ストーカー!ポンコツ勇者!
本日2話目です。
「待ってよルナちゃん!」
「あっち行って」
騒動から1週間が経った。セリーナは修行に励むために相変わらず薬草の採取依頼を受けていたのだが、アルセーヌが植物学者なんて設定にしていたおかげで、健気な女の子という変な誤解を招いてしまっていた。今はもともと住んでいた拠点には住んでおらず、レセさんが引き取るということで引っ越しをしていた。そこまではいいのだけど、ここからが問題だった。勇者ケイルが護衛と称して1日中付きまとう様になった。
「森は危ないから」
「私ストーカーする人嫌いよ」
「ぐはっ……ぐぬぬ、それでも危ないから付いていく!」
「むぅ、しつこい~!」
精神攻撃にも耐性が付いてしまったようで、協会内での押し問答からの鬼ごっこという流れが定着していた。1週間も毎日やっていれば慣れてくるらしく、微笑ましい光景を見ながら大人は各々活動していた。冒険者の適応力恐るべし。
「レセさん助けて~!」
「ルナちゃんは可愛いんだし、危ないから付いて行ってもらいなさい」
そう言いながらレセが威嚇する先には冒険者がいた。
「デュフフ…ひっ!ななぜこちらを見ておられるのか」
まあ確かにこれも美少女セリーナにとっては脅威と言えなくはないが。それはともかく、この付きまといのせいで森まで付いて来てしまうから、セリーナは普通に薬草を採って帰るという生活を1週間強いられていた。
「もう!行ってきます!」
「「行ってらっしゃい!」」
ほっぺを膨らませて怒り肩でずんずん進むセリーナの後ろをケイルが付いていく。いつも通り森に入るのだが、今日はここからは違う。
「勇者様!」
「なんだ!敵か!」
少し入った所でセリーナが呼びかけると、剣を抜いたケイルが辺りを警戒した。全方向警戒するあまりくるくる高速で回転するケイルをセリーナはジト目で見ていた。
「敵じゃありません」
「ならどうした」
「今日はお願いがあるんです」
「ん?離れろというなら無理だからな」
「違います~!」
話が進まないし体力を持ってかれるセリーナはため息をついた。
「はぁ、私に勇者様の魔法を見せてほしいんです」
「俺の魔法を?」
「そうです」
セリーナは勇者について思い出したのだ。恋愛小説内で勇者は魔法も使用していたはず。剣技の間に光魔法を使用していた魔法剣士のような立ち位置であった。なら、彼がそうならば使えるはずだとセリーナは考えた。しかしセリーナの予想は外れてしまう。
「え?俺魔法なんて使えないけど?」
「は?」
「え?」
セリーナは手と頭をだらんと脱力して地面を見て固まってしまった。一方のケイルも自分を指差した状態で固まっていた。
「あの~ルナちゃん?」
先に動いたのはケイルだった。不穏な空気に耐え切れずセリーナに声をかけた。しかしセリーナは反応をよこさない。その代わりに脱力していた手をこちらにやって、ケイルの腕を掴んだ。色白の手に触れられて頬を赤らめていたがその力の強さに、あぁ怒ってるとすぐに直感した。
「来て」
「なんて?うわぁ!」
腕を掴まれて森の奥に連れていかれるケイルは冷や汗が止まらなかった。どうやらセリーナの逆鱗に触れてしまったみたいだ。3時間以上歩いたところでようやくセリーナの足が止まった。この間一言も話さなかったので、ケイルの顔は蒼白を越えて真っ白になっていた。
「見てて」
「や、やっと着いたのか。俺何か…!?なななななんだこれ!」
魂が抜けていたケイルが謝罪の為に少し離れてしまったセリーナの方を見ると、そこには巨大な水球の隣に立つ彼女の姿があった。状況から考えて彼女が作り出したものに間違いないだろうとケイルは思い至った。
「これを貴方に止められますか勇者様」
「そんなの」
無理だ。そう言いかけて言葉に詰まる。それを見たセリーナはさらに失望した顔をケイルに向けた。
「はぁ…勇者なのに魔法すら使えないなんて」
「…っ」
「これがあるので護衛はいらないです。少なくともあの水球を止められるようになってからそういうことは言ってください」
セリーナはさらに森の奥に歩き始めた。だがケイルはそれを止めるために動きだすことが出来なかった。
「あっそうだった。このことは秘密でお願いしますね。皆さんに変な心配をおかけしたくないので」
そう言い残すと今度こそ森奥に消えていった。
「俺は…」
あんな少女よりも弱いのか。救出の時もそうだ。ジムさんとメガイラの猛追に付いていくことが出来なかった。
「くそ!」
俺よりも弱い人を守る任務について守れるからと変に勘違いしてたんじゃないか。俺は弱い。このままじゃだめだ。
”強くなれ”
主であるマルスの言葉が頭の中で反芻される。そうだ、彼女は俺よりも強い。護衛するなら俺が誰よりも強くならないといけないんだ。
何度折れても立ち上がるからこそ勇者は勇者たりえると誰かが言っていたが、その点ケイルは誰よりも勇者らしいのかもしれない。
パシッ
「よし、ぐずぐずしてられない。帰って修行だ!」
自分のほっぺを両手で叩いて気持ちを切り替える。目先の目標は彼女を超えることと決めて、早速アルテポレオに帰りジムに頼み込んで鍛えてもらうことにした。
後日無事にジムと師弟関係が結ばれたのだが、アルテポレオに着いたのはこれから2日後のことであった。そう、勇者ケイルは森で迷子になったのだ。
相変わらずのポンコツぶりではあるが、勇者の成長はこれからも続いていく。
いつもブクマと高評価ありがとうございます。
まだの方も見ていただいてありがとうございます。