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男装の薬師は枯れぬ花のつぼみを宿す  作者: 天野 仰
二章 暗紅の瞳の男
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不本意な再会

 軽くピュウと口笛を吹き、男は顔から布をはずす。

 そこには見たくもなかった北方特有の白い顔と濁った暗紅の瞳があった。


「覚えていてくれたか、嬉しいなあ」


「俺は嫌なことをされたら、ずっと根に持つ性分だからね。昼間の仕返しができるから会えて嬉しいよ」


 青年は昼間と変わらず顔をにやけさせ、細まった瞳にミナムを映す。


「ふぅん。じゃあずっとイジめていたら、寝ても覚めてもオレのことが頭から離れねぇってことか。いいなあソレ」


「は? その軽薄そうな顔そのままの考えだな。本当に悪趣味」


「そう言いながら誘ってるんじゃねーの? あんな堅物よりオレに興味を持ってくれたとか?」


「まさか。二度と顔も見たくなかった……よ!」


 力で劣っているからと余裕を見せている青年へ、ミナムはわざと力を抜き、身を引く。


 がくん、と前に倒れた青年の隙を見逃さず、ミナムは短剣の持ち手を両手で掴み、柄を勢いよく叩きつけようとした。


 顔を上げないまま、青年は大きくしゃがみ込む。

 ミナムの一撃が外れ、すぐ攻撃の体勢を整えようとしたが――ダンッ。青年に手首を掴まれ、ミナムは背中ごと壁に押し付けられてしまった。


「離せ……っ!」


「殺気隠してないヤツを離せるかよ。せっかくだ、もっとお互いのことを知ろうじゃねーか」


 もう片方の手首も青年に掴まれ、より強く押さえ込まれ、ミナムは痛みで小さく唸る。


 その様を気分良さげに眺めながら、青年は熱い吐息をかけながら告げてくる。


「オレの名はナウム。バルディグにとっての不穏の芽を摘むのが仕事だ……本当なら、あの堅物に与えたヤツを解毒しちまったアンタを、始末しなくちゃいけねぇんだが――」


 ナウムに浮かんでいた軽薄な笑みが、不敵なものへと変わった。


「こんな美人を殺すなんてもったいないんだよなあ。しかも薬も毒も使えて戦える……こんな有能なヤツが部下にいたら、オレも助かるってもんだ」


 一瞬ミナムの頭に、この男の誘いに乗れば仲間がいるかどうかを確かめられるかもしれないという思いがよぎる。


 ジッと憎らしい顔を見つめる。

 ――駄目だ。この男を相手にするのは分が悪い。


 他の者たちと同じく毒を受けたはずなのに動けている時点でただ者ではない。

 それにここで彼についていくということは、ヴェリシアで毒に苦しむ兵たちを見捨てることにもなる。


 命がけで仲間を助けようと奮闘しているレオニードを裏切る訳にはいかない。

 ミナムはフッ、と不敵な笑みを返す。


「……俺はお前の下でなんか働きたくないよ」


「そんなこと言わずに。できれば始末したくないんだよオレは」


 わずかにナウムの眉間にシワが寄り、泣き笑うような顔を作る。


「男っていう時点で別人なのは分かってんだがな……黒髪に、その顔立ち。オレの本命と少し似てるんだよなあ。もし女だったなら――」


「じゃあ男で良かったよ。本命の代わりにされて、慰み者にされるところだった!」


 ミナムは密かに左足で右のつま先をいじり、靴の先端に仕込んでいた毒の刃を出す。


 そして素早くナウムの脛を狙い、つま先の刃で蹴った。


「おっと、危ねぇな!」


 ナウムはミナムから手を離さず、その場を跳ぶ。


 刹那、押さえていた力が弱まる。すかさずなもは膝を軽く折った後――ドンッ。ナウムを突き飛ばし、その白い手から逃れてその場から抜け出た。


 チッ、と舌打ちしながらも、ナウムの顔は笑ったままだった。


「油断ならねぇなあ。でもそれぐらい頑固で骨があるほうが、より燃えるってもんだ」


「諦めてくれないか? しつこい輩は苦手なんだ。手を引かないっていうなら次は殺す気でいくけど」


「はは、残念だ。顔も中身も好みなんだがなあ。オレも抱えているもんがある……死ぬワケにはいかねぇ!」


 わずかに腰を落としたと思えば、ナウムが床を蹴ってミナムへ飛びかかる。


 俺だってこんな所で死ねない。仲間と、姉さんと会うまでは――。

 ミナムは覚悟を決め、短剣を構えた。


 再び刃を交えるその刹那だった。

