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幕間~勇者の目覚め~

本編「ストーカー!ポンコツ勇者!」と「変装下手!怪盗美少女!」の間の1年半の幕間です。

 別の支部から冒険者が移籍してくることは意外と少ない。理由は単純で、各支部やその土地の領主が囲うから上級の冒険者は来ないし、囲えない程の才能になると今度は国が出張ってきて囲うからだ。では下級の冒険者はどうかというと、そもそも移籍する必要がない。余程の旅好きか向上心のある奴なら話は別だが、依頼が無くなることはなく、今や世界中の取引を牛耳りつつある商会からの納品以来が常に入ってきているので、それをこなしていれば最低限生活を送ることが可能だ。


 ゴクゴク


「っぷはぁ!やっぱり昼から飲むエールは最高だな!」


 それもあってか、依頼を受けて金がたまったら冒険者仲間と飲み、金がなくなったらまた依頼を受けるその日暮らしな冒険者も少なからず見受けられる。アルテポレオではジムの影響力もあってか少ないが、この飲んだくれはその典型的な冒険者だった。


「おう!隣いいか」


「なんだ?ねだられても一口もやらねぇからな」


「ちげぇよ!もう協会で買って来たっての」


 我が子のように大事に抱える木樽は、10リットル程の小さなサイズであった。協会に返却すると安く次のエールを買うことが出来るので大切にするのもそうだが、中で揺れる液体を感じて一種の幸福感に浸っていた。


「俺も混ぜてくれよ!」


「俺も俺も!」


 類は友を呼ぶのか、飲んだくれが自然と集まってきて小さな宴が始まっていた。これも日常の風景であるのだけど、最近は娯楽が一つ増えて飲んだくれの宴をより楽しいものにしていた。


 ドカーン


「こりゃまた派手にいったな」


「畜生!あと2秒粘ってくれたら…」


「ぐずぐず言わねぇでさっさと寄越しな」


 この支部のボスであるジムによる、珍しくも他の支部からやってきたという少年への稽古という名のリンチを観戦して、博打を開催していたのだ。


「次は何秒だと思う?」


「んー、7秒にかける」


「じゃあ俺は12秒だ!」


 最初の頃は一瞬で終わっていたので手数で賭けをしていた。しかし、今では賭けている飲んだくれが手数を数えることが出来ない速度で打ち合うようになってしまい、秒数の予想をする賭けに変更したのだ。


「さぁ、そろそろまた始まるんじゃねぇか?」


「手ぇ抜かないでやっちまえ!」


「さっきと逆のこと言ってるぞ…」


 一定の距離を開けて相対する2人は対照的な様相を呈していた。ケイルは引き抜いた鉄剣を下段で構えて、前傾姿勢で今にも飛びかからんとしているのに対して、ジムは仁王立ちで手にしている木剣を構えることもせずに、ただ本当に直立するだけだった。そしてその表情も一方は睨み付けて殺気に満ち、もう一方は日向ぼっこでもしているのかといった具合の穏やかさである。


 サラサラ


 放牧地を吹き抜ける風が街の方まで青々とした香りを運んできて、飲んだくれには心地よく感じられる。


 ドン


 飲んだくれ達には始まりが唐突のように見えた。そこには数え切れない程の駆け引きがある訳だが、そんなことは関知するところではない。今はただ目の前の博打に熱狂するだけだ。


「ジムさんやれえええ!」


「粘れガキンチョォォォ!」


 ケイルから積極的に攻撃を仕掛けるものの、ジムはその場から一歩も動かずにいなしてしまう。それどころか攻撃の合間に不規則なカウンターが襲ってきて、ケイルのリズムは完全に崩されていた。そして焦ったのか動きが大きくなったところに、ジムの横薙ぎが入ってケイルは吹き飛ばされた。この間3秒であった。


 ズドーン


「ああ!」


「っしゃあ!俺の勝ちだ!」


 長い秒数にかけていた男は頭を抱えて悔しがり、賭けに勝った方はガッツポーズで喜ぶ。勝敗は決したと、渋りながらも賭け金である100ミダの硬貨を袋から探して手渡そうとした。その時、異変に気付いた誰かが声を上げた。


