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姉の手がかり

「久しぶりだな、ミナム。せっかくの再会だ、そんな怖い顔するなよ」


「それは無理な注文だな……ナウム」


 もう二度と会いたくないと思っていた男。

 詰め寄って胸ぐらを掴みたい思いでいっぱいだったが、どうにか己を抑え、ミナムはナウムの向かい側に座る。


「余計な話はしたくない。本題に入らせてもらう」


 口を開いて出てきた自分の声は、今までに聞いたことがないほどの低さだった。

 ナウムが口端を上げ、嬉しげに目を細める。


「せっかくの逢瀬なんだ、そんなに焦るなよ……と言いたいところだが、まあ無理な話か。ほら言ってみろよ、今だったら何でも答えてやるぜ」


 相変わらずこちらを見てくる目が色めき立っていて、ミナムの背筋に悪寒が走る。


 露骨に嫌な顔をしそうになるが、ナウムの機嫌を損ねて席を立たれる訳にもいかない。ミナムは無表情のまま懐から露店の女性からもらった紙を出し、机の上に置いた。


「これはお前が書いたのか?」


「ああ、そうだ。間違いなく、オレが心を込めて書いた。ちなみに裏表どっちもな。上手だろ」


 確かによく描けている。どこか素人くさくて違和感のない宣伝のビラ。だからこそ厄介さを覚え、ミナムのこめかみが微痛にうずく。


 紙に書かれていたのは、表向きは店の紹介と、複数の店で買ってくれたなら値引きするという売り文句。特にオススメだと強調するように、衣料品店の所に赤い丸がついている。ここへ来いという指示なのだと、すぐに理解した。


 一番重要だったのは、渡された時に見えるよう、紙片の隅に小さく書かれていた短い言葉。目に入ってきた瞬間、ミナムはそれを親指で隠し、何事もなかったようにレオニードに見せた。


 こうして怪しまれない行動を取りながら、一人でここまで来ると読まれたことが腹立たしい。そして心が焦り、嫌な動悸が止まらない。


 ミナムは目尻を上げ、ナウムを睨んだ。


「どうしてお前が……俺の姉さんの名前を知っているんだ!」


 小さく書かれていたのは、ずっと再会を切望していた名前。


『イザーミィのことを教えてやる』


 最愛の姉の名をこんな紙で見ることになるとは思いもしなかった。


 姉の名を自分から他の人間に言ったことはないし、ベスーニュの宿屋でレオニードに寝言を聞かれてしまったが、彼の口の堅さは自分がよく分かっている。外に漏れることはまずあり得ない。


 つまり、前々から姉のことを知っていなければ書けない名前。

 警戒と戸惑いを乗せたミナムの問いに、ナウムは喉でくぐもった笑いを零した。


「ククク……簡単な話だ。オレはイザーミィのことを昔から知っている。そして、今どこにいるのかも知っている。元気でやってるぜ」


 ナウムの言葉を聞いて、ミナムの顔に不覚にも微笑みが出てしまった。


 大好きな姉が生きている。

 離れ離れになってから、ずっと知りたかったことだった。


 喜ぶ顔をナウムに見られまいと、ミナムはその場にうつむき、こみ上げてくる喜びに破顔した。


「姉さんが生きていてくれたなんて……本当に良かった」


 この話をナウム以外の人間から聞きたかったところだが、それでも嬉しさが止まらない。


 どうにか自分の気持ちを落ち着かせようとしていると、ナウムから「なあ」と声をかけられた。


「オレがイザーミィに会わせてやろうか?」


 思わずミナムの頭が上がり、虚を突かれて呆然となった顔を露にする。


「本当に、会わせてくれるのか?」


「イザーミィもお前のことを心配してたからな、できれば会わせてやりたいと思っていたんだ。ただ――」


 上機嫌に一笑してから、ナウムの笑みが不敵なものに変わる。


「――オレはお人好しじゃないんだ。見返りがなければ、残念だがイザーミィに会わせる訳にはいかねぇな」


 ミナムは軽く顎を引き、顔つきを引き締める。


「条件はなんだ?」


「簡単なことだ、オレのものになれ」


 この男のことだから、何となく察しはついていたけれど……。

 ミナムが心底呆れていると、ナウムは机に肘を置き、身を前に乗り出した。


「本音を言えば、オレはお前のすべてが欲しい。その体も、心も、毒の知識も、何もかもな」


 こちらの体を舐め回すように見てくる視線に耐えられず、ミナムはわずかに視線を逸らした。


「それだったら、この話はなしだ。自力で姉さんを探し出して、俺から会いに行く」


「まあまあ、最後まで話を聞けよ。オレはお前をものにしたいが、力づくで押し倒したところで、お前は毒で抗おうとするだろ? わざわざ痛い目に合って喜ぶ趣味はねぇ」


 ナウムはそう言うと、顔から笑みを消した。


「ミナム、オレの部下になれ。そしてオレと共に、イザーミィを守ってくれ」


 ここで姉の名前を出されるとは思わず、ミナムは首を傾げる。


「姉さんを守るって……どういうことだ?」


「言葉通りさ。詳しいことは一緒にバルディグに来てくれたら教えてやるよ。意地悪で言っているんじゃない。イザーミィの立場はかなり特別でな、身内であっても容易に教えられるものじゃねーんだ。悪く思わないでくれよ」


 かなり特別な状態? 姉さんはどんな状況にあるんだ?

 さらにミナムは尋ねようとしかけたが、揺らがないナウムの目を見て口を閉ざす。


 これ以上は、どれだけ粘っても教えてくれる気がしない。

 おそらく事情があることをちらつかせて、少しでもこちらの興味を引くことが狙いだろう。しかし、ナウムの言葉に偽りはなさそうだった。


 姉が――守り葉として守るべき人がバルディグにいる。

 容易に再会できない状況に身を置きながら。


 これだけの事実で、自分の取るべき行動は決まっている。

 それでも即答できないのは――。


 ミナムが答えに詰まっていると、ナウムが鼻で笑いながら、椅子の背もたれへ寄りかかった。


「この場ですぐに答えを出せっていうほど野暮じゃねーよ。少し考える時間をやる……まあオレも忙しい身だからな、明日の朝にバルディグへ発つ。それまでにここへ来なかったら、オレは二度とミナムの前には現れねぇからな。イザーミィと会うのは一生諦めてもらうぞ」


 返事をする気になれず、ミナムは無言で立ち上がり、部屋から出ようとする。

 扉を開ける間際、背後から「いすみに悲しい思いをさせんなよ」とナウムが追い打ちをかけてくる。


 悔しいが、認めるしかなかった。

 この男はこちらの性格も考えも、よく理解している。たった三度しか会ったことがないのに、まるで昔からの知己のようだ。


 ナウムの手の平で踊らされているという感覚が、全身へ麻酔がかかるように広がっていく。


 それが体を這いずり回り、言いようのない不快感を与えてくる。

 もしナウムについていくとすれば、ずっとこんな思いをするのかと、ミナムは顔をしかめた。


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