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門出!アルテポレオ!

2章本編最終回です。

 物語(死の影)が近づく気配を感じながらも、自らの意思で公爵家に戻る決断をしたセリーナ。応接室を出て公爵家に付いていくことを伝えた時は、突発的だった行動についてジムから軽くお叱りを受けたが、それだけだった。自ら悪徳に手を染めるということの片鱗を垣間見たからか、はたまた自ら死地に飛び込む決断をしたからか。様子のおかしいセリーナに事情を知らない一同は触れていいのか分からず、話そうにも何を話すべきか分からなかったのだ。

 そうしているとセリーナは、冒険者共々困惑を隠せない様子であったケイルに近づいていった。もしかして様子がおかしいのは自分のせいかと勘違いして怯えているケイルの前にやってくると、セリーナは静かに問いかけた。


「勇者様、国に帰られるのですね」


「あ、あぁ。でも何でそれを?」


「リオス様が仰っていましたよ」


「リオス…?ルナちゃんの兄を名乗ってた奴か」


 何を言われるのかと身構えたケイルは拍子抜けした様子でセリーナの問いに答えるが、伏し目がちなままのセリーナに()()()()とケイルは内心頭を抱えていた。


「…前々から分かっていたのですね」


「それは…確かにそうだな」


 分かっていた事だった。幼くして騎士爵としての身分を与えられたケイルは、12歳になる年に貴族の通う王立聖ピテール学園に入学しなければならない。アルテポレオで過ごすこの時間が永遠には続かないことも分かっていた。このことはジムも承知の上で修行を施していた。だがそれをセリーナに言うことだけは憚られた。


「ルナちゃん」


「私、勇者様と同じ日程に発つことになりました。最後まで護衛、よろしくお願いしますね!」


 そう言うと早々に協会を出ていってしまったセリーナの背中を追うことは出来なかった。以前と同じだ。


「くっ」


 別れが来る現実を伝えられなかったわけではない。


 ”迎えに行くから待っていて欲しい”


 こんな簡単な言葉が言えなくて足踏みをしているうちに、アルテポレオを去るのを間接的に伝えられた挙句、彼女は公爵家に召し上げられることを承諾してしまった。自分が言えていれば何か変わっていたのかもしれない。これでは終わりが近いことを隠して約束を違えたという事実しか残らない。


「強くなんかなれてなかったんだ」


 唇を噛んで俯いたケイルの顔に暗い影を落とす。

 困難が立ちはだかろうともめげずに立ち上がってきた自負ある。しかしケイルは自身の思いに気が付いていた。

 何故ルナを守るのか。主人であるマルスの命令だから?否、そもそもそれを提案したのはケイル自身だった。では何故…。

 マルスやリオスが手を伸ばした時に感じた嫌悪感、護衛として近くにいることを認めてもらった日、離れて行く彼女の背中を見て感じたもやもや。


 好きなんだ、ルナのことが。どうしようもないほどに。


 本来であれば護衛対象に何て言われようとも傍に居続けるのが当たり前だった。でもそうしなかった。俺は彼女に認めてほしかったんだ。彼女の隣に立つことが出来る証明をしたかった。それなのに誤解を与えるようなことを言ってしまって、今も公爵家の者が来ることが分かっていたのに何もできなかった。


「何をしているんだ俺は」


 勇者としても一人の男としてもプライドがズタズタに引き裂かれて、ボロ雑巾のようになってしまっていた。拳を握る力が湧いてこない程に、怒りが沸き立つこともないくらいの無力感に襲われて、そこに立ち尽くすことしか出来なかった。暗い表情のまま次々とネガティブな考えが浮かんでいるケイルであったが、肩に優しく置かれた手によってそれは遮られた。


「なんて面してんだケイル」


「師匠…」


 武骨な手が肩から頭の方にいって、乱雑に撫でられた。綺麗な白銀色の髪が乱れる。ゴツゴツしているからか、皮膚に引っかかって髪の毛が少し引っ張られているが、不思議と嫌な感じはしてこない。軽く微笑んでいたジムは、撫で続けながらも腰を下ろしてケイルの顔の高さに合わせた。


「ルナは同年代の誰よりもしっかりしているだろう。勿論お前よりもな」


「分かってるってそんなこと」


 説教かと少々拗ねてぶっきらぼうに答えてジムの顔を見ると、ケイルの頭を撫でながらもずっとセリーナが出ていった協会の出口を見つめていた。どこか哀愁を感じる表情に意図が読めずケイルは困惑するが、ジムは迷わず話を続けた。