 タタッ……と廊下を駆ける足音が近づいてきたかと思えば、大きな人影が二人の間に割って入った。


「彼に手を出すな!」


 レオニードの声がすると同時に、ギィィィンッ、と強く刃がぶつかり合う音が響く。


 力で押すことは敵わないと早々に判断したのか、ナウムはすぐに飛び退き、レオニードと距離を取る。


 そして痺れが薄れ、「うう……」と唸りながらノロノロと体を起こし始めた男たちへ、ナウムは舌打ちを打った。


「お前ら、退散するぞ。相手が悪ぃ……勝ち目のないことを粘っても意味ないからな」


 促されて男たちは疎らに頷き、鈍い動きで退散していく。

 一番最後まで残っていたナウムは踵を返して背を見せるまで、ミナムへ色めいた視線を送る。


「またな、美人の薬師さん。次に会う時は名前を教えてくれよ」


 そう言って返事を待たず、男たちの後を追って姿を消した。

 しばらくレオニードは剣を構え、ナウムたちがいなくなった廊下を睨む。


 もう何も起きないことを確かめた後、素早くミナムを振り向いた。必死な形相のままだ。レオニードの勢いに呑まれ、思わずミナムは目を丸くする。


「ミナム、ケガはないか?!」


「あ、ああ。大丈夫だよ。まさかアイツと会う羽目になるとは思わなかった」


 額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、ミナムはうっすらと口元を緩ませる。


 ここまで誰かに心配されたのは、姉さんと離れて以来だ。

 昼間に起こされて抱きついてしまった時も、今も、慣れない扱いに戸惑ってしまう。けれど少しだけ懐かしくて、ずっと体に入れ続けていた力が抜けそうになる。


「そうか……無事なら良かった。しかし次は一人でどうにかしようとしないでくれ。いくら特別な手段があるとはいえ、君に何かあってはいけない」


「うん、分かった。次はちゃんと声をかけるよ」


「ぜひそうしてくれ。頼む……俺の調子はだいぶ戻っている。もう戦えるんだ。だから頼って欲しい。こんな厄介事だけじゃなく、どんな些細なでも、なんだっていいから」


 レオニードが目を細めて笑う。本当に心配している気配が分かって、妙にくすぐったい。


 落ち着かない気持ちを誤魔化すように短剣とつま先の刃をしまうと、ミナムはニコリと笑い返す。ついさっきまで緊迫した状況にあったせいか、顔の動きがぎこちない。


「ありがとう。レオニードの気持ち、覚えておくよ」


「……まだ顔色が悪いままだな。もっと早くに気づいていれば、君にここまで怖い思いをさせずに済んだのに」


 指摘されてミナムは自分の頬に触れる。ひやり、と手に肌の冷たさが伝わる。

 ナウムの顔を思い出し、ミナムは眉根を寄せた。


「別に、怖かった訳じゃない。アイツが変なことを言うから」


「変なこと? 何を言われたんだ?」


「オレの所に来いってさ。あと本命の女性に似ているって……考えるだけでも嫌になるよ。そんなことを男相手に言うなんて趣味が悪い」


 黒髪で、自分に似ている女性――まさか姉さんなんてことは……。

 あんな軽薄な男の言葉から姉のことを連想するなんて、と怒りが込み上げる。


 いなくなった後のほうが、心の中へ腹立たしさが募っていく。

 次第に目が据わっていくミナムの隣で、レオニードが視線の温度を下げ、ナウムが去った廊下の向こうを一瞥した。


「あそこで何が何でも斬りつければよかった。次に会った時は、確実に仕留める」


「俺も次に会う時は、使える毒を全部使ってやる」


 軽く深呼吸して苛立ちを抑えると、ミナムは再びレオニードを見上げた。


「じゃあ部屋に戻ろうか。部屋には誰も来なかった?」


「ああ。ミナムが追手全員を止めてくれたおかげで大丈夫だった――」


 話をしながら部屋へ戻れば、ロウジがうつ伏せで寝台に倒れた姿が視界に入ってくる。


 まさか俺たちが離れている隙に襲われた?!

 ぎょっとなりながら、ミナムはロウジへ駆け寄った。


「ロウジ、大丈夫か!」


 ぐぐぐぐうぅぅぅ――……。


 ロウジの腹が盛大に鳴った。


「あ、ミナム……メシ、用意してもらえたか? 腹減ったぁぁ……」


 うん。無事で何より。

 心底ホッとしてから、ミナムは「すぐ何か用意するよ」とロウジの背中を叩いた。


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