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目的を果たすために

(くっ……いくら耐毒の薬を飲んでいるとはいえ、動きが鈍っていない。でも、負けてたまるか!)


 悔しげに歯を食いしばりながら刃を翻し、ミナムは再びナウムを斬りつける。

 だが、二度、三度と剣を振るっても、紙一重でかわされてしまう。


「ほらほら、どうした? そんな攻撃じゃあ、オレは殺せないぞ」


 ナウムは愉快げな声で挑発すると、ミナムの攻撃を刃で受け流し、頭へ目がけて剣を振り下ろそうとした。


 動きが大きくなった。

 その一瞬を見逃さず、ミナムは体を素早くひねる。


 そして思いきりよく、ナウムの剣に向かって回し蹴りを放った。


 ギィンッ。

 高い音が辺りに響き、彼の手から剣が離れる。


 ナウムは一瞬目を丸くし、苦笑しながら舌打ちした。


「重い蹴りを入れやがる。そういえば、靴にも武器を仕込んでいたな」


 ダッドの宿屋で対峙した時を思い出し、ミナムはフッと笑う。


「あの時は仕留め損なったけど、今度は外さない」


 右のつま先を蹴って靴から隠し刃を出すと、顎を切り飛ばす勢いで蹴り上げる。


 確実にとらえた――そう考えたのも束の間、ナウムが背中を反らし、うまく靴の刃をかわした。


 空振りに終わったが、ナウムの手には武器はなく、体勢が崩れかけている。

 この好機を見逃すまいと、ミナムは目を鋭くさせた。


(いくら毒の耐性があっても、直接毒が体内に入ればただでは済まない。この剣でかすり傷でもつければ俺の勝ちだ)


 ミナムは剣を持ち直し、ナウムの胸へ狙いを定める。

 今までのことが脳裏に浮かび、身に貯め続けた怒りが煽られる。


 かすり傷だけで満足できる訳がない。

 この刃を、深く、深く、この男の体に打ち込みたい。


 体の奥から湧き出る黒々としたものが、自分の身を蝕んでいくのを感じた。


(お前だけは絶対に許さない。いくらズイガだったとしても――)


 何度も昔の他愛のない話を聞かされる内に思い出した。

 晴れた日の草っ原の中、ズイガの周りをはしゃいで走り回っていた自分を。


 面倒そうにしながら、いつも遊んでくれるズイガが好きだった。

 もし隠れ里が襲われなければ、今頃は彼と結ばれ、ずっと一緒にいられると喜んでいたかもしれない。


 だからこそ余計に怒りが増した。

 隠れ里の大切な思い出を、この男が踏みにじって汚したから。


 ミナムはナウムへ切っ先を突き立てようと、剣を振り下ろした。


 鋭い刃が煌くと同時に、昔の記憶が鮮明になる。


 ただ無邪気にはしゃいでいた自分。

 いつも遊んでくれたズイガ。

 そんな自分たちを、微笑ましそうに見ていた姉。


『貴女が人を傷つける姿なんて、見たくないわ』


 イザーミィの声が頭に響く。

 思わず体が硬直し、ミナムの剣は虚空で止まった。


 ドンッ。

 胸に衝撃が走り、ミナムは思わずよろける。


 ナウムに体当たりされたと理解した直後、剣を持つ手が掴まれた。

 きつく締め上げられる手首に気を取られていると――。


 ――足を払われ、床へうつ伏せに倒されてしまった。


 慌ててミナムは起き上がろうとするが、ナウムに腕を取られてしまい、強く押さえつけられてしまう。


 どうにか逃げようともがくが、うまく力が入らず、彼から逃れることはできなかった。


 ククッ、と人の悪そうな笑い声が漏れた後、ミナムの耳元に熱い息がかかった。


「さっきのは危なかったぜ。あのまま剣が振り下ろされていたら、確実に命を取られていたぞ」


 ミナムは首だけを動かし、背後を向く。

 間近に見えるナウムは、笑っているのにどこか泣きそうな目をして、こちらを見下ろしていた。


「まさかお前があそこで躊躇するとは思わなかったな。一緒に過ごす内に、少しはオレへ情を持ってくれたか?」


「違う! そんなことある訳ないだろ」


「どうだかな、ミナムは嘘つきだからなあ。お前の言うことは、もう二度と信用しねぇよ」


 さらに力を入れられ、ミナムの手から短剣が離れる。

 それを手に取り、ナウムはジッと剣を見つめた。


「さて。こうなった以上は始末するしかないと思っていたが、やっぱり殺すのは惜しいな。かと言って、また同じことをされる訳にもいかねぇし――」


 しばらく一人でブツブツと呟いた後。

 ナウムは口元を歪ませ、瞳を色めき立たせた。


「まずはお前を歩けなくしちまって、逃げないように部屋へ閉じ込めておこう。先のことを考えるのは、その後だな」


 こちらの顔から足にナウムの視線が動いたことに気づき、ミナムは息を呑む。


 手に持っている短剣で、足首の腱を切ってしまうつもりだ。

 すぐに訪れるであろう苦痛よりも、ナウムに完全に捕らわれてしまうことが恐ろしかった。


 ナウムの手がゆっくりと動き、剣の切っ先を足へ向ける。

 そして何の躊躇もなく、思い切りよく振り下ろした。


 ――キィィィンッ!

