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これ以上傍にいられない

   ◇ ◇ ◇


 夜になり空高く昇った月が、ヴェリシアの地へ冴えた光を落とす頃。


 貴族の屋敷に泊まることになり、一人にして欲しいと部屋を分けてもらったミナムは――なるべく音を立てないよう、荷造りをしていた。


 窓から入り込む月光を頼りに手持ちの薬草や薬研を整理しながら、ゆっくり荷袋へ入れていく。


 隙間を作ろうとして既に入れた物を押し詰めていると、細長く硬い物が手に触れた。


 作業の手が止まり、ミナムはそれを荷袋から出す。

 黒い鞘に入った、細身の短剣。


 普段から腰に挿している護身用の短剣よりも、さらに強力な毒――ホダシタチという蛇から採った猛毒を塗った短剣だった。


 刃を出し入れする度に鞘へ仕込んだ猛毒が短剣につき、かすり傷を負わせるだけで人を殺すことができるという代物。


 ミナムは猛毒の短剣に視線を落とす。


(もしかすると、これを使う羽目になるかもな)


 今まで自分の身を守るために毒を使ってきたが、まだ人を殺したことはなかった。


 自分からこんな物を進んで使いたくはない。

 しかし、もし仲間がバルディグに囚われているとしたら、行く手を阻む者を倒し、この手を血に染めてでも救わなくてはいけない。


 人の命を救う藥師を生業にしてきたのに、今度は奪わなくてはいけないのかと思うと胸が重くなった。


 何度も深呼吸を繰り返して覚悟を腹にためていく。

 それでも割り切れず、ミナムは大きなため息をつきながら額を押さえていると、コンコン、と誰かが扉を小さく叩いた。


「ミナム、話がある。部屋に入っても構わないか?」


 扉越しに聞こえてきたレオニードの声に、思わずミナムの鼓動が弾ける。


 今、一番顔を合わせたくない人。しかし様子がおかしいと悟られる訳にはいかない。


 ミナムは荷造りをやめ、深呼吸してわずかに平静を取り戻す。

 そして自分の決意を変えない覚悟をしてから、自ら扉を開けた。


「こんな遅くにどうしたんだよ、レオニード?」


 普段通りの調子で微笑を浮かべながら、ミナムは彼を出迎える。その顔を見た瞬間、レオニードの目が苦しげに細まった。


「荷造りしていたのか……黙ってここを去るつもりだったのか」


「いきなり何を言い出すんだよ。そんな気はまったくない――」


「ザガットからここまで君と行動をともにしてきたが、いつも荷造りは出立の

直前だった。俺の体に異常があれば、すぐに薬を調合できるようにしていたから」


 ああ、そうだった。この人はよく相手を見る人だった。

 一瞬しまったと顔を歪めてしまったが、ミナムはすぐに元の顔を作る。


「確かにそうだけど、でも今はレオニードの傷もかなり癒えて、急変する心配はないからね。将軍の解毒はできたし、他に薬師がいるから、明日の移動に備えていただけだよ」


「解毒が済んだとはいえ、まだフェリクス様の傷は癒えていない。その状態を誰かに責任を丸投げして立ち去れるような人間ではないだろ、君は」


 本当に人のことをよく見て、心のクセをしっかりと見抜いている。

 それがレオニードの強みであり、頼もしく思えるところだが、今のミナムにとっては厄介でしかなかった。


 言えば言うほど綻びが出てしまいそうで、ミナムは口をつぐむ。

 レオニードが息をつきながら眉根を寄せる。


「やはり、か……悪いが部屋に入らせてもらう」


 了承を待たずに部屋へ入り、静かに扉を閉じると、レオニードはミナムの目を見つめた。


「君の仲間がバルディグの毒に携わっていたと分かり、動揺するのは当然だと思う。しかし、まだ情報が足らない。もしかすると別の国で毒を作り、バルディグへ流している可能性もあるんだ。ひとりで先走ってはいけない」


「……もしかして、それを伝えたくてここへ来てくれたの?」


「ああ。それに今回の毒が、ミナムを誘い出すための罠の可能性もある――とロウジも心配していた。いずれにせよ、恩人が苦しむ事態になると分かりながら、黙って見ている訳にはいかない。どうか……もっと俺たちを利用してくれ。せめて君が確実に望みを果たせるための手助けをさせて欲しい」


 心配と、恩に報いたいというレオニードの思いが真っすぐに伝わってくる。


 きっと彼の言葉に甘えて、ヴェリシアの諜報活動に便乗して情報をもらったほうが目的を果たせるのだろう。


 理性では分かっている。でも――。

 しばらく押し黙っていたミナムが、小さく首を横に振る。


「このまま行かせて欲しい。これ以上ヴェリシアには居られない」


「理由を教えてくれないか? 何かこちらに不手際があるならば、すぐにでも直す――」


「レオニード、貴方のそばに居続けることが辛いんだ」


 伝えるつもりのなかった言葉が、思わずミナムの口から飛び出す。


 不意を突かれたたらしく、レオニードの目が丸くなる。それから眉間のシワを一層深め、視線を床に落とした。


「すまない。俺は自分で気づかない内に、君を傷つけていたのか」


「そうじゃないんだ。レオニードが俺の力になろうとしてくれて、すごく嬉しい。今までこんなに誰かを頼るってことがなかったから余計に……」


 一人でいた時、いつも寄り添っていたのは、寂しさや苦しみ。

 これが当然だと思っていたから耐えられた。


 けれど、こんなに温かくて安心できる場所を知ってしまった今、ここへ留まり続けるほどに、身動きが取れなくなってしまいそうな気がしてならない。


 今も心がレオニードへしがみつきたがっている。それを自覚しながら、ミナムは後ろへ数歩下がって彼から距離を取る。


「貴方の隣は、すごく居心地がいいんだ。ずっと離れたくないって思わせてくれるほどに。でも、それじゃあ仲間を探しに行けなくなるし、レオニードを困らせることにもなる。男からの恋慕なんて、貴方にとって迷惑でしかないだろ?」


 話の途中からレオニードの表情が強張っていく。同性からそう思われていることなど、考えもしなかったという顔。狙い通りだとミナムは心の中で苦笑する。


 読み通りで何より。そう思ったから姿を偽ったまま本音を語った。

 きっと彼は「すまない、気持ちは嬉しいが受け入れられない」と断ってくれるだろう。嘘をついて男でも構わないと受け入れるような人ではない。真面目で真摯だからこそ、駄目なら駄目だと言ってくれる。


 フラれるための告白。自分で言い出しておきながら、いざ謝られることを想像して胸が苦しい。


 未練なく離れるためとはいえ、一人になって初めて覚えた想いを自分で壊すことが辛くて、ミナムの唇が震えてしまう。今まで隠してきた弱さを見苦しく曝け出してしまいそうで、咄嗟にレオニードへ背を向けた。


 部屋に流れる沈黙が痛い。レオニードは驚き過ぎて固まっているのか、なかなか返事をしてくれない。


 ミナムは浅い息で唇の震えを抑えると、どうにか声を出した。


「ごめん、嫌な思いをさせるようなことを言って――」


 刹那、背後に足音が迫ってくる。

 振り向くと同時に二つの腕がミナムを捕らえた。


 背中に回された腕に力が込められ、レオニードの胸へ顔が埋まる。

 唐突な抱擁にミナムの全身が大きく脈打った。


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