「それでも、そんなにしっかりしていても一人の人間なんだ。人一倍繊細でいてお前と同じぐらいに不器用な」


「…」


「彼女の危うさが崩れた時に支えられる奴が近くにいなきゃいけない」


「それは…」


「他の奴でいいのか、ケイル」


「…!」


 はっきりとこちらを見て言われて、ジムからの訴えがケイルの心を、闘志を再燃させた。


「嫌だ…!彼女を助けるのは俺だ!」


 そうさ、俺は何をやっても空回りするし、頭が良いわけでもない。そんなことは前々から百も承知だ。俺に出来るのは何度折れても立ち上がることだけだ。戦いであろうと恋路であろうとそこは変わりはしない。それで十分じゃないか。

 隣に立って支えるのは俺だ。他のやつに取られるわけにはいかない。


「俺行ってくるよ師匠」


「おう、気合入れて行けよ」


 好きになった女の子に好意の1つも伝えることが出来ていない。このチャンスを逃したら、貴族それも帝国となったら恐らく会う機会はもうないかもしれない。それなのに伝えず仕舞いは悔やんでも悔やみきれない。気が付いたらケイルは走り出していた。周りの冒険者はただ暖かい目で微笑みながら見送って、隣にいたジムも眩しそうに目を細めていた。


「ルナを頼んだぞ、ケイル」


 王国に帰るケイルと帝国貴族に入るセリーナとでは全くと言っていいほどに接点がなくなる。近年両国がきな臭いのもあって、更に関わりを持つのが厳しくなるはずだとジムも分かっていた。けれども何故だろうか、この2人の縁が途切れるはずがないという確信めいた予感がしていた。()()とはそういうものだ。

 ケイルの纏う風格は間違いなく英雄の類のものだとジムは感じていた。なんせこれで見るのは三度目だから間違えようがない。これから先、彼には数奇な運命が待ち受けているのだろう。対してルナはどうだろうか。


 ()()は何と形容するべきか。


 アルテポレオにやってきた当初はそんなものは一切感じなかった。いつからかだったかルナの異常性に気が付き始めたが、周りはいつも通り接していた。俺だけなのか。常に共にいたレセやケイルでさえ気が付いた様子はなかった。英雄と言われる類のものでは決してないが、その風格は彼女が只者ではないことを告げている。ケイル同様に歴史に名を残す人間になりえる原石なのだろう…悪い意味で。

 彼女の内包する危うさが転じないように止められるのは、同じく歴史に名を残すような英雄、すなわちケイルだ。ここで2人が出会ったのもまた運命の巡り合わせか。いずれにせよ、同じ時代に生まれた[持つ者]は、自然と惹かれ合い絡み合って1つの時代を編み出していくものだ。彼らの行く末を案じながらも、ジムはまた協会の仕事に戻るのだった。






「はぁ…」


 夕日の差し込まない暗い部屋に、荒んだ呼吸音が木壁に振動として伝わって部屋を震わせていた。

 身体の火照りを冷ますために乱雑に緩められた服は乱れている。いつもであれば新雪のように色白の肌は、首元まで赤らんでいた。


「はぁぁぁぁ」


 セリーナは充足感に満たされていた。上手くいった。あの周りの反応、誰も予想していなかったんだ。先ほどまで感じていた罪悪感も自己嫌悪もその体をなさなくなってきている。アルセーヌが言っていたのはこういうことだったのか。出し抜く人が多ければ多いほど成功した時の快感は強くなる。まさしくその通りだ。それも自分の意思でやらなければならない。現に公国で首飾りを盗んだ時よりも断然楽しいし気持ちがいい。


「…最っっっっ高」


 セリーナの感じる充足感、背徳的快楽には代償を伴うのは理解していた。だがそれだけではない。

 アルセーヌに見捨てられたショックは、後の出来事(託された本)によって誤解であったと判明したとしても、彼がいない現実は変わらないし傷は修復されない。勝手に期待してしまったケイルによっても傷ついていた。また、それしか方法はない状況に追い込まれたことで、いくら逃げても逃れられないのだと予感させられた物語(バッドエンド)によっても。

 道徳観の喪失分だけでなく、そうして出来た心にぽっかりと空いた穴すらも、悪徳で満たしてしまった。その快楽は心の欠損が大きければ大きいだけ満たす部分の体積が増えて、より多くの充足感を与えるのだ。