 突然、金属を強く弾く音が響き渡った。


 ほぼ同時に、ミナムの体からナウムの重みが消える。

 すぐに体を起こそうとした時、こちらへ誰かが駆け寄ってくる気配がした。


「ミナム、無事か?!」


 顔を上げると、そこには血相を変えたレオニードがいた。


 助かった……。

 ミナムは思わず安堵の息を零しながら頷くと、彼の手を借りて立ち上がる。


 視線を横に動かすと、いつの間にか自分の剣を拾い、距離を取ってこちらを見つめるナウムの姿が見える。


 彼はおどけたように肩をすくめると、口元にいつもの不敵な笑みを浮かべた。


「やっぱりテメーも生きていたか。ミナムがオレに何をされたか知ってんだろ? それでもミナムについてくるなんて、健気な忠犬だな」


 それ以上は言うな。聞きたくない。

 怒りと、反論できないもどかしさで、ミナムの胸に吐き気が込み上げる。


 カッ。

 大きく靴音を鳴らし、ナウムからミナムを隠すようにレオニードが前へ出た。


「知っている。これ以上、貴様に彼女を傷つけられる訳にはいかない」


 いつもより低く、冷たい声が押し出される。

 レオニードから伝わってくる怒りに、ミナムは頭を下げたい思いに駆られる。


 うつむきそうになっているところ、不意にレオニードの手が肩に置かれた。

 反射的に視線を合わせると、彼は瞳だけを動かし、部屋の奥を見やった。


「俺がナウムを足止めする。だから、ミナムは先に行ってくれ」


 かろうじて聞き取れる声に、ミナムは小さく首を横に振る。


「いや、俺も戦う。二人で戦ったほうが――」


「ここで時間稼ぎをされて、エレーナ王妃を逃がしてしまう訳にはいかない。一番の目的は、あの男を倒すことじゃないんだ」


 レオニードに言われなくても、頭の中では分かっていたことだ。

 でも心が、もう彼と離れたくないと叫んでいる。


 これは単なるワガママだ。迷っている時間が惜しい。

 己にそう言い聞かせ、ミナムは激しく波立つ胸の内を押さえ込んだ。


「分かったよ。目的を果たしたらすぐ援護に戻ってくる。それまで絶対に死なないで」


 こちらの答えにレオニードは頷くと、体の向きを変え、ナウムを正面にとらえた。


 一瞬、レオニードの体が沈み込む。

 そして弾かれたように、ナウムへ跳びかかっていった。


 避けきれないと悟ったのか、ナウムは即座に笑みを消し、返り討ちにしようと前へ踏み込む。


 ギィンッ!

 刃が力強く交わり、一際大きな音がミナムの耳を揺らす。


 わずかに痛みを覚えながらも、戦う二人から目を逸らさず、ゆっくり後退して距離を取っていく。


 ナウムの顔を見ると、レオニードの気迫に押されたのか余裕は消えていた。

 ミナムは柱に身を隠し、静かに息を整えつつ気配を消していく。


 二度、三度と剣がぶつりかり、どちらも負けじと押し合い始める。

 それを見計らい、ミナムは部屋の奥へと走り出した。


「チッ、先には行かせねぇぞ」


 ナウムはレオニードに蹴りを入れて離れると、こちらへ振り向き、近づこうとする。


 しかしレオニードが素早く動き、二人の間を隔てるように立ち塞がる。


「なに……!」


 動揺を見せたナウムへ、レオニードは容赦なく斬りつけた。

 再び剣を交えて押し合いとなったが、力は均衡しているらしく、二人の足はその場から離れない。


「耐毒の薬を使っているようだが、少しは効いているようだな。前に会った時より動きが鈍い」


「勘違いするなよ、まだ本気を出していないだけだ。たかが一兵卒に負ける訳にはいかないんでな」


 互いに殺気を隠さず、歯を食いしばりながら対峙する。


 これ以上レオニードを見ていたら、先へ行けなくなってしまう。

 二人を一瞥して背を向けると、ミナムは全力で足を動かした。

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