解散!救援軍!
「ジムさんのことを元々知っていましたよね?」
「…何故そう思う」
「それは俺が………主の剣だからです」
何かを確信したような迷いのない意思のこもった目で、ケイルは自分の主人に向かってそう言い放つ。
「答えになっていない。僕は理由を聞いているんだケイル」
「分からないけど分かるんです!」
しばしの睨み合い、意思と意思のぶつかり合いが起こる。時間にしては短いが、その人生に占める割合としてはかなり長い期間共にいた2人だからこそできる、言葉を介さない対話が行われていた。
「そうか…分かった」
先に折れたのは主人のマルスであった。
「ジムさん、彼をこのアルテポレオに置いていくことを許していただけますか」
ジムは組んでた腕を解き、椅子の肘掛けに降ろした。
「そんなものはお前らが自分で決めることだ。こっちは一度招き入れたんだ。居るも去るも好きにしろ」
ジムがそう締めたことで話は一段落した。そして日が沈み始めて、宴が始まるのを今か今かと待つ冒険者や街の住民の元に一同は向かうのだった。
「今回はよくやってくれた!お前らの活躍で無事ルナを取り戻すことが出来た!」
ビールジョッキ片手に演説をするジムの横に本日の騒動の主役であったセリーナをレセが連れてきた。相変わらず赤ん坊紐で縛られているわけで、赤ちゃんにしてはでかい図体で手足をぶらぶらするその姿に、笑いを堪える者や癒される者と様々であった。
スピー……スピー
笑いの渦中にある当の本人はというと、なんとその状態で爆睡していた。セリーナらしいと言えばセリーナらしいが、あんなことがあってのこれのため却って大人たちを安心させた。
「おいおい!俺らの姫様は寝ちゃってんじゃねぇか!」
「ったく、それに活躍っつってもただ走っただけだぜ!」
「うるせぇ!んなこと言うなら後で来い!酔い潰してやるからな!」
ワイワイ楽しそうな声と程よくヤジも飛んできた具合で、ジムはジョッキを上に掲げてより大きな声で音頭を取った。
「今日は朝まで飲み続けるぞ!ルナと救援軍に乾杯!」
「「乾杯!!」」
そこからはどんちゃん騒ぎが始まって、酒を酌み交わしたり寝ているセリーナをぷにぷに触ったりと各々楽しみ始めた。ケイルはお酒は飲めないものの、救出の際の活躍を冒険者達に認められて、宴会の中心で話に入れられていた。その姿を主人であるマルスは他の護衛と共にただ眺めるのだった。
「僕は」
マルスが何かを言いかけて口をつぐむ。
「彼なら大丈夫です。主様の剣を信じてやってください」
護衛の1人、セリーナを受け取っていた騎士が目を細めて優しく言った。
「そうだな…。彼なら命に代えても彼女を守る。そういう奴だからね」
ケイルの方を向いたままそう答えた。その顔はどこか眩しそうであり、また嫉妬も渦巻く何とも複雑そうなものであった。
「明日ここを発つ。国に帰ってやらねばならないことが出来たからね」
「「御意」」
立ち上がって指示を出したマルスとその護衛は、宴を早々に切り上げてジムから紹介してもらった宿に帰っていった。
「セリーナ、僕は必ず貴女を助ける。どんな手を使ってでも」
月明かりに照らされたマルスの瞳は、赤殷色を一層鈍くして怪しく光っていた。
宴が落ち着いてきた頃、メガイラは焚火を前にジムと2人で座っていた。少し離れた隣の焚火の周りにはジムによって潰された冒険者達が雑魚寝している。
パチッ…パチッ
焚火から火花が散るが、勢いはそこまでなくメガイラ達のところまでは飛んでこない。
「貴殿らの協力に感謝している」
「メガイラ、誰も見ていない。そんなにかしこまらなくても大丈夫だ」
「そ…うですか」
