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男装の薬師は枯れぬ花のつぼみを宿す  作者: 天野 仰
三章 ヴェリシアへ
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待望

   ◇ ◇ ◇


 馬車を走らせて三日が経過した日の午後。

 窓から見えた寒々しい山や木々の景色が、突如として大きな街に変わる。


 深緑や緑青色の三角屋根が連なり、白壁に描かれた蔦や花の模様が街に色を添えている。街の四方は黒々とした外壁で囲まれており重厚感が漂っていたが、建物の美しさが一層映えるためか重苦しさを感じさせなかった。


 しばらく街の景色が流れ、間もなく整然と石を積み重ねた門をくぐる。

 大きな広場にさしかかり、雪を固めて造ったような白く繊細な城が間近になった所で馬車の動きは止まった。


「どうやら着いたようだな」


 肩を回しながら、ロウジは馬車の扉を開ける。寒い、というより肌を刺すような痛さが中へ入り込んできた。


「ここがヴェリシアの王城……」


 ミナムはブルッと身を震わせた後、体を硬くしながら馬車を降りた。

 荘厳な城を下から上へとゆっくり仰ぐ。長い年月をかけて雪の結晶が積もったような美しさに圧倒される。


 駆け付けた兵士たちとなにかを話してから、レオニードがこちらへやって来た。だいぶ体が冷えたのだろう、顔が青白くなっている。


「疲れているところで悪いが、このまま王宮の薬師が集まる研究棟へ向かう。ミナムの護衛ということでロウジも中に入れるよう話を通しておいたから、ついて来てくれ」


 疲れているのはレオニードのほうじゃないか。

 心配なところだが、一刻も早くコルジャの花を届けて解毒剤を作りたいのだろう。


 ミナムは大きく頷き、歩き出したレオニードの後ろへロウジとともに続いた。


 城の正面を迂回して、東の城門から中へと案内される。

 廊下には深紅の絨毯が、左右は乳白色の壁が続いている。天井を見ると、金や銀の装飾や絵が施され、華々しい天上の物語が紡がれていた。


 こんなことにならなければ、一生縁のなかった世界。

 気後れするミナムの隣で、ロウジが感嘆の声を上げた。


「凄ぇ……あの天井、ちょっと削っただけでも金になりそうだ」


 言葉は無礼極まりないが、ロウジも城に圧倒されている。

 あんぐり口を開けて辺りを見渡す姿は、獲物を探す熊のようだ。


「ロウジ、あまり品のないことは言わないでくれ。他の者に聞かれたら、追い出されても文句は言えない」


 レオニードに注意され、ロウジは慌てて「気ぃつける」と口元を押さえた。


 絨毯でくぐもった足音を疎らに鳴らし、一行は廊下を進んでいく。

 外よりはマシだが、冴えた空気はいつまで経っても消えない。ミナムの指先や耳は、冷えて痛みを覚え始める。


 早く温かい所へ行きたい。

 切実にミナムが願っていると、草の文様が施された扉の前でレオニードが足を止めた。


「ここが藥師たちの作業室になる。あとはコルジャの花を渡せば、彼らが解毒薬を作ってくれる」


 言いながらレオニードは扉を軽くノックし、扉を開ける。


 部屋の中から温かい空気と、薬草独特の青臭い香りに出迎えられる。ザガットの薬草店よりも臭いがキツい。

 それでもミナムは平然としていたが、レオニードとロウジはむせていた。


 大きな部屋の中では十人ほどの薬師が、各々の机で薬草をすり潰したり、紙になにか覚え書きをしたり、天秤で薬を量ったりと慌ただしい様子だった。


 扉の音に気づいていないのか、誰も作業の手を止めようとはしない。


「誰か来てくれないか! コルジャの花を持ってきた」


 レオニードの声が室内に響いた瞬間、薬師たちは弾かれたように頭を上げた。


 それぞれ年齢は違うだろうが、一見すると四十代、五十代の中年男性ばかりに見える。もっと若い者もいるかもしれないが、一様に疲れ果てて生気が弱々しい。


 部屋の熱気で白い肌を赤く染めていた藥師たちは、顔を見合わせながら「おお!」と歓声を上げる。


 年長者らしき白ヒゲをたくわえた一人の老人が、ミナムたちへ歩み寄ってきた。


「よく持ってきてくれた……本当に、ありがとう」


 ずっともどかしい思いをしながら、薬を調合し続けていたのだろう。憔悴しきった顔に安堵の色が浮かんでいる。


 レオニードは荷袋を開けると、コルジャの花の入った革の袋を手渡す。

 それを受け取ると、老人は「こっちに集まってくれ」と中央の机に他の藥師たちを集め、袋を開けて中身を取り出した。


 これで解毒剤が作れると喜ぶ藥師たちを、ミナムは目を細めて見つめる。

 彼らの仲間が助かるのは嬉しいが、それ以上に助けが間に合う命がたくさんあることが羨ましかった。


 もうどうしようもできないこと。

 分かっていても、脳裏に隠れ里を襲われた時のことが浮かんでしまう。


 無力な幼子では、消えていく命を目の当たりにしながら逃げることが精一杯。

 あの時の悔しさがよみがえり、ミナムの胸を刺してくる。痛みを覚えて小さく顔をしかめていると、


「ミナム?」


 城の薬師たちの元へ向かい、話をしていたはずのレオニードに話しかけられる。


 ハッと我に返り、ミナムは微笑で本心を隠す。


「ごめん、急に温かい所へ来たからボーッとしてた。どうかした?」


「……すまないが、ここで待っていてくれないか? 今から陛下に報告しなくてはいけないんだ。城の者に頼んで、どこか部屋を用意する――」


「その必要はないよ。俺は薬師。そしてここには薬を必要としている人が大勢いる。事情が分かっているのに、俺だけ休んでなんかいられない」


 ミナムはレオニードを見上げ、口端をニッと引き上げる。それから薬師たちに声をかけた。

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