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駆け引き

   ◇ ◇ ◇


 ナウムの部下の中でも年長と思しき男が先頭を走り、「あっちに行くぞ」と城内を案内しながら向かう先を促してくる。


 彼のすぐ後ろを走りながら、ミナムは言われるままに「はい」と頷き、チラリと後方を走る男たちを見やる。


 まだこれだけ動ける状態で、自分の意思を取り戻していることに気づかれる訳にはいかない。


 わざとぼんやりした目をしながら、ミナムは疑われないよう不審者や毒を調べるフリをしていた。


 一階から二階へ上がろうとした時、最後尾の男が急に膝をついた。

 突然のことに一同の足は止まり、彼に注目する。


「おい、大丈夫か!?」


 一番近くにいた者が駆け寄り、しゃがみ込んで男の顔を伺う。

 彼は鈍い動きで首を横に振った。


「駄目だ……体が痺れて、思うように動けない。俺に構わず、先に行ってくれ」


「分かった。悪いが行かせてもらう」


 各々に頷き合い、残った者で二階へ向かおうとする。

 しかし動き出した途端に体がよろめき、ミナムを残して全員がその場に崩れ落ちた。


 どうやら耐毒の薬と偽って飲ませた、毒の効き目を促進する薬の効果が出てきたらしい。


 好機が巡ってきたと騒ぐ心を抑え、ミナムは抑揚のない声で話しかけた。


「すみません。お渡しした薬よりも、城内の毒が強いようですね。私はナウム様からエレーナ様を守れという命を受けていますから、このまま向かわせて頂きます。ここからどう行けばいいですか?」


 男たちが視線を泳がせ、互いの意思を探る。

 しばらくして年長の男が息をつき、口を開いた。


「ここから二階に上がって、廊下を突き当たりまで向かえ。その後は――」


 体の痺れが強くなり、彼は言いにくそうに言葉を区切りながら道を教えてくれる。


 聞き終えた後、ミナムは「分かりました」と言って彼らに背を向けると、足早に階段を駆け上がった。


 二階に足を踏み入れ、後方から男たちが現れないことを確かめると、ミナムは眼差しを強くして廊下の先を見た。


(……イザーミィ姉さん)


 きっと会うのはこれが最後になるだろう。

 記憶を奪われまいと激しく抵抗して、あの穏やかで優美な瞳に憎しみを宿し、こちらを見てくる――そんな姿を少し想像しただけで、泣きたくなってしまう。


 こんな事態になっても、大好きな姉だという思いは変わらない。

 胸の奥には、まだ一緒にいたいと願う気持ちも残っている。


 それでも、大好きだからこそ自分が姉を止めなければ。

 ミナムは歯を食いしばり、残っていた未練を押し殺すと、全力で廊下を駆け出した。


 教えられた通りに進んでいくと、以前イザーミィとゆっくり話ができるよう通された部屋だった。


 即座に全体を見回し、人の気配を探る。

 イザーミィの姿だけでなく、毒で体の自由を奪われたであろう侍女や衛兵たちの姿も見当たらない。


 あまりにも綺麗に整えられた部屋と、自分の呼吸する音が響いてしまう静けさ。城に自分だけしかいないのでは、と錯覚しそうになる。


 ここは王族の私的な応接間。イザーミィはさらに奥へ進んだ所にある私室に隠れているらしい。


 着実に姉との距離は縮まっているのだと思うと、はやる胸の鼓動が加速した。

 息を整えるため、軽く助走しながら進んでいく。その時、


「ミナム、ここまで来たのはお前だけか?」


 突然、真横からナウムの声が飛んでくる。


 思わず体を硬直させ、ミナムは息を呑む。

 焦りを見せれば、自分が元に戻っていることを勘づかれてしまう。


 瞬時に虚ろな表情を作り、ゆっくりと振り向いた。

 中に人がいないかと注意を払っていたのに気付かなかった。そこには腕を組んで柱にもたれかかるナウムの姿があった――まるでこちらを待ち伏せしていたかのように。


 自分と一緒にいたナウムの部下が動けなくなっているなら、残りも同じ状態になっているだろう。


 一人きりだと居心地が悪かったが、この男と二人きりだと思うと、それだけで腹立たしくなってくる。


 心の中で顔をしかめながら、ミナムはコクリと頷いた。


「ああ……思った以上に毒が強くて、耐毒の薬が負けてしまったんだ」


「急ごしらえで作った薬だからな。それは仕方ねぇな。だが――」


 ナウムはこちらへ体を向けると、口端を引き上げた。


「オレの期待に応えられなかったんだから、おしおきが必要だな」


 こんな非常事態に何を言い出すんだ?

