幕間~転生王子の企み~
投稿遅くなりました。
アルテポレオから帰還した直後まで遡る。
王城に戻ると、親でありこの国の主でもある王への謁見を手短に済ませて、早々に自室へと引き上げた。メイドの手を借りて身を清めて服を着替えると、隣にある執務室へと向かった。
「これは…」
後ろに控えていた近衛兵が思わず声を漏らしてしまう。それほどに目の前の光景には驚愕と憤怒、失望といった感情が煮え立つ衝撃があった。扉を開くとそこには書類の山が築かれていたのだ。
どこを見渡しても紙、紙、紙。一か月ほど城を空けていたので、多少であれば納得が出来るが、足の踏み場がない程の量は異常と言えた。本来ピテール王国の第三王子として生きる彼には、これほど仕事が来るはずがない。それでは、この山は一体何なのか。
ペラ
無言で書類の山を見ていたマルスは、その内の一枚を取る。その際に雪崩が起きたが、一切気にする様子はない。
「…」
本当は機密事項もあるので見てはいけないのだが、一番上に記載されている書類の題が、主人の背中越しに近衛兵の目に入った。
(第一王子あての書類…それもかなり重要なものじゃないか)
辺りに雑に散らばる紙を、詳細な内容まで見ないように見渡すと、地方貴族の嘆願書から国の予算に関係したものまで、ありとあらゆる書類が第三王子の執務室に集まっていた。以前から兄達からの仕事の押し付けはあったけれど、さらにエスカレートしている。
片手に先程まで見ていた資料を持ちながら、辺りを見ていたマルスの目がある一点で止まった。そしてその視線の先にある書類に向けて一直線に、足元に気を付けながら近づいて行って、持っていた資料を手放して両手で大切そうに取り上げると、そのまま上に掲げて何かを噛みしめている表情を見せた。
「主様…」
”何故そんなにも喜んでおられるのですか”
そう言いかけて、口を噤んだ。近衛兵の声掛けにも気が付いた様子はなく、マルスはただ着々と進む己の計画の順調さが目に見えたことで、その安心感と喜びを噛みしめていた。
マルスの手に持っている書類は、他の紙も上質ではあれど、頭一つ抜けて質の良い紙が使われているものだった。他の王族が扱う紙よりも上級の代物が使用された書類。即ち、この国の王その人に宛てられた書類である。経験として第一王子あたりに任せたのだろうが、そんな重要なものですら、第三王子の元に他の書類に紛れて乱雑に執務室に放置されていたのだ。今やマルスの実質的な裁量権は、王に次ぐほどまでにこの王城内で広がっていた。
「ピテル、紙を」
「はっ」
後ろに控えていた近衛兵の1人、先の救援軍においてもマルスの護衛として参加して、セリーナを抱きかかえていた兵士に指示を出した。先程までのマルスを見ても動揺はしておらず、長い主従関係による他の近衛兵との経験値の差が感ぜられた。書類の山が築かれていた机の上を整理して紙を渡すと、マルスは誰かに宛てた手紙をしたためだした。
「手紙、ですか?」
近衛兵の中でも若い兵士が適していない質問を主に投げかけたので、ピテルが謝罪の上、下がらせようとするのを、マルスは片手の肘から先を軽く上げることで制した。
「何、大したことじゃないさ。少し用事を思い出したんだよ」
そう言ってピテルに手渡した手紙には、ある男爵家の名前が書き記されていた。
「隠密に、この国の誰にもバレないように頼んだ」
「はっ」
「他の者も下がっていい。僕はこの山をどうにかするから1人にしてくれ」
「「はっ」」
ピテルに引き続いて他の近衛兵達も下がったことを確認すると、1人になった部屋で溜まった書類の山を捌き始めた。
サッサッサッ
大人顔負けの速度で仕事をこなしていく姿は、決してセリーナと同年代とは思えない。だが脳内はというと、そのセリーナのことでいっぱいになっていた。
彼女を救ってあげないといけない。今のままアルテポレオで過ごせば惨劇は回避されるかもしれない。そもそもこの世界が小説に引っ張られるのか、ゲームに引っ張られるのか、それともどちらの引力も存在しているのかが分かっていない。けれど、彼女は本当なら帝国の公爵令嬢として、より豊かで不自由ない暮らしが出来るはずなんだ。であれば、僕が出来ることは1つ。原作と同じく学校に通える環境を整えた上で、彼女を処刑から守る。これまでやってきたことと何ら変わらない。学校に通う様に多少の軌道修正をするだけだ。万が一の場合は先回りして蓄えてきた力を存分に発揮すればいい。
何はともあれ、まずはその足掛かり第一歩としてやるべきことを淡々と進めなければならない。
ギィッ…
背もたれに体重を預けると、椅子が音を鳴らした。シミ1つない天井、その真っ白なケント紙に、この世界での家族の顔を丁寧に細部まで描いていく。そして完成したその肖像画を、真っ黒い染料でぐしゃぐしゃに塗りつぶした。どれが母であり王なのか、どれが兄達かなんてもう分からない。そうして染まり切って染料が滴る紙を、その水分ごと蒸発させて灰すら残らない程に焼き切ってしまう。
そこまで想像したマルスはゆっくりと目を開けると、休憩は終わりにして続きの作業に取り掛かるのだった。全ては目的を達成するために。
「この国の王家は全て潰す。セリーナの為に」
後2話幕間投稿後、第三章プロローグに入っていきます。
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