「おい、なんか変じゃないか?」


「金は合ってるだろうが。良く見やがれ」


「違う!あれを見ろ!あれを!」


「ん?」


 ジムが凝視する方向、ケイルが吹き飛ばされた先は土煙が舞っていて、姿を確認することが出来ない。しかしながら、何かがそこにいることは分かった。


「、、ガキ…?」


 土煙の中に発光する何かがあった。白く輝く光は天にある太陽より明るく感じられ、煙を割いてジムの方に近づいていく。それを確認したジムは口元がにやけながらも視線を外すことはせず、木剣を構える。

 ゆらゆらと右へ左へ揺れるシルエットはジムよりも大きく威圧的に感ぜられた。


「あ、あれは、」


「…」


 取り出していた銭を無言で袋にしまうと、目の前の戦いの行く末を見届けるために視線を戻した。


 ダン


 ジムの気が一瞬逸れた瞬間を狙ってか、土煙の中から飛び出したケイルは、上段に構えた鉄剣をジムに向かって高速で振り下ろした。


「獅子殺し」


 ジムはそれを受け流すように構えていた木剣を合わせた。鉄剣と触れ合った次の瞬間。


 バキッ


「!…くっ」


 ブォン


 迎え撃った木剣は砕け散って防御するものが無くなったジムは、僅かに軌道が歪んだのに首をねじることで合わせて紙一重で回避した。なおも攻撃の手を緩めるつもりがないのか、次撃のために再び剣を振り上げたところに、ジムの正拳突きが当たって再び吹き飛ばされた。


 ドッカーン


 この時ジムはしまったと思った。想像以上の攻撃に対して、反撃で力が入りすぎた。だが、心配はしていなかった。何故かというと殴った瞬間の感覚で、拳と自分の身体の間に咄嗟に剣を挟んだのが分かったからだ。そのまま受けていたら骨の何本かは持っていったかもしれないが、ケイルは見事に防いでいたのだ。しかし剣は折れた感触はあった。どちらの剣もダメになったからこれ以上は続けられない。今回の修行はお開きだ。ジムだけではなく、観戦していた冒険者達も誰もがそう思った。


「結局何秒だった?」


「もう今回はいいだろ…」


「そ、そうだな…」


 酔いが醒めた冒険者達は撤退の準備を始めて、ジムも気絶しているケイルを回収するために歩いていこうとした。


 その時


 ゴゴゴ…


 昼間で雲一つないのにも関わらず、辺りが突然暗くなった。この音も地響きではない。天が轟いている。


「何が起きてんだ!」


「きゃああああ!」


「家の中に入るんだ!急げ!」


 空を見上げると、真っ暗な空にはいつも以上に爛々とした太陽が輝いている。暗闇に輝く太陽、まさしく天変地異だ。

 ただでさえ混乱する事態に、誰もが逃げ惑うことしか出来ないが、ジムはそれよりも驚愕する目の前の光景に、自身の正気を疑っていた。


「冗談にしちゃあキツイな」


 気絶しているはずのケイルが立っていた。頭からは血が滴り落ちていて、負ったダメージが伺える。にも関わらず、平然とそこにいるのだ。()()()()()()()()()()()降り注いでいる光は、神からの寵愛を示しているように思われた。普段は世界全体を照らす()が、今は勇者1人に注がれているのだ。何よりその手にしているもの。


「聖、剣…」


 修行には持ってきていないはずの聖剣が、今はケイルの手元にある。圧倒的なまでの威圧感に本能が警告を出すが、ジムはその場に踏みとどまった。


「まずったかもなぁ」


 今のケイルは明らかに正気じゃない。気絶しているからか天変地異の影響からかは分からないが、このままでは街ごと消されてしまう。ジムはため息をつくと、全身から炎を出してその肌は赤くなっていった。


「稽古の続きをつけてやる。かかってこい」


 スッ


 無音で接近したケイルはジムの後ろに回って死角から切りかかるが、剣の腹を殴られて弾かれる。しかし、ケイルはその勢いを利用して次の攻撃に移る。


炎蛇(ヒュドラ)