 しかも城内で、姉さんがいる所からも近いのに。


 まさかそんなことを言うとは思わず、ミナムの胸は激しく動揺する。

 ここへ来てまでナウムに弄ばれるのは嫌で嫌で仕方がない。


 けれど油断を誘うためにはやり過ごしたほうがいいと思い、ナウムの言葉を待った。


 スゥッと、見つめてくる視線の温度が下がったように感じた。


「ミナム、オレが良いと言うまでそこを動くな」


 何度も従ってきた命令。ミナムは半ば呆れながらも従う。


 わずかにナウムの腰が低くなる。

 そして疾風のごとくこちらへ走り出した。


 彼の手が剣の柄にかけられていることに気づいた瞬間、ミナムの背筋が凍りついた。


(まさか、俺に暗示がかかっているか確かめる気か?)


 避けようとすれば、意思があることに気づかれてしまう。

 動かなければ、肌を突き刺すギリギリのところで剣を止めるハズ。


 恐れなくていい。

 この男は自分を殺さない。


 そう腹をくくり、ミナムは言われたままに不動の姿勢を貫こうとする。


 だが、ナウムの剣が届きそうな距離まで迫られた瞬間、全身が総毛立った。

 頭を働かせるよりも先に、ミナムの体が勝手に動いた。


 ヒュッ。

 鞘から抜かれた剣が、躊躇いなく空を切る。


 間一髪ミナムは後ろへ飛び退き、かろうじて刃から逃れることができた。

 冷や汗が一筋、頬へ流れる。


 もし避けなければ、間違いなく斬られていた。

 この男は本気で殺すつもりだった。


 互いに睨み合っていると、ナウムがククッと笑い声を漏らした。


「前々からそんな気はしてたが、いつから自我を取り戻していたんだ?」


 ミナムは腰の短剣を抜きながら、冷ややかな視線をナウムにぶつける。


「さてね。お前にだけは教えられないよ」


「まあ、いつだって良いんだけどな。少なくとも、意識を保ちながらオレの傍にいて、自分から唇を預けてくれたってことだからなあ」


 ナウムは肩をすくめると、ミナムの全身を舐め回すように見つめてきた。


「気づいていたか? お前がオレに触れられる時、たまに泣きそうな顔していたってことは……結構そそられたぞ? だから、ひょっとすると元に戻っているんじゃねぇかって思っていたんだ」


 思い出したくもない記憶が、一瞬にしてミナムの頭を駆け抜ける。

 途端に羞恥と怒りで体が熱くなり、意識が飛びそうになる。


 今、我を忘れてしまえば勝ち目はなくなる。そう自分に言い聞かせ、努めて落ち着いた声を出した。


「気づいていたのに、放っておいてくれたのか」


「ああ。確信がなかったし、オレの欲目でそう見えていたとも思っていたからな。確かめられるまで、イザーミィに会わせなければ問題ないと読んでいたが――」


 ナウムは顔の笑みを消し、忌々しげに舌打ちする。


「お前以外の人間が毒を流したのは計算外だった。しかも城全体に、人の命を奪わない程度に毒を行き渡らせる術も度胸もあるヤツなんざ……やっぱりあのオヤジがリゴウだったか」


 一族の血を引かないナウムが、どうしてロウジの正体に気づいているんだ?


 気になるところだが、ナウムが真実を語るとは到底思えない。

 それに自分も余計な真実を語るつもりはなかった。


 まともに相手をしていられるかと言わんばかりに、ミナムは大きく息をついた。


「お前の想像に任せるよ。これ以上、時間を無駄にしたくないからね」


 ここで足止めを食らっている内に、イザーミィが逃げてしまうかもしれない。

 もし城から脱出して仕切り直しても、こちらの手の内がバレてしまった以上、イザーミィを中心にして毒の対策を練られてしまう。


 今、姉の元へ行かなければ、彼女を止めることができなくなる。

 ミナムは短剣を正面に構えると、足に力を貯めた。


「ナウム、奥へ進ませてもらうぞ。お前なんかに邪魔されてたまるか!」


 全力で床を蹴り、ミナムはナウムに向かっていく。


 ナウムとまともに戦えば、力でねじ伏せられるだけ。

 素早く懐に入り込んで勝負を挑まなければ、勝てる相手ではなかった。


 急な動きに戸惑うことなく、ナウムはわずかに腕を引き、こちらに刃を向ける。


「行かせねぇよ。イザーミィを本気で傷つける気なら、残念だがここで始末してやる」


 口元には笑みが浮かんでいるが、ほの暗い瞳は無機質に前を見据えていた。

 ミナムが間近に迫ったのを見計らい、ナウムが剣を振るう。 


 咄嗟にミナムは肩を縮めて刃を避ける。

 そして間を開けずに、ナウムの脇腹を貫こうとした。


 こちらの動きを読んでいたかのように、ナウムは小さな動きで身を捻る。

 切っ先は彼の服をかすったが、体には届かず、服に穴を空けることしかできなかった。

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