打開策!怪盗美少女!
本編あと2話で学園編です
「お前の兄だ。我が妹よ」
「私の兄、ですか?」
兄が何故ここにいるのか。迎えに来たとはどういうことか。セリーナの知らないところで何が起きているのか。そんな疑問が次々と湧き上がってくる。
「覚えていないのも無理はない。なんせ最後に会った時には小さかったからな」
「そうなんですか?」
「ああそうさ。我をにいにと言っていてよく可愛がっていたのだぞ」
はい、嘘つきです。あいにく言葉を話すようになる前からしっかり記憶があるけど、そんな記憶どこを探してもありません。
「はあ…」
「思い出話は後からいくらでもできる。とにかく今は我と共に来い」
兄と名乗る男が強引に連れ出すためにセリーナの腕を掴もうとする。しかし、その手がセリーナに触れる前にジムの制止する声が割って入った。
「そこから先は協会の管轄だ。公爵家の嫡男であってもそれ以上はやめておけ」
「ほう…」
男が振り返ると腕を組み威圧するように仁王立ちするジムと、その隣に立つケイルの姿があった。ジムの方に顔を向けた男はシニカルな笑みを浮かべた。
「これは失礼した。この街の協会の責任者か?」
「ジムだ」
「ジム?ああ!あのジムか!」
男は大袈裟に驚いてみせてから、右手を差し出して握手を求めた。
「まさかこんな辺境で”緋鬼”に会えるとは思わなかった」
「…もう過去の話だ」
握手を交わしながらも場の緊張は和らがない。すると、隣でやり取りを見ていたケイルが前に出てきた。
「公爵家の人間がなんでここにいんだよ」
「ふむ、貴様は何だ小僧」
男は道端に落ちているゴミを見るかのような眼差しでケイルを一瞥した。それをものともせずに堂々とした様子で右手の親指で自分を指した。
「俺は勇者ケイルだ。よく覚えておけ」
「勇者…」
「そうだ。俺が勇者だ」
「…王国はお飾りを寄越したのか」
勇者という単語に大して怯むわけでもなく、侮辱ともとれる言葉を吐き捨てた。そしてそれを聞いたケイルの堪忍袋の緒が先に切れてしまった。男の言葉に乗せられたケイルの感情は、手のひらの上で踊らされるかの如く高ぶっていく。
「俺がお飾りだと…そう言ったのか?」
「さあ、小僧の聞き間違いだと思うが」
「お前…覚悟は出来てるな?」
「勇者様!」
怒りに飲まれそうになる勇者にセリーナは大声で呼びかけた。その効果もあってか、今にも殴りかかりそうだった勇者も冷静さを取り戻したのか、バツが悪そうに後ろに引いていった。
「ほう…仮にも勇者である者を従属させているのか」
誰にも聞こえないくらいの声で男は呟いて、セリーナの方へ向き直した。既に勇者への興味は無くなっており、既にその名前を忘れかけていた。今度は温和な笑みを浮かべてセリーナにさらに語り掛ける。
「流石は我が妹だ。いけない、名前を教えていなかったな。我が名はリオス。セリーナ、お前の兄にしてアンテイア公爵家次期当主だ」
「私はルナです。ここでは何ですから、別の場所で話しませんか」
「我が妹の頼みだ。許そう」
「ありがとうございます」
椅子を降りて丁寧に対応するセリーナが意外だったのか、ジムやケイル、レセに至るまで多くの協会にいる人は驚いた顔をしていた。
「ルナ?」
「ジムさん、応接室貸して!」
「協会の関係者がいないと流石に」
「レセさんと一緒に行くから貸して!」
「私!?」
「…分かった」
笑顔のセリーナを見たジムは”ああ、こいつ何か企んでる”と一瞬で分かった。ジムが鋭いというよりセリーナが分かりやすい顔をしていた。だからセリーナのお願いを渋々ではあるが許可するに至っていた。
「行きましょう、お兄さん」
「よかろう」
セリーナはレセの手を引きながら、セリーナの兄であるリオスとその騎士と共に応接室へと歩いていく。追うことは出来ないので、ただ後ろ姿をケイルは見つめていた。ジムはその肩に手を置き、落ち着かせるように数回ポンポンと叩いた。
「ルナちゃん大丈夫かな…」
「信じて待つしかないな」
突然の事で混乱したけど、この方法が今とれる最善手のはず。前世から数えて三十路の貫禄を舐めるな。
私ならいける。こんな時だからこそ頭をフル回転させるんだ。
「ルナちゃん…」
レセが不安そうにセリーナの頭を撫でている。セリーナが即席で思いついて今も練っている案の最たる不安材料はレセだった。握る手の力を強めるとレセは微笑んでセリーナの手を握り返す。
これから私は酷いことをする。彼女を悲しませてしまうかもしれない。自分勝手で最低な考え。
セリーナは自らの意思での行動ではあるものの、失敗するかもしれない恐怖と背徳的重圧が小さな身体に重くのしかかっていた。
それでも彼女は止まるわけにはいかなかった。これから始まる初対面の実兄との交渉によって大方決まるといっても過言ではない。扉の前に着いたセリーナは気合を入れなおす。
「絶対に成功させてみせる」
セリーナはレセに今後の人生に関わる大きな決断を迫ろうとしていた。
いつもブクマと高評価ありがとうございます。
まだの方も見ていただいてありがとうございます。