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男装の薬師は枯れぬ花のつぼみを宿す  作者: 天野 仰
一章 若き薬師と行き倒れの青年
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傷口の毒

   ◇ ◇ ◇


 夜も深まり、外の静けさが室内にまで染み渡る頃。

 ミナムは椅子に座り、ランプで照らしながら縫合した青年の傷を凝視する。


 左腕から胸にかけ、大きく剣で斬りつけられた傷。見た目よりは深い傷ではない。軽く縫合した今、数日もすれば抜糸できるだろう。


 気になるのは青年の衰弱した具合だ。どこか打撲したのだろうかと全身を確かめたが、骨折や大きな青アザは見当たらなかった。


 それに傷口の肉がわずかに溶けている。彼を斬った剣に毒が塗られていたのだとすぐ察しはついた。


 その剣があれば使われた刃に付着したものを調べ、毒の材料を詳しく調べることはできる。だが傷に付着したものは血が混じってしまい詳細が分からない。ましてや時間が経過していれば、なおのこと毒が薄まっている。


 取り敢えず解毒の軟膏を塗っておいたが、それでも徐々に精気が抜けているように見えた。


 念のために、もう少し強力な解毒剤を使おう。

 ミナムは常に懐へ忍ばせてある、特別な解毒剤が入った小瓶を取り出す。


 指で蓋を摘んで手早く小瓶を開けると、ミナムは液状の薬を口に含む。

 濃厚な苦みを甘さで誤魔化した、人によっては悶絶するほどの不味さ。それを口に蓄えたまま、青年の口元まで顔を寄せた。


 そして唇を重ね、薬を流しこむ。

 青年は小さくうめいた後、喉を動かした。


「良かった、飲んでくれて……後は彼の体力と気力次第だな」


 ミナムが薬で濡れた唇を拭いながら呟く。背後から「オレには無理な芸当だ」と、ロウジのため息交じりの声が聞こえてきた。


「ミナム、お疲れさん。これでも飲んどけ」


 ロウジはミナムの隣に並ぶと、木のコップを差し出す。受け取って口を付けると、とても甘く優しい温もりが体を労ってくれた。


「ありがとう、ロウジ。これは何かな?」


「ワシ特製のハチミツ湯だ。疲れが一気に吹っ飛ぶぞ」


 ハチミツ……自分で持ってた訳じゃないよな? 俺の薬棚から探し出して、勝手に使ったな?


 様々な材料がある中からハチミツを探し出したであろうロウジの姿に、一瞬もっさりした熊の姿が重なる。


 胸を張っているロウジへ、ミナムは思わず言葉をこぼす。


「……熊の嗅覚はすごいな」


「んん? なんか言ったか?」


「いや、別に……治療、手伝ってくれて助かったよ。こんな大きな体、俺だけじゃあ思うように動かせないから」


 ミナムは再び青年へ視線を落とす。ただでさえ大柄なのに、鍛えられた筋肉がさらに彼を重くしていた。おかげで彼の体をきれいにするのは一苦労だった。ロウジの協力がなければ遅れになっていたかもしれない。


