手伝いの申し出
「みなさん、自分もまだ未熟ですが薬師です。もしよろしければ、ここで解毒剤作りを手伝っても構いませんか?」
年長者の老人がにこやかに頷いた。
「お気遣いなく……と言いたいところだが、本当に人手がなくて困っていたところなんだ。手伝ってくれると助かる」
ミナムは「よろしくお願いします」と頭を下げてから、レオニードへ再び顔を向けた。
「そんな訳だから、俺たちの事は気にせず行ってきてよ。遅くなっても大丈夫だから」
「ありがとう、君の言葉に甘えさせてもらう。では行ってくる」
短く頷くと、レオニードは足早に部屋から出て行く。
彼の背中を見送ってから、ミナムは不敵な笑みを浮かべつつ、ロウジに目を向けた。
「あー、ロウジ。遠慮無く手伝ってもらうから、覚悟してくれよ」
「はぁ、やっぱりかい。まあいいけどな、そのつもりだったし。後から酒でもおごってくれよ」
調子良く「おごらせてもらうよ」と言いながら、ミナムは心で呟く。
(熊なんだから、やっぱりハチミツ酒だよね。いっそハチミツそのものを飲ませて良いかも)
ロウジには悪いが、こうしてからかえると気が楽になる。
少し緊張をほぐしてから、ミナムは気持ちを切り替え、藥師たちの元へと歩み寄った。
薬師たちの部屋にある螺旋階段を上がった所にも、作業をする部屋がいくつかあった。その中の一部屋を借りると、ミナムは黙々と机の上で薬研を動かし、解毒剤を調合していった。
ロウジには火にかけた大きな壺の中身をゆっくりかき混ぜてもらい、強壮剤を作ってもらっていた。
材料が少なくなれば、「面倒くせー」と言いながらも機敏に下へ取りに行ってくれるので、彼の手伝いがとてもありがたい。
ずっと薬草と向き合い続け――コンコン、と扉を叩く音でミナムは我に返る。
こちらが動くよりも先に、ロウジが扉を開けて相手を出迎えた。
「おーい、ミナム。レオニードが戻って来たぞ」
呼ばれてミナムは手を止めると、体を起こし、額ににじんだ汗を拭いながら入り口を見る。
「おかえり。意外と早かったね」
何気なく口にした言葉に、レオニードとロウジの目が丸くなる。
そのまま二人で顔を見合わした後、ロウジが呆れたように肩をすくめた。
「おいおい、城に着いたのは昼過ぎだったろう? もう夕暮れだぞ」
「え、もうそんなに経ってた?」
言われてみればお腹も空いてきたし、体が疲労で重くなっているような気がする。
ミナムが背伸びをしていると、レオニードが息をついた。
「すごい集中力だな。協力してくれるのは嬉しいが、長旅で疲れがたまっているだろ。あまり無理はしないでくれ」
「でも解毒剤を早く作らないと、手遅れになるかもしれない。弱音は言ってられないよ」
「大丈夫だ。さっき下の藥師から聞いたが、今いる負傷兵の分と予備の分は確保できたらしい。だから今日はもう休んだほうがいい」
それなら自分が抜けても大丈夫そうだ。
密かに安堵する自分に気づき、ミナムは微かに苦笑する。
城へ来る前は、欲しい情報さえ貰えればそれで良いと思っていた。
けれど仲間のために奔走するレオニードや藥師たちを見て、心から協力したいと感じた。
分かっている。
幼かった自分ができなかったことを、彼らにしようとしていることぐらい。
これで失ったものを取り戻せる訳ではないのに――。
しかし胸に広がる寂しさの裏側で、日差しが水辺を照らして弾ける光のように、喜ぶ思いもある。
ただ、ただ、純粋に。人の命をつなぐために自分が役に立てて嬉しかった。
(生活するために薬師の真似事をしてきたんだけどね。いつの間にか根が藥師になってきているな。イザーミィ姉さんに比べれば、まだまだ遠いけれど)
ミナムが感慨にふけっていると、前からレオニードの視線を感じて我に返る。
柔らかくて温かな眼差し。少し気恥ずかしくなり、誤魔化すようにロウジを見た。
「ロウジ、今日はどこで宿を取ろうか? おすすめの所はある?」
「そうだなあ――」
ロウジが思案しようとした時、レオニードが「もしよければ」と話を切り出した。
「二人とも、俺の家に来ないか? 俺の都合でここまで来てもらったのに、恩人にお金を出させる訳にはいかない」
レオニードが自分たちに恩を感じているのは分かるが、あまり重く背負ってもらうのも気が引ける。
構わなくても大丈夫と言いたいところだが、ここで断ったら責任感の強い彼のことだ。ずっと恩を気にし続ける未来しか見えてこなかった。
「じゃあお言葉に甘えようかな。ロウジもそれで良いかな――って何だよ、その顔は」
ミナムがロウジに視線を戻すと、彼の目が妙にキラキラと輝いていた。
一瞬だけ、ロウジが好物のハチミツを見つけた時の熊に見えた。
「宿代を心配しなくても良いってことは、食い物にも酒にも金が使えるじゃねーか。よっしゃ、思う存分に飲み食いしてやる」
握り拳で力説するロウジに、ミナムとレオニードは呆気に取られて口を閉ざす。
それから顔を見合わすと、互いに肩をすくめて苦笑いした。