 無自覚な心の隙間を満たすことは悪いことではない。その手段もセリーナの夢と合致している。それがセリーナに、この快楽に浸る口実を与えていることが問題なのだ。


「ふ、ふふ、」


 心を満たす存在は麻薬と同じだ。恋人然り金銭然り権力然り。時にそれらは人から理性すらも奪い取り狂わせる。セリーナの求める欲望も肥大化して理性を侵食していく。セリーナの望みが、内にいる誰かの声となって自分の中で反響していく。




 私を見て。私を必要として。私を愛して。





「…」

「…」





 バタン


「ルナ!」


「勇者、様…?」


 後から追ってきていたケイルがいつの日かと同じように勝手に部屋に入ってきた。息が上がっていて、かなり走ってきたのだと分かる。そしてセリーナを見つけるなり駆け寄ってベッドの上で彼女のことを抱きしめた。


「すまなかった」


「そんな、私は大丈夫です」


「泣いてるのに大丈夫なわけあるか」


「え…」


 自覚はなかったが、楽しくて気持ちよくて最高なはずだったのにどうやら泣いてしまっていたようで、慌てて服の袖で拭う。


「あれ、おかしいな」


 拭っても拭ってもとめどなく溢れ出てくる涙にセリーナが困惑していると、ケイルが優しく頭を撫で始めた。


「我慢しなくていい」


「私は、」


 何故か分からないが涙がほろほろと零れ落ちるのが止まらない。あんなに楽しかったのに今は寂しくて悲しい気持ちでいっぱいになっていた。でも嫌じゃない。ケイルの背中に手を当ててみると彼の心音がドクドクと響いてくる。手から感じる体温がじんわりと伝わってきて火照った身体と対称的に冷え切っていた心を温めていく。


「…みんな私の前からいなくなっちゃうの」


「…そうか」


「アルセーヌも勇者様も両親だってみんな、みんな!」


「…」


「誰か私を必要としてよ!私を、見つけてよっ」


 少女の悲痛な叫びが部屋に響き渡る。ケイルはそれをただ受け止めた。無音の部屋に嗚咽だけが響いて、落ち着く頃には外からは魔法灯の明かりがわずかに見えるだけで完全に日が沈んでいた。

 泣き止むと先程までの自分の行いが急に恥ずかしくなってくる。見上げると視線に気が付いたケイルが優しく微笑んでくれて、より赤くなった顔を隠すためにおでこをこつんと胸に打ち付けた。こちらからもわずかに心音が聞こえてセリーナを安心させる。


「落ち着いたか?」


「…はい、お見苦しい所をお見せしました」


「気にするな」


 落ち着きはしたがどちらからも離れることはなかった。悪徳に因る快楽が抜け落ちてまた空虚になってしまった心を、今度は優しい光が包み込んでいく錯覚をセリーナは覚えた。


「それと、ルナちゃんに渡すものがあって」


 そう言ってウエストポーチから紙に包まれたものを取り出した。手渡されたそれが何か気になって包装を取っていく。すると中から現れたのはシルバーよりやや光沢のある色をしたピアスだった。


「勇者様、これは?」


「ルナちゃんに似合うかと思ってだな…」


 マルスの手紙を受け取った日、別れが来る前にセリーナに渡すプレゼントとしてアクセサリー屋に探しに行っていた。吟味の末に購入したものの、職業柄万が一にも壊さないためにと、店側が気を利かせて必要になる時まで保管してくれることになっており、家に行く前にそれを取りに行っていた。

 安いわけではないけれど、決して高いわけでもない。魔法具が一般的な世界で、何も付与されていないただのアクセサリー。けれどセリーナにはそれがこの世界のどんな魔法具よりも大切に思えて、彼女の中に溢れんばかりの幸福感を与えていた。


「待っていて欲しい」


「…?」


 ボーっと見惚れてピアスを見つめ続けるセリーナの肩に手を置いたケイルは、意志のこもった眼差しで見つめながら続ける。


「いつか迎えに行くその時まで」


「何を、仰っているんですか?」





 迎えに行くから待っていて欲しいとはつまり…。





「君のことが好きだ、ルナちゃん」





「…!!」


「ルナちゃんが傷ついている時に言うのは卑怯だと思う。けれど伝えずにはいられなかった」


「どう、して、、ですか」


 分からない。勇者がセリーナのことを想っているとは考えられなかった。


「護衛だって、王子のためで…私の事なんか全然」


「…すまない。俺のせいだ」


 想いを伝えることがケイルに見せられる最大限の誠意と考えた。弁明も言い訳も全て飲み込んで今はただ寄り添い続ける。


「それでも俺は好きなんだ」


 勇者は私の事が好き…。


 異性からの好意を伝えられたのは初めてのことで、打算によるものであったとしても嬉しい。

 けれど仮に本当だとしても、前世からの記憶を持つセリーナには、大人としての現実というかやや悲観的な価値観が存在していて、帝国と王国の違いという難しさが真っ先に浮かんできた。