 こんな時、自分は女なのだと自覚する。

 あまりにも非力で、一人で生き抜くには不便な体。


 ――もっと強くならなければ。

 ミナムがそう思った矢先、ロウジが背後から好奇を隠さぬ目で青年を覗き込んだ。


「なあ、しばらくここにいてもいいか? どうしてあんな所にブッ倒れてたのか、気になって気になって」


 面白がっている気はするが人手は欲しいところ。それに彼が盗賊などの類ならば、回復した後に襲ってくる可能性もある。


 ミナムはロウジを横目で見ると、軽く眉を上げた。


「交代で彼の様子を見てくれるならいいよ」


 わずかに目を見開いてから、ロウジはぎこちなく片目をつむった。


「よっしゃ、任せとけ。言ってくれればワシができる範囲で手伝ってやるから、遠慮すんなよ」


「随分と優しいね。すごく助かるけど……何か裏がありそうな……」


「あー……もし良かったら、ちょっと心づけが欲しいなー、なんて。このままだと旅の資金が尽きそうなもんでな」


「もう少し賭け事は控えなよ、弱いんだから……真面目にやってくれたら、臨時の助手ってことでお金出すよ」


「ワシ頑張る! ミナム、手当てして疲れただろ? 今からワシが交代して見ていてやるから、お前さんは先に休め。何かあれば起こしてやるから」


 少しでも多く貰いたいらしく、早々にロウジがやる気を見せてくる。

 この分かりやすさも動物的で熊おじさんらしいなあと思いながら、ミナムが「そうだな――」と考えようとした矢先。


「ぅ……」


 青年がみじろぎ、薄く目を開く。澄んだ薄氷の瞳が覗き、呻きながらミナムを見上げる。


「そこに、いるのは……誰だ?」


 ようやく聞き取れる程のかすれ声。一言話すのも辛いのだろう、息も絶え絶えだ。


「安心して、俺はこの町の薬師。道に倒れていた貴方の治療をしている」


 青年から警戒されている気配がひしひしと伝わってくる。

 余計な緊張は傷にさわるだけと、ミナムは顔を近づけ、努めて優しく笑いかける。


「俺はミナム。貴方の名は?」


「……レオ、ニード」


「事情は知らないけど大変だったね。今はしっかり休んで」


 熱を出した時に姉がしてくれたように、ミナムはレオニードの頭を撫でる。こうされると安心して眠りについたものだ。


 しばらくレオニードの息は荒かったが、次第に弱まり、寝息に変わっていく。 

 眠ったのを見計らい、ミナムは顔を上げる。

 ふとこちらを見ているロウジに気づいて目を向けると、なぜか苦笑された。


「どうかしたのか?」


「いやー、なんだ、その……真面目なことしてるっていうのは分かるんだが、お前さんがそんな天上の女神様みたいな慈愛たっぷりな顔したら、コイツも勘違いするだろうなあーと思って」


「は? コイツも、ってどういうことだよ?」


「お前さん、お嬢さんやお姉さま方にもモテてるけどな、裏で野郎どもにもモテてるんだよ。男だって分かっていても、苦しんでる時にあんな顔されて勘違いしちゃったヤツが何人いるやら……ちっこいボウズにまで被害が出てるんだから、もう少しお前さんは自分の色気を自覚しろよ」


 ……ロウジが何を言っているのかよく分からない。

 ミナムはあからさまに顔をしかめ、ロウジを睨みつける。


「自分で言うのもなんだけど、俺、ただの童顔なんだけど。この顔で色気なんて言われてもな……単に助けてくれた相手に好意を持っただけなじゃないのか?」


「無自覚なのが怖いところだよなあ……ホラ、さっさと休め。看病代わるぞ」


 ため息をつかれながらロウジに促されたが、ミナムは首を横に振る。


「いや、すぐにまた意識が戻るかもしれないから、もう少し様子を見るよ。ロウジが先に休んでいて」


「ミナムがそう言うなら休ませてもらうが……少しでも辛くなったら遠慮せずに交代しろよ? 無理するなよ」


 そう言ってロウジは手を振りながら部屋を出ていく。

 ドアが完全に閉じるまでその背を見送った後、ミナムは椅子に座り直して青年――レオニードを見つめる。


 複雑な心境だ。意識が戻ってよかったと思う半面、彼を見て噴き出たわだかまりは未だに消えない。


 この二つが蛇のまぐわいのように絡み合い、いつまで経っても己の中に残り続ける。胸の奥が気持ち悪くて仕方がない。


(きっとイザーミィ姉さんなら、何の迷いもなく彼を助けるだろうな)


 誰にでも優しかった姉。

 何より久遠の花に強い誇りを持っていた。


 それに比べて自分は私怨の塊だ。

 ただ北方の出身者らしいというだけの過去に無関係な人。そう分かっていても、今まで溜め込んだ怒りや嘆きをぶつけたくてたまらなくなる。


 自分が理不尽をぶつけてしまわない内に、一日も早く彼を回復させてここを去ってもらおう。そのために全力で治療していこう――。

 気持ちを整理していく内に、ミナムの波立った心が落ち着いていく。


 大丈夫。自分の心を殺すのは慣れているから。


 フッ、と力ない笑みがミナムの顔へ浮かぶ。

 こんなことを考えているくせに、誰であっても救う久遠の花の真似事をしている自分が滑稽に思えた。

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