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求めていた温もり

「レ、レオニード……?」


「そんな理由で離れないでくれ。ミナムが嫌でなければ、ずっと隣にいて欲しい」


 言われてすぐに彼の言葉が理解できなかった。


 考えがまとまらず、ミナムの鼓動ばかりが勝手に早まっていく。

 ――勘違いしちゃいけない。責任感が強いレオニードのことだから、恩義でそう言ってくれているだけなんだ。


 都合のいい方へ考えたくなる自分を引き止めながら、ミナムはわざと笑い混じりの息をつく。


「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくよ。でも、いくら恩人だからって無理しないでいいから。男を娶る気はないだろ? これ以上俺を勘違いさせるなよ」


 あえてからかいの色を見せてみるが、それでも腕は離れない。

 無言が続いた後。レオニードがミナムの耳元で、腹の底から搾り出すような声で囁いた。


「無理して演じなくてもいい。俺は……君が女性だということを知っている」


 言われた瞬間、ミナムの視界が白ばむ。


 一体いつ、どうやって気づかれた?

 自分の足を引っ張るしかない、一番知られたくなかった弱点なのに。


 ミナムが目まぐるしく記憶を探っていると、レオニードがすぐに答えをくれた。


「ベスーニュの街でミナムがうなされていた時、君の作られていない声を聞いてしまったんだ。そして起こした俺に抱きついたあの時、胸当てをしていることも……その時はまだ疑うだけだったが、普段の表情や立ち振る舞いの端々に女性らしさが見えて確信が持てた」


「そんな前から……滑稽だっただろ? 弱いくせに男のフリして強がっている俺は」


「まさか。子供の頃から一人で生きていくために、そうせざるを得なかった……強い人だと思っていた」


 話を聞きながら、ミナムの頭は冷静さを取り戻していく。

 女であることに気づきながら、変わらずに接してくれたことはありがたい。もしベスーニュの宿屋で指摘されていたなら、躊躇なくレオニードに毒を使って記憶をあやふやにさせていただろう。


 じゃあこの抱擁は同情だ。

 強がり続ける自分が痛ましく見えて、放っておけないだけ。


 納得できる答えを見つけ、ミナムは力なく笑った。


「ありがとう、ずっと言わずにいてくれて。知った上で、離れなくてもいいと言ってくれて。同情からでも、その言葉が聞けただけで俺は――」


「違う、同情じゃない!」


 レオニードの声がにわかに鋭くなる。

 押し黙った後に出てきた声は、心なしか震えていた。


「俺が、君から離れたくないんだ」


「え?」


 ふとレオニードの腕から力が少し抜け、優しく包み込むような抱擁へと変わる。


「恩人を邪な目で見るものじゃないと言い聞かせてきたが……君に惹かれる自分を止められなかった。滲み出る強さも、危うさも、優しさも……愛おしく思っていた」


 さらに抱擁が弱まり、レオニードの体が離れかける。

 咄嗟にミナムが頭を上げれば、いつになく柔らかな微笑を浮かべた顔が間近にあった。


 吐息がかかるほどの距離に、ミナムの胸が騒ぎ出す。

 恥ずかしさで逃げ出したいのを堪えている内に、レオニードの顔がさらに近づき――上向いていたミナムの唇を奪う。


 以前に解毒剤を飲ませた時とは違う、苦味のない口づけ。

 何もないからこそ、伝わってくる温もりを、想いを、全身で感じてしまう。


 そして自分のすべてを認めてもらえた気がして、ミナムの目が涙で滲んだ。


 ゆっくりとレオニードの唇が離れた時、ミナムは二人の間に割り込んできた寒さで我に返る。


 言いたいことはたくさんあるのに、言葉が出てこない。

 ただ視界がぼやける瞳で、薄氷の瞳を見つめることしかできなかった。


 レオニードが少し照れくさそうに眉根を寄せ、笑みを濃くした。


「ミナム、どうか俺とともに生きて欲しい。そのためなら、どれだけ君が重い事情を抱えていたとしても、まだ君に秘密が隠されていたとしても、すべてを受け入れたい」


 真っすぐで素直な言葉がミナムに寄り添ってくる。

 何も考えられなくて、ずっと己を守るために強張り続けていた心が緩んだ時、


「俺は君を、愛している」


 すとん、と。ミナムの胸にレオニードの想いが落ちてきた。


 一緒に生きてくれるの?

 嘘ばかりで身を固めて強がって、本当は今も弱いままの臆病者なのに?

 今まで背負ってきたものを持ったまま、隣にいてもいいの?


 己の中で隠れ里を襲われた日から膝を抱え、孤独に耐えていた幼き日の自分がレオニードに次々と尋ねる。


 聞こえるはずもない心の声。それなのに、こちらを包み込むレオニードの優しい眼差しが「そうだ」と答えてくれているような気がした。


 思わずミナムはレオニードの胸元へしがみつく。目に溜まっていた涙が溢れ、彼の服を濡らした。


「どうしよう……レオニードに迷惑をかけるって分かってるのに、すごく嬉しい」


 指で涙を拭いながら、ミナムは口元を綻ばせながらレオニードを見上げる。


 手を伸ばせば、渇望していた温もりを自分のものにできる。

 仲間や家族を失ったあの日から、もう得られないだろうと思っていた温もり――目の前に差し出された今、自分の飢えを強く実感する。


 きっと自分から触れれば、もう手放せなくなる。

 やっぱり嫌だと思われる日が来たとしても絶対に離してやるものか、という綺麗とは言い難い感情がミナムの身の内を焼いていく。


 逃げるなら今の内だよ?

 ミナムはゆっくりと手を伸ばし、レオニードの首へ腕を回していく。しっかりと巻き付くまで、彼は微動だにしなかった。


「もう冗談だって言っても通用しないからね? レオニードが俺から離れたいと思ったとしても貴方を求め続けるよ……俺、かなり欲張りだから」


 一瞬レオニードが真顔になる。そして小さく吹き出した。


「その言葉、ミナムに返しておく。俺も自分で思っていた以上に欲張りな人間らしい」


 どちらともなく顔を寄せ、再び口づけを交わす。

 ずっと求めていた温もりが惜しみなく注がれ、ミナムの奥深くまで広がっていく。


 揺らいでいた足元が固まっていくのが分かる。

 何があっても彼なら逃げ出さずに支えてくれる。


 どんな厄介なことでも一緒に戦ってくれる。

 誰がバルディグの毒を作っていたとしても、向き合っていける気がした。

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