失踪!お嬢様!
明日やろうは馬鹿野郎とか言いますが、言い得て妙ですね。何をしようか考えずにゴロゴロしていたら、いつの間にか3年も経ってしまいました。
「たちゅがにまぢゅいでちゅね…」(流石にまずいですね…)
この3年間で気づいたことがあるんです。それは、言葉遣いや教養はある程度の期間教えられれば付け焼刃程度には身に付くという事、貴族には自由が思ったほどないということです。正直この言葉遣いしんどいからやーめた。心の中でくらい普通に話させてくれ。
貴族として育てられると、本当にプライバシーがない。どこにいる時も人、人、人。唯一1人になれるのは、与えられた私の部屋だけだ。
「おととであとびたい」(お外で遊びたい)
窓から見える空は青く澄み渡っていて、絶好の散歩日和だ。前世と重ね合わせて、友人と外で走り回って遊ぶ想像をする。むなしくなってくるからやめよう。
(元気出して~)
(私達がいるよ!)
そうだ、まだ紹介してなかった。この子達はこの世界にやってきてからの唯一出来たお友達。前世から見えていた妖精ちゃん…いや、所謂イマジナリーフレンドってやつだ。なんでそんなことが分かるかって?それは、この子達がそう言っていたからだ。信じるしかないでしょ。
(貴方は私で、私は貴方なの~)
(一緒だよ!)
「わかんないけど、おともだちがいるとたみちくないからいいでちゅ」
この子達と話していると寂しさが紛れる。普段話すのは乳母とお世話係のメイドくらいだ。最近は離乳食を食べ始めて、乳母と会う機会も随分と少なくなった。その代わりに貴族のマナーを教えるために家庭教師が来るようになったんだけど、それが厳しいのなんの。
ただ、感謝していることもあって、勉強の過程で私の転生先について目星が付いたんだよ。
「またか、ちょうちぇつのちぇかいだったとは…」(まさか、小説の世界だったとは…)
そう、この世界は小学生の頃に花が読んでいた小説の世界とそっくりのなのだ。確かゲーム化もされていたはず。親には買ってもらえなかったんだけどね。
分かったのは嬉しいよ。何たって子どもの頃に思いをはせた世界に飛び込めたんだから。
ただ問題が1つ、それも致命的なことが同時に分かっちゃったのだ。
「わたちこのままだとちょけいたれちゃう!くびちょんぱああ!」(私このままだと処刑されちゃう!首ちょんぱああ!)
頭を抱えて項垂れてから、ベットにダイブして手足をジタバタする。シルクの滑らかなシーツが擦れて気持ちいい。これ結構気に入ってるんだよね。
じゃなかった、致命的な問題。それは私がセリーナ・アンテイアであるということだ。
小説にも登場するんだけど、立ち回りは俗に言う悪役令嬢。隣国の公爵家の令嬢で、小説の主人公である男爵令嬢フローラが王子と結ばれる過程で邪魔をしてくる婚約者だ。ストーリーは大体こんな感じ。セリーナがヘレネス帝国から留学に行って、なんやかんやあって処刑されてから、結局帝国を王国が倒して王子とフローラが結ばれてめでたしめでたしだったはず。
読んだのが昔だから記憶が非常に曖昧なのは許して。ただ、死ぬのは絶対にごめんだね。
(セリーナがまた変なことしてるの~)
(やってみると楽しい~!)
今の自分に出来ることは特にないので、いつも通り妖精と戯れてから寝ることにする。子どもは寝て育つんだよ。お昼寝も子どもの仕事の内ってね。
「おやちゅみ~」
(おやすみなの~)
(一緒に寝る!)
どれくらいの時間が経ったのだろうか、ふと目を覚ますと既に窓の外は暗くなっていて、月明かりが窓から差し込んでいる。
「ふぁ~、よくねまちた」
そろそろ夕食が運ばれてくる時間だろうけど、やけに静かな気がする。自分の部屋からそっと出ると、普段ならついている廊下の魔法灯の明かりが灯っていない。
「おーい、だれかいまちぇんかー…って、メイドちゃん!」
屋敷の中をうろうろしていると、廊下でうつ伏せに倒れているお世話係のメイドを発見して、急いで駆け寄る。まだ息はあるみたいだし、目立った外傷もない。全く人騒がせだ。
「なんだぁこのガキンチョは。睡眠薬が聞いてねぇのか?」
突如頭上からする声にビクッとして見上げると、顔を仮面で隠した厳つい体格の男がこちらを見ていた。
「おじちゃんだれでちゅか?メイドちゃんはなんでねてるんでちゅか?」
「公爵家のガキか?この年齢のがいるたぁ聞いたことがねぇが…まあ関係ねぇ」
ヒョイ
厳つい男は片手でセリーナを摘まみ上げると、肩に担いで走り出した。
「あれええええ~」
こうしてセリーナ・アンテイアは御齢3歳半とちょっとで強盗(?)の手によって、公爵家から攫われてしまったのであった。
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