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交渉!怪盗美少女!

次回で2章終了です。

「して、話とは何だ妹よ」


 セリーナと向かい合って座るリオスは、貼り付けたような笑みを絶やすことなく、あくまで寛容な兄としての役に徹していた。もっともその面を剥がした時に覗き見える本質的な部分は実に空虚であるわけだが、それに気が付かないセリーナではない。であればセリーナがすることは1つだ。それは、相手の化けの皮が剥がれない程度に譲歩を引き出して、こちらの要求を呑ませるということ。


「まず初めにお伝えしておきますが、私は貴方についていきます」


「ルナちゃん!?」


「ほう…」


 隣に座りながら、何を言っているのかといった様子で驚くレセを制して、未だ笑顔の中に孕んだ警戒を緩めることなく、鋭い視線を寄越すリオスを前に本題に入る。


「その上でお兄様にお願いがあるのです」


「…申してみろ」


「その、」


 言い淀むセリーナを心配してか、背中をさすってくれているレセのもう片方の手を握って覚悟を決める。嫌われるかもしれない、断られるかもしれない。でもここで引いたら一生後悔が残る。だからこそここで一歩踏み出さねばならない。


「この人も一緒に連れて行って、いい、ですか」


「協会の女をか」


「はい」


 絞りだすように出した声は震えていてなんとも情けないものだった。レセに一切の相談もなく勝手なことを言ってしまい、もう彼女の顔を見られない。ただ握ったままの手をさらにぎゅっと握ることしか出来ず、手汗が滲んでいくのが分かった。


何故(なにゆえ)だ」


「急に知らない人しかいないのは寂しいからです。話し相手が欲しいんです」


「我らのことが恐ろしいか、妹よ」


「…」


 一層視線が鋭くなったのを感じながら、重い空気に耐えてセリーナはリオスとの問答を続けた。


「それで、連れて行ってからはどうするというのだ」


「私のメイドとして雇います」


「お前がか?」


「私がです」


「それが我に利するとは思えんが」


「身柄の引き渡しが円滑になります」


「ほう…」


 見ると面白そうに笑みを浮かべたリオスが頬杖をつきながら肘掛けをトントンと指先で一定のリズムで叩いている。


「中々に切れるようだ。流石は我が妹といったところか」


「恐縮です」


「良いだろう、許可する。話はそれだけか」


「あとひとつだけ、この街を出るまでに少し期間が欲しいです」


「ふむ、良い。勇者が王国に帰るのと同日まで期間を与えよう。その間で荷物を纏めるなりするがいい」


「ありがとうございます」


 勇者が王国に帰るという新しい事実を知りながらも、次の要求はすんなりと受け入れられた。

 こうして話し合いが終わりリオスが早々に退出したことで、応接間にはセリーナとレセの2人だけとなった。


「…」


 何て話せばいいんだろうか。発声を忘れた喉は物が詰まったかのように息すら吐きだせない。セリーナは己のしたことの罪深さを感じていた。実質レセには選択肢は残されていない。セリーナはレセの意思確認をする前に公爵家に先に許可を取っただけではなく、それを協会と公爵家の摩擦を無くすためと表現した。セリーナからすれば先の青薔薇として命を狙われた一件があったから同伴者の存在が安心材料になりえるというだけのことだったが、実際は意図しないところで論理をより強固なものとしていた。

 公爵家、ひいては帝国と冒険者協会の関係性は現在とても複雑化している。元々ヘレネス帝国が組織した商会の下部組織として設立したのが冒険者協会であった。当初は密接な関係が維持されていたのが、商会の規模が大きくなり他国とも取引をするようになるにつれて帝国との関係性が以前より悪化した。下部組織の冒険者協会もその煽りを受けたのだが、見て分かるように街の治安を担っている部分の大きい支部では、帝国で特にその土地の領主との関係性が絶妙なバランスの中で保たれてきている。

 つまりここで揉め事を起こすのは冒険者協会にとっても公爵家にとっても愚策でしかない。今回の件でそのバランスが危うくなるリスクを考えると下手なことは出来なかった。また承諾をした案件を無碍にすることは協会側が公爵家に借りを作ることになってバランスが公爵家に傾くという懸念のほか、何よりセリーナ1人を引き渡すより圧倒的に円滑に事が進むのは確かであった。

 そういった点でただでさえ公爵家と半ば締結された交渉をレセが拒否する選択肢は消滅していて、セリーナと共に行くことが決定づけられていた。


「…」


「ルナちゃん」


「はい…」


 セリーナの背中に置かれていた手はそのまま上に上がって頭を撫で始めた。隣に座る少女を落ち着かせるレセの表情は穏やかだった。


「予感はしていたの」


「予感?」


「実は私達、といってもジムさん含めてごく少数だけど、公爵が引き取りに来ることを事前に知っていたの」


「えっ」


「それでケイル君も協力してもらって色々試行錯誤していたのよ」


 セリーナは自分のしでかしたことに気が付き始めた。もしかして私が動いたことで計画を台無しにした?


「ルナちゃんが何かするんじゃないかとは思ってたんだけどね、まさか行くって言い出すなんて想像もしてなかったなぁ」


「私は…」


「いいのよ。私達の作戦が上手くいくはずがなかったもの」


 レセの優しさが刃物となって、撫でるのに合わせてセリーナを切り刻む。


「協会の皆のことを考えてくれたのよね、ルナちゃん優しいから」


 違う、自分のエゴだ。公爵家に行くのは怪盗をするための新天地探しでターゲットとなる人物たちに近づける丁度良い機会だったからだ。そのくせ寂しいからとレセを連れていこうとしている。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


「謝らないで、私もルナちゃんと一緒にいられるのが嬉しいの」


 自責の念に駆られているのは確かだ。しかしそれだけじゃない。レセの思いを踏みにじって未来まで奪うということへの罪悪感を背負う覚悟はセリーナにはあった。嫌われる覚悟も。けれども今自分の中に渦巻いているこの気持ちは何だろう。




 気持ちいい?




 どうやら私は罪悪感よりも、描いた形で話し合いが成功した達成感とジムたちを出し抜けた快感の方が強いらしい。その甘美な快楽の中では罪悪感すら引き立てるためのスパイスになっている。そのことに気が付いたセリーナを自己嫌悪が襲うが、一方で妙に受け入れいている自分がいた。

 そうか、これが悪徳に手を染めるということか。これまではアルセーヌの手伝いをするだけ、やられたからやり返しただけだった。けれども今は違う。自らの意思で道徳的な道を踏み外した。怪盗になると決めたからにはもう後戻りは出来ない。

 代償を払ったセリーナは前に進むことしか出来ないのだ。アルセーヌも同じ気持ちだったのだろうか。彼に見つけてもらうため、自身の夢を叶えるためにもこの代償を払い続けるのだ。そして全てを失ったときにはじめて何かを得られるはずだとセリーナは感じていた。

聖人キュン姉


いつもブクマと高評価ありがとうございます。


まだの方も見ていただいてありがとうございます。

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