襲来!実兄!
本編あと3話で学園に突入します。
勇者が付いてくるようになってから1カ月が経過した。付いてくるという事は、つまりは修行は進められないので、セリーナは街の中で困りごとを解決する依頼を中心に受けるようになっていた。
「行ってきます!」
「「行ってらっしゃい!」」
考えなしに勇者の護衛を許したわけではなく、街での依頼にシフトしたのには理由があった。それは意識してみると自分という存在が街の中で圧倒的に浮いている事実に気が付いたからだった。決して嫌われているとか村八分にされているのではないが、自分がセリーナであると主張する存在感が強すぎるのだ。街に出て人混みの中でもすぐに分かる具合には強い。英雄や豪傑とされる人間であれば大変喜ばしいことなのだろうが、セリーナは怪盗だ。自分のオーラが変装の違和感を招いているのは分かっていたので、消すのではなくてその上から平均的なオーラを被るという方向に修行の目標を変えていた。
「いつもありがとうねぇ」
「こちらこそご依頼いただきありがとうございます!」
今日の依頼は空き家の掃除であった。依頼主のお婆さんの息子夫婦が、子どもを連れて引っ越してくるからと依頼をしたそうだ。この人はとても大らかで優しい雰囲気を纏っている。それをセリーナはしっかりと見て学んでいた。
目には自信があるセリーナは、こうして依頼をこなしてより内面まで見て分析することで、着々と事例を増やしていった。
「はい!次は飼い犬探しです!行きますよ!」
「げぇ、今日はまだあるのか…」
勇者とのギスギスはもう忘れることにしていた。ちょっともやもやは残ってるけど、関係性も変わらず上手くやれていた。それに今は有能な手駒として使わせてもらっている。利用しない手はないよね!
「そっち行きました!捕まえてください!」
「うわっとっとっとあ、ああああ!!」
街外れの休耕地に潜んでいた泥だらけの犬を、セリーナが追いやってケイルに捕まえさせる。尻尾を振った犬に馬乗りにされてべろべろに舐められていた。勿論ケイルも泥だらけである。こういうとマッドサイエンティストみたいだが、正直人を観察するために依頼を受けているのであって、それを実行するのはセリーナでなくても良いのだ。
「やった~!捕まえましたね!」
「お、俺、仮にも勇者なんだけどな…あはは」
「ん~?遠くて聞こえない!早く行きますよ!」
この勇者使いの荒さは中々なもので、セリーナに日々振り回されるケイルを街の皆は微笑ましく見守っていた。
そんなセリーナにも最近考え事があった。それは次の目的地をどこに設定するかであった。集落よりも長い期間この地にいるが、変装をある程度出来るようにしてからは、このままここを拠点にして怪盗としての活動を本格的に始めるのだろうか。1年半前のアルセーヌの1件から、周りを巻き込んでしまうかもしれないという漠然とした不安を薄々感じていた。ジムさんにレセさん、それに街の皆は大切な人達だからこそ、離れる選択も考えなければならないのかもしれない。いっそのこと森に里帰りするのもありかも。
変に考えてたからなのか、言霊というのは本当にあるのかもしれない。いや、口に出していないからやはり運命の修正力による結果と考えた方が妥当だろう。セリーナを公爵へと、ひいては物語へと引きずり戻す力がこの時既に働き始めていた。
ある日ケイルの元に一通の手紙が届いた。宛名は自身の主人の名であるマルスの文字。国境を越えると検閲を受ける可能性もあって、普段はこのような文を寄越すことはない。封蝋がされているので本物で間違いはないようだった。
「主が俺に手紙って初めてかも…」
封を開けて内容を見ると、ケイルが分かりやすいようにか前置き等は一切なく、連絡事項が端的に書かれていた。
「げぇ…」
まず一つ目は12歳の年が近づいたから、騎士爵であるケイルも貴族が通う王立聖ピテール学園に例に漏れず入学しなければならないから、手続きはマルスが進めておくとのことだった。
二つ目はそれに伴って、ルナ護衛の任を解くから王国に帰還しろとの命令であった。
そして三つ目は、帰還に際してルナをアンテイア公爵家に引き渡せとの命令であった。
他にもジムへの申し送り事項だの色々あったが、三つ目に関しては主の命令であっても容認できなかった。要は、主はルナを見殺しにしろと仰っているのかと捉えた。あんなに必死だったはずが、この期間で何があってこんな正反対な事を言うのかケイルには理解できなかった。
「何がどうなって…畜生!」
どちらにしてもケイルが王国に帰るのは決定的で揺らがない。ならこれをどうにか出来るのはジムだけだと、自分の師匠の元へと急ぐのだった。
「こういうことなんだ」
「なるほどなぁ…だからこのタイミングで。どうもきな臭いな」
「何か師匠の方でもあったのか」
「ああ、これは秘密だが…」
今日も今日とてサンプル収集に勤しむセリーナにはここ数日困ったことがあった。そこまでの影響はないのだけど、護衛の勇者が来ないのだ。何か用事があるのかもしれないけど、いきなりバックレられても困る。
「ありがとさん、ルナちゃん」
「また依頼してね!」
知り合いの冒険者の依頼を終わらせたセリーナは、鼻歌を歌いながら協会に戻っていった。
「…ほう、あの髪色にあの顔。我が血縁で間違いなさそうだな」
街の外から近づく一団の先頭に立つ男は、そんなセリーナの様子を見て顎を撫でながら不敵な笑みを浮かべていた。
「ただいま!」
「「おかえり!」」
「ルナちゃん、こっちに来て」
レセに呼ばれたセリーナは、抱えあげられて受付の椅子に座らされた。その瞳はどこか不安気であってこれから何かよくないことが起こることをセリーナに予感させた。
カツン、カツン
何者かが石床を音が鳴るように歩きながらこちらにやってくる。それも複数だ。見ると先頭の男以外は鎧を被っていていかにも臨戦態勢といった感じで威圧していた。それよりセリーナが注目したのは、その先頭の男の容姿だった。青色の髪に同色の瞳、セリーナより明るい色彩だが似ている。顔のパーツもどことなく似通っていた。
「セリーナよ、迎えに来たぞ。共に我が家に帰ろう」
「貴方は誰ですか?」
「お前の兄だ。我が妹よ」
セリーナは忘れかけていた物語が眼前に迫っている錯覚に襲われた。
いつもブクマと高評価ありがとうございます。
まだの方も見ていただいてありがとうございます。