ジムはまだ飲み足りないのか空になった瓶を捨てて、適当に漁って残っている瓶をまた開けて口をつける。一方のメガイラは体育座りで揺らめく炎の一点を見つめ続けていた。
「私は…驕っていました。強くなれたと思っていたんです」
「十分強くなったじゃないか。あの頃のひ弱な娘が今では帝国の一部隊を率いるまでになってる」
「それでも足りなかった。単純な力ではあの日のジムさんには遠く及ばない。弁でも幼い子供に完全に言い負かされた」
「お前は何を目指しているんだ。戦士として成り上がりたいのか、統治者になりたいのか。それともそれ以外の何かか」
メガイラの瞳に映る炎が揺らめく。
「私は、あの日に起こった事の全てを知りたいんです」
「…」
「そのためには帝国軍人として中枢に行く必要があります」
「ガッハッハ!」
突然笑い出したジムにびっくりしてメガイラは少し飛び跳ねた。
「なんですかいきなり!」
「いや~悪い悪い。それなら大変じゃねぇかって思ったんだ」
「ムキー!酷い!人の不幸を笑うんですか!」
ポコポコ
「痛い痛い」
メガイラの気が済むまで攻撃は続いて、これで許してやると言わんばかりにフンと鼻息を吐いて打ち止めになった。再び体育座りになって炎を見つめる。燃え切ってしまったのか、炭になった薪から出る火も少しずつ弱まっていた。夜明けの空は徐々に明るくなって色濃い曙色を広げていて、遠くで鳥の鳴く声が聞こえてくる。
「私は青薔薇について報告するつもりはありません」
「…そうか」
「はい。私の任務はアルセーヌ関係者の保護です。重要度が違いますから」
「あの王子の入れ知恵か」
「…そうかもしれません。それが正しいのであれば反対する理由はありませんから」
焚火から火は見えなくなって、煙だけが空に伸びていく。それを見るメガイラの顔は、名残惜しくどこか寂しそうな表情を浮かべていた。
「そして任務が完了して安全が確保された今、アルテポレオにいる必要は無くなりました。明日には発つつもりです」
「メガイラ」
「はい」
「いつでも帰ってこい。俺たちはいつまでもここにいる」
「…はい」
ゆっくり立ち上がったジムはメガイラの頭を優しく撫でて、片づけを理由にして去っていった。日が昇る頃に泣き止んだメガイラの顔はすっきりしていた。不安気だった様子がすっかり元に戻って寧ろ元気になっているのを見て、部下達もどこか嬉しそうであった。
「また来ます。それまでどうかご健在で」
そして挨拶もなしに帝都に帰還していった。
「これまでお世話になりました」
「気が向いたらまた来るといい」
マルスはジムと握手を交わして、朝早くに出発した。街の中心から外に向かい、魔変馬を繋いであった街の境あたりまで来た時、後ろから声が聞こえてきた。
「主~!待ってください!」
声の主はケイルだった。息が少し上がっていて、ここまで急いできたことが分かった。だが、マルスは気にすることなく護衛と共に魔変馬に乗る。
「ケイルか」
「いきなり発つなんて、教えてくれても良かったじゃないですか!」
「ケイル」
「はい」
一度もこちらを向かないことにケイルは気が付いていた。
「お前の任を解く。今からはもう僕の護衛じゃない」
「はい」
こうなることは多少は覚悟していた。主に歯向かうのは言語道断とケイルでさえ理解していた。しかし続きの言葉はケイルの予想していない言葉だった。
「彼女を命がけで守れ。そしてその上でだ、思う存分暴れて強くなれ」
「…!」
「僕の剣なんだろ。強くなって必ず帰ってくるんだ。いいね」
「御意!」
「馬を出せ」
「「御意」」
偉大な主人の背中を見送りながら勇者ケイルは決意を新たにして、アルテポレオに帰るのだった。
いつもブクマと高評価ありがとうございます。
まだの方も見ていただいてありがとうございます。