 聖剣から蛇の様にうねった炎が多方向から同時にジムを襲った。剣を振った回数と数の合わない攻撃の数に驚かされるが、そこまでの警戒をしていなかった。ジムの魔法の性質は炎であり無効化とまではいかなくても、ダメージは限りなく少ないと踏んだからだった。しかし、ジムは見誤っていた。勇者の扱う炎は()()()()()()()のだ。


「熱っ」


 肩口に切り傷が出来ると、白みがかった炎がそこから燃え上がってジムの傷口を焼いた。蛇に噛まれているような痛みを伴いながら、さらにその周辺にまで締め付けられる感覚が襲って、ジムの行動を阻害する。


「聖属性の炎かっ!?」


「…」


 なおも攻撃をやめないケイルに、いよいよ本気で止めなければならないと覚悟をしたその時だった。


「勇者様?」


「なっ」


 そこには薬草を採り終えて帰って来ていた、ルナことセリーナの姿があった。協会に立ち寄る前だったのか、異常事態であることを知らない様子である。周りにいた住民や冒険者も家屋の中に隠れてしまっていて、誰も知らせてくれなかったのだろう。とにかく今は彼女に危険を伝えなければとジムは考えたのだが、既に遅かった。声に反応したケイルが彼女を穴が開く程見ている。興味が完全にあちら側に移ってしまったようだ。


「ルナ!逃げろ!」


「え?」


 ダンッ


 咄嗟に伸ばした腕はケイルを止めるには至らず、彼女の元へ行くことを許してしまった。視線で追う事しか出来ず、その行く末を見守るしかなかった。あぁ、ルナがもうケイルの間合いに入る。最初から本気で止めればよかったのか。弟子(ケイル)想い人(ルナ)を手にかけさせてしまう。


「畜生」


 俺の甘さがいつも良くない結果を招く。すまない、ケイル。










「勇者様!汚いです!」


 ピタッ


「涎まで垂らして」


 ガタガタ


 剣を振り被ろうとしていたケイルであったが、セリーナの一言がショックだったのか固まって、次は震え始めてしまった。


「は?」


 いや、何が起きているんだ。と唖然とするジムをよそに、平然とした様子でセリーナはケイルに話しかけ続ける。


「あっあ…」


「もう」


 セリーナは持っていた布を取り出してケイルの口を拭う。それを見ていたジムはケイルの後ろ姿しか確認できないのだが、大体何が起きているのかを察した。理性を失って暴走した状態であっても、彼女を想う気持ちには敵わなかったのだろう。そうしている内に力が抜けたのか、握っていた聖剣が手からこぼれ落ちた。


 カランカラン


「あ…俺は」


「どうされました?」


「あれ?ルナ…ちゃ……ん」


 バタッ


 聖剣が手から離れたからか正気に戻ったケイルは、目の前にいるセリーナに混乱しながらも、力が抜けたのかそのまま気絶して倒れてしまった。


「勇者様!?…そんなにお疲れだったんですね」


 普段ケイルには絶対に見せない柔らかい表情でそう言うと、地面に座り込んで所為膝枕をして、頭を優しく撫でるのだった。


「はぁ、なんというか…」


 先程まであんなに危険な状態だったのに、愛の力は偉大というべきか。ジムは半ば呆れていたが、意外とルナもケイルの事を悪く思っていないと分かって少し嬉しかった。弟子の恋路が応援したくなるのはしょうがないだろう。それに、底知れぬポテンシャルがあったことや、この騒ぎが死者も出ずに終えられたこともジムに安心と嬉しさを与えた。いつの間にか元に戻った空は青く澄み渡り、吹き渡るそよ風はケイルとセリーナの事を優しく包み込んでいた。

 そこからは、天変地異の騒ぎで()()()()()()()()()()()住民を家に戻したり、逆に家に籠ってしまった人々に騒ぎが収束したことを伝えに回ったりと忙しく過ごすのだった。

 次からはジムも鉄剣を持ち出すようになって、修行はより苛烈さを増していったのはまた別のお話。









【役職】勇者:解放深度(2/12)

あと何話か幕間投稿します。


ブクマと高評価いつもありがとうございます。

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