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新たな毒

 城で薬の調合や負傷兵の治療を手伝い続けて、およそ一週間。

 今日もミナムは貸してもらった部屋で、黙々と薬草を調合していた。


 解毒剤の在庫が少なくなっていたので、大壺を火にかけてコルジャの花をじっくりと煮出していく。


 額から汗が滴りそうになり、手の甲で拭う。

 集中力がプツリと途絶え、ミナムの意識が浮上した。


(作っても作ってもキリがないな。……それだけ頻繁に戦闘が続いているのか)


 人を癒す藥師という生業は、とても気に入っている。

 辛そうな顔に生気が戻り、その人が笑顔を見せてくれると嬉しくて仕方がない。薬師をしていて良かったと思える瞬間だ。


 ただ、ここでは治った負傷兵が、再び戦場へ戻っていく。

 傷つくために送り出しているのだと思うと素直に喜べない。


 ミナムは小さく息をつき、わずかにうつむく。


(レオニードもヴェリシアの兵士だから、いつか戦場に出るのか)


 ふと姉のイザーミィとレオニードが重なる。


 自分を助けようとしてくれた姉は、行方知れずになった。

 このままレオニードも目の前から消えて、会えなくなってしまったら――。


 小さく、しかし鋭く。ミナムの胸奥に痛みが走る。

 思いがけず息が詰まり、己の胸元をギュッと掴む。


 鼓動に合わせて痛みが全身に広がる度、不安で心が揺らぐ。

 少し想像しただけで動揺する自分に、ミナムは苦笑した。


(……弱ったな。もしそんな事態になったら、何をしてでも引き止めそうな気がする)


 失うことが、怖くて仕方ない。


 もう一人になりたくない。

 いっそ彼が消えないように、自分の体へ縛り付けてしまいたい気分だった。


 扉の向こうから、疎らに足音が聞こえてくる。

 恐らく材料を運んできたレオニードとロウジだろうと思い、ミナムは頭を振って気持ちを切り替えた。


 がちゃり、と扉が開いて、レオニードとロウジが荷物を抱えて入ってくる。なぜか二人の表情が曇っていた。


 それと同時に、一階からのざわめきも部屋へ入ってきた。


「おかえり、二人とも。下が騒がしいみたいだけど、何かあったの?」


 ミナムが尋ねると、荷物を先に隅へ置いたレオニードが近づいてきた。

 眉間に深い皺を刻んでおり、口を開かずとも事の重大さを物語っている。


「実は……最前線で指揮を取っていたフェリクス将軍が、毒の矢を受けて倒れられたんだ」


 レオニードにつられて、ミナムも顔をしかめる。


「そんな偉い人がやられたのか。容態は?」


「衰弱しているが、まだ生きていらっしゃる。戦場を離れ、近くの町で治療を受けているそうなんだが……ただ――」 


 言葉を止めて、レオニードはミナムの目を見つめてきた。


「――城にある解毒剤の効きが悪いんだ。どうやら今までバルディグが使ってきた毒とは違うらしい。解毒剤で少しは毒が緩和されているが、このままではお命が危ない」


 他の薬はともかく、毒は守り葉の専門分野だ。

 自分ならどんな毒でも解毒剤を作ることができる。


 最悪、ヴェリシアで入手できる薬草などでは作れないとしても、とっておきがある。

 なるべくなら使いたくはないが――。


 ミナムは唾を飲み込んで覚悟を決めると、レオニードに向ける眼差しを強くした。


「レオニード、俺をフェリクス将軍の所へ連れて行って欲しい。俺なら確実に治せる」


「治せるのか?! 君には恩をもらってばかりだな……分かった、すぐに出立の準備をする。みなに話をつけてくるから、しばらく待っていてくれ」


 パッとレオニードは表情を輝かせた後、慌ただしく部屋を出ていく。

 その姿をロウジは横目で見送ると、大きな息をついた。


「大事になってきたなあ。町に向かう最中にまたあっちの連中に襲われそうだな」


「おそらくそうなるだろうね……ロウジはゾーヤさんの所で待っていたほうがいいと思う。わざわざ危険に付き合う必要は――」


「行くに決まってるだろ。ここまで来て、今さら大人しく待ってられるかよ。あと欲しかった珍味がバルディグ寄りの田舎にあるって教えてもらったし」


 ……身の危険よりも珍味なんだ。

 ミナムが呆れ半分に生温かな眼差しを送っていると、ふとロウジは口元に手を当てて唸った。


「んー……なんか引っかかるんだよなあ」


「どうしたんだよ、急に?」


「ミナムが解毒剤を作れるってことは、もう相手は分かっているんだよな? だから今までと違う毒を作ってきたんだろうが……なんで兵士全体じゃなくて、将軍さん狙い撃ちなんだろうな?」


「大量に作れない毒なのかもね。もしくは試作品。戦いでより大きな成果を出すために、軍の指揮官を狙ったんだと思うけど」


「ワシ、なんとなくお前さんをおびき出すためのよう気がする」


 ロウジの言葉にミナムがハッと息を引く。


 もしバルディグで仲間が毒を作っているなら、本来なら治せない毒を治してしまった存在が一族の者だと考え、接触するために行動を起こすだろう。


 王城に居ては周りの目が厳しい。だから城外へおびき寄せ、そして――。


 心臓が激しく高鳴り、ミナムの胸を内側から何度も叩いてくる。

 頭の中が浮かんでしまった可能性に染められていく。しかしロウジの言葉が続いてミナムは我に返った。


「ミナムを始末すれば、今までの毒をちょっと変えるだけでバルディグはまた有利になるもんな。絶対に気をつけろよ」


 確かにその可能性のほうが色濃い。


 一族の人間が、毒で無差別に人を苦しめるような真似はしない。

 世の中は広い。毒に詳しい者は一族の人間以外にも存在するだろう。


 どうしても仲間のことが絡むと、視野が狭くなってしまう。そんな危うさを自覚しながら、ミナムは「……そうだね」と頷いた。


 仲間に会いたい。でも、こんな形で会いたくない。

 表向きは平然としながらも、ミナムは心の中で何度も首を横に振り、一瞬でも想像した幸せな再会の絵を投げ捨てた。


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