「気持ちは嬉しいです、、。でも、私は帝国の」


「それがどうしたっていうんだ。それでもこの気持ちは止められない」


 若さ故の世界を知らない純粋な瞳に射抜かれたセリーナには、かつて挿絵で見た勇者の影とケイルが完全に重なって見えた。

 あの作法も知らなかったようなやんちゃな少年が今では立派な勇者に見える。本当に小説にそっくりに。小説……そうか、小説だ。

 セリーナはこれから来る未来を予感した。物語に引きずり込むように運命が働いているのなら、私は王国の学園に留学させられる。それなら勇者と遅かれ2年後には必ず会うことになるはず。と。


「ふふ」


「ルナちゃん?」


 いきなり笑い始めて何事かと困惑するケイルを前にひとしきり笑ってから、上目遣いに見上げ満面の笑みを浮かべて、頬を染めながらセリーナは答えた。


「待っていますね。貴方が迎えに来てくれるその時まで」


「それじゃあ…やったぁ!」


 興奮したケイルに強く抱きしめられて潰れそうになるが、それがセリーナには寧ろ心地よく感じられる。トントンと叩くと、力を入れ過ぎていたことに気が付いたケイルが慌てて離れようとするが、今度はセリーナの方が背中に手を回して抱きしめることで引き留めた。


「す、すまない。また力加減を」


「気にしないでください、勇者様」


 慰めの言葉をかけたはずなのに勇者はどこか不機嫌そうだ。セリーナには理由が分からなかったが、ケイルの方からのお願いでその疑問は解消された。


「その、なんだ。前から気になってたんだが、そろそろ名前で呼んではくれないか」


 そういえば最初の頃に馴れ馴れしくて拒絶したかもしれない。呼んでみようとすると小恥ずかしくて、一度深呼吸をしてから口にしてみる。


「…ケイル様」


「ぐはっ…!!」


 赤らんだ顔を両手で隠すセリーナと鼻血を出すケイルはお互いに悶絶する。


「なっなんだこの可愛さは!」


「か、可愛い!?」


 ケイルはもう後悔しないように、好意ははっきり伝えると決めていた。故に言葉はダイレクトに好意を伝える武器と化してセリーナを撃ち抜く。


「ケイル様、私の事もルナとお呼びください」


「良いのか…?」


「時々そう呼ばれていたので…」


「そう、か」


 無自覚に呼び捨てにしていたのを振り返りケイルは冷や汗をかくが、責めるつもりはなかったセリーナは、ピアスを大事そうにしまってから彼の頬に手を当てる。そして、改めてセリーナの気持ちをケイルに伝えた。


「お慕いしてます。ケイル様」


「ルナ…」


 自然と2人の顔が近づいていく。セリーナが目を閉じたのを見て、ケイルはゴクリと喉を鳴らすと徐々に唇を寄せていく。近くで見ても肌には毛穴一つ見えず、透き通っているかのような透明感がある。ただその肌は彼女の恥じらいを示すように赤みを帯びている。


 自分の心臓の音がうるさくてしょうがなく、相手に聞こえないか不安になる。


 息が肌に触れるのを感じながら、ケイルも目を閉じた。


 そして…


「こら~!ルナちゃんに何するの~!!」


「ぐぉっっっ」


 ドカーン


「そういうことは大人になってからになさい!」


「レレレレセさん!」


 奥には何故かジムもいた。レセの張り手を喰らったケイルは勢い良く飛んでいき、壁に激突してからへなへなと床に落ちた。それを見たジムはやれやれと頭に手を当てて首を振っている。


「いいいいいつからそこに!」


 レセは壊れたオルゴール人形のように、カタカタしながら固まるセリーナを撫でるだけで何も言わない。


「さて、遅くなっちゃったしジムさんもケイル君も夕飯食べていってください」


「お、お義母さ」


「ふん!」


 ドカーン


「はい、ルナちゃんは早く行こうね」


「は、はい」


 セリーナを連れてレセが出ていってしまい、折角のいいムードは台無しになってしまった。そのことに涙目になっていたケイルだったが、そんな弟子を見るジムの目は同情と憐れみを含んでいた。


