさった。


「危ないっ!」


 急にレオニードがミナムを引き寄せると、間髪入れずに横へ飛び退く。


 目まぐるしく周囲の風景が変わり、視界が揺らいでいたミナムの耳に、ドンッ、と何かを殴りつける鈍い音がした。


(何が起きたんだ?!)


 ミナムは慌てて自分の周りを見回す。

 視線の先には、床で唸りながらうずくまる男――ナウムの姿があった。


「……あの短剣で傷を負って、なぜ生きているんだ?」


 低く押さえつけた声で呟いたレオニードの声を拾い、ミナムは状況を察する。


 おそらく自分が渡した猛毒の短剣を使ったのだろう。

 普通の人間ならば、かすり傷ひとつ負えば死んでしまう毒。それなのに生きている。


 しぶとい、という言葉では片付けられない。

 ミナムが目を見張っていると、ナウムは咳き込みながら上体を起こした。


「オレのためにイザーミィが特別に作ってくれた、耐毒の薬を飲んでいるからな。おかげで意識はぶっ飛んだが即死は免れた」


 いつものようにナウムが不敵な笑みを浮かべようとする。

 が、青白い顔で力なく笑うことしかできず、見るからに生気が弱まっていた。


「ククッ……情けねぇなあ。オレが唯一守りたかったものすら、守れねぇなんて」


 ナウムはふらつく体を支えようと、腕を突っ張る。

 そして目を細め、どこか悲しげにイザーミィを見つめた。


「これで目が覚めれば、オレのことも覚えていないのか……ここが頃合いなのかもな」


 長息を吐き出した後、ナウムがミナムに視線を移した。


「ミナム、オレのことが憎いか?」


「当たり前だろ。分かり切ったことを聞くな」


 怒鳴りたくなる気持ちを抑え、ミナムはナウムを睨みつける。

 あからさまに嫌悪感をぶつけたが、不思議と彼は嫌な顔をせず、どこか安らいだ表情を見せた。


「そんなに憎いなら、オレの命をくれてやる。もう生きることにも疲れた……お前の好きなようにオレの心臓を止めてくれよ」


 言われてミナムは呼吸を止め、ナウムの目を凝視する。


 憎い。殺したいほど憎い。

 ただ、殺されたいと望まれてしまうと、殺すことで彼を喜ばせるような気がして、躊躇してしまう。


 こちらの動揺を見透かしたように、ナウムは声を押し殺して笑った。


「さっきといい、今といい、案外と甘いところがあるなあ。だが……これを聞けば、オレを殺す覚悟も決まるだろう」


 一体何を言うつもりなんだ?

 予想もつかないのに、嫌な胸騒ぎがする。


 思わずミナムは己の胸元を掴み、固唾を呑む。

 焦らしているのか、長く間を空けてからナウムは口を開いた。


「お前たち一族をバルディグに売ったのは……オレだ」


 一瞬、意識が真っ白に弾けて、ナウムの言葉が入ってこなかった。

 けれど、一旦通り過ぎた言葉がジワジワと染み出し、頭の中で呪文のように繰り返し響く。


 コイツのせいで、みんなが犠牲になった……?

 全身の血が目まぐるしく流れ、ミナムの胸を高ぶらせていく。


 感情が口から走り出しそうになり、唇を噛んでどうにか己を抑える。

 息を吐いて高ぶりを抜いていくと、ミナムは冷めた目をナウムに向けた。


「信じられないな。あの時、一人前にもなっていなかったお前に、そんな真似ができるとは思えない」


「ああ、そうだな。じゃあ厳密に言おう……一族を売ったのはオレの親父や、商隊の連中だ。そしてオレは親父を手伝っていたんだ」


 確かにそれならば話は分かる。一気にミナムの中で現実味が増した。

 それでも素直に聞き入れられない。こちらの怒りを煽るような嘘をつき、殺すように仕向けている可能性も十分に考えられる。


 嘘か真か判断つかず、ミナムが困惑していると――。


「腹立たしいが、言っていることは本当だぞ」


 いつの間にか部屋に入ってきたロウジが、腕を組み、険しい目でナウムを見下ろした。

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