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男装の薬師は枯れぬ花のつぼみを宿す  作者: 天野 仰
二章 暗紅の瞳の男
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得られた確信




   * * *


 街の灯りも届かぬ裏路地に、黒い外套で闇夜に溶け込んだ男たちが集まり顔を合わせる。


 一人が声を潜めて口を開いた。


「ナウム様、全員どうにか感覚が戻ってきましたが、まだ痺れを残す者が多数おります」


「意外と尾を引くな。こりゃあ、ここを発たれる前にもう一度仕掛けるのは無理そうだな」


 苦笑しながらナウムは腕を組む。


 このままあの薬師をヴェリシアへ行かせてしまえば、こっちの毒は戦を優位に進める力が明らかに弱まる。


 しばらくはまだ効果はあるだろうが、下手をすれば解毒剤どころか毒を無効にできる薬まで作られるかもしれない。


 あの特製の毒は、まだ現役であってもらいたいところ。

 戦いのためではなく、真の狙いのために――。


 長息を吐き出してから、ナウムは部下たちへ尋ねた。


「おい。この中で黒髪の美人さんの名前を聞いたヤツはいるか?」


 わずかに自分の鼓動が速まるのをナウムは自覚する。


 薬師でありながら、裏の顔を持つ黒髪の毒使い――もしかしたらという希望がどうしても捨てきれない。男という時点で違うというのに。


 部下たちがかすかにざわつく中、一人が「聞きました」と答えてくれた。


「昼間、彼らを尾行していた時に、ミナムと呼ばれていたのを確認し――」


「本当か! 実は聞き違えだった、なんて後で言うなよ? 間違いないんだな?」


「は、はい、ここらでは聞き慣れぬ名前でしたので、注意深く聞き耳を立てて確認しました。間違いありません」


 闇に紛れて見えないのをいいことに、ナウムは思い切り口端を引き上げ、感情をあらわにする。


(やっと見つけた! 本命の守り葉――)


 もし部下たちがいなければ、大声で叫び、笑いながらその場で崩れていたかもしれない。


 ナウムの胸の中が激しく高揚し、脈打つ度に大きくうねる。

 それでも冷静であらねばと己の胸倉を掴み、意図して呼吸を遅くして感情を抑制した。


「お前らは引き続き、アイツらを追い、様子を探り続けてくれ。ただし手出しはするな。下手に手を出せば毒にやられる。オレがしばらく離れている間、動きを見逃さないようにしてくれればいい。分かったな?」


 隣にいた者がコクリと頷く。


「分かりましたが、ナウム様はいったいどちらへ?」


「一度バルディグへ戻って陛下に報告してくる。毒が今の効力を失わない内に、次の手を進言させてもらわねぇと――チッ、人が来たな。散れ」


 ナウムの耳が、こちらへ近づくかすかな足音を拾う。

 スゥ……と部下たちは気配を消し、各々に建物の陰や屋根へ隠れる。ナウムも壁を蹴り、間近にあった民家の上へ登ると、身を屈めて様子をうかがう。


 間もなく、一人の大柄な男が現れる。

 獲物を探す熊のように辺りを見渡すその顔を、男が手にしたランプの灯りが照らす。


 ――ミナムたちと行動している男だと気づいた瞬間、ナウムの脳裏に昔の知人が重なった。


(リゴウ? いや、まさか……気のせいか。確か、ロウジと呼ばれていたのは聞いたような)


 体格は似ているが、リゴウはあんな無精ひげを放置するような男ではなかった。それにもっと精悍な顔立ちの中に、太陽の眩しさを宿したような明るさと強さがあった。


 それに比べて目の前の男は、どこか掴み所のない暗さが滲んでいる。一度そこへ立ち入れば、すべてを引きずり込まれそうな――。


「はぁ……見当たらず、か。ここら辺りへ向かったのは、窓から見て確かめたんだがな」


 ぼやきながらロウジが頭を掻く。

 そして、はぁぁぁぁ……と間の抜けたため息をついた。


「アイツらとっ捕まえて、驚かせてやりたかったのにな。飯が足りないからって、わざわざゴネて夜食用の金をもらって外へ出たのに……このままじゃあワシ、ただの食い意地張ったおっさん扱い間違いなしだな」


 ああ、オレの気のせいか。こんなふざけたおっさんが、あのリゴウと同じなワケがねぇ。


 心底ナウムは安堵しながら、思い出してしまったリゴウの顔とともに、昔の記憶も脳裏をよぎっていく。


 子供の頃、たった二度だけ会ったことがある男。

 特に恨みはない。むしろ明るく気さくなリゴウが好きだった。


 だが、この手であの男の背を突き飛ばし、洞窟の穴へ落としてしまった。

 その上、二度と出られぬようにと岩を転がし、穴へ蓋をした。


 リゴウがもっとも大切にしていたものを奪うために――。


 ぞわり。ナウムの背に悪寒が走る。

 すぐに小首を振って、思い出してしまった過去を頭から追い出す。


(情けねぇな、未だにリゴウの残像に踊らされるなんて……今さら後戻りなんて、できないのになあ)


 夜風に紛れてナウムは息をつく。

 そしてロウジが立ち去った後、小路へ降り立ち、部下たちを見渡した。


「じゃあオレは今からイヴァン陛下へ報告しに向かう。後のことは任せたぞ」


 返事を待たずに踵を返したナウムは、不敵に微笑んだ。


(ミナムは必ず手に入れてやる。どんな手を使ってでも、な)


 いっそ強引にヴェリシアの兵から引き離し、バルディグまで攫ってしまいたいところ。


 だが、ここまできて下手を打って離れられては困る。

 事は慎重に――確実にミナムを得るための辛抱だ。


 己にそう言い聞かせ、ナウムは疼き始めた胸の内をなだめていった。


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