「まぁ、なんだ。またチャンスはあるさ」


「師匠ぉ…」


 そんなこんなでピアスの穴を開けたりと慌ただしくも賑やかな日常はあっという間に過ぎ去り、出発の日を迎えてた。今セリーナ、ケイル、レセの3人は協会前の広場でジム達と最後の別れをしていた。


「結局一度も倒せなかった。あんたちょっと強すぎるぞ師匠」


「ガハハハッ、まだまだだなケイル。外で俺より強ぇのに会っても怖気づいて帰ってくるんじゃねぇぞ?」


「だ~!分かってる!俺は勇者だぞ。そんなこと万に一つもない!」


「そりゃあ心強ぇな!……達者でな、ケイル!」


「ああ!」


 男同士で熱い握手を交わしている傍らで、セリーナとレセもそれぞれ仕事仲間や友達と別れを済ませた。そしていよいよ出発の時間がやってきた。


「これまでお世話になりました!」


「おう!元気でやれよ!お前ら!」


 最後にセリーナに近づいたジムが誰にも聞こえないように耳打ちした。


「アルセーヌについて分かったことがあったら伝える」


「ありがとうございます」


「それと、………お前のことを娘のように思っている。辛いことがあったらいつでも戻ってこい」


「…はいっ!」


 溢れそうな涙を堪えて笑顔で手を振って広場を後にする。その間も後ろからは冒険者や職員たちの声が聞こえてくる。


「元気でな~!」


「じゃあな!」


「デュフフ、ル、ルナたん!ぐぉっ!」


「お元気で~!」


 後ろからの声が遠くなってくると、今度は前の通りでも街の住民が道に向かい並ぶようにして待っていた。公爵家に行くことが決定してからの間も、相変わらず標本(サンプル)集めと称して街の中で依頼に勤しんでいたセリーナと護衛のケイルは、すっかり街の人気者になっていた。見送るために街中の人が集まって来ていたのだ。


「ルナちゃん、ありがとうね~!」


「ケイル!またな~!」


「元気で~!」


 多くの人が見送る中である家族を見つけたケイルは、トントンと肘で突いてセリーナに知らせた。


「あっ!」


 そこには2人で家屋の掃除をしたお婆さんと、その隣には小さな赤ん坊を抱いている夫婦が寄り添いながらこちらに笑顔で手を振っていた。


「無事に引っ越して来れたんですね」


「ああ」


 それだけじゃない。周りには数多くの依頼によって助けられた人達がいて、皆が感謝していた。


「ふふっ」


「ん?」


 白銀色の髪を靡かせながら隣で笑う少年が瞳に映る。


 にぎにぎ


 レセさんに隠れてちゃっかりケイルが手をつないできた。恥ずかしさにセリーナはまた赤面してしまう。それを気にした様子もなく手を振りながら歩くケイルとの対比に、微笑ましく思いながら住民は見送る。


「あっ!2人とも!」


「やばい!逃げろ~!」


「キャー!」


 やはり途中でレセにバレてしまったが、手をつないだまま2人は走り出した。突然始まった鬼ごっこに住民は驚きながらも皆笑っている。そのまま街から出ると、すぐのところにある草原に寝転がった。風が心地よく感じられて、家畜が鳴く声が遠くから聞こえてくる。レセを巻けたのか少し落ち着てから、ケイルはセリーナの息が少し上がっているのを見て、慌てだした。最近少し過保護になっている節があるかもしれない。


「大丈夫か?うおっ!?」


 覗き込んで心配そうに聞いてくるケイルを抱きしめて転がると、次はセリーナが上になった。立場が逆転したことに驚くケイルをよそに、跨ったまま笑みをこぼす。


「大丈夫です!」


 これから進む未来、どうなるのかなんて誰にも分からない。それでもセリーナには大怪盗になるという叶えたい夢があって、死という己の結末を変える目標がある。今出来るのは、それに向かってただがむしゃらに進む事だけだ。だって私にはレセさんにジムさん、いざとなったらアルテポレオや森の皆という頼もしい仲間達もいる。


 そしてもう1人。隣に立って歩んでくれる


貴方(ケイル様)がいるから!」

大分かかりましたが前日談はこれにて終わりです。


幕間を何話か投稿予定です。


以後学園編から本格的に始まる公爵令嬢として、怪盗オビスとしての活躍をお楽しみください。



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