七転び八起き!ポンコツ勇者!
アルテポレオに帰還した一同は宴を開くために準備をする者、簡単な依頼を受けて発つ者、先に飲み始めている者とそれぞれ散っていった。マルスら話し合い組は半壊した応接室ではなく、利用していない部屋の1つを急遽応接室として密談を交わした。
セリーナはというとレセの膝の上でご飯を食べさせてもらっていて話し合いに参加していなかった。
「そんな…ではアルセーヌはもう」
「残念だがそうなる」
アルセーヌが消息不明であって恐らく何者かの手によって既に息絶えているとメガイラに聞いたマルスは、悔しそうに俯いた。
「主…」
会議の場に護衛として参加していたケイルは、ずっと自分の主人がアルセーヌのことを探していたことも知っていたので、俯くマルスにかける言葉が見つからなかった。
「マルス、あんたこれからどうするつもりだ。王国に帰るのか」
腕を組んだジムが聞くと、マルスは視線は下のまま先に顔を上げて、後からジムを観察するように目線を上げる。
「そのことについてお話があるのですが」
「なんだ。話してみろ」
ジムが促すと、その目をはっきりと見て続けた。
「セリ…ルナさんについてですが、王国に連れて行きたいと考えています」
「なっ…!」
マルスの突然の申し出に真っ先に反応したのはメガイラだった。
「待ちなさい。彼女の保護は帝国が請け負っている。密入国の部外者が横から割って入るようなことは許されない」
メガイラにも帝国軍人としてのプライドとメンツがある。それをよりによって敵対国に汚されることは何よりも許されないことだ。
「保護者がいなくなった今、俺が代理の保護者になるのかもしれんな」
「ええ、ですからジムさん貴方に申し出ているのです」
「帝国の臣民である限り処遇の決定権は国にある。勝手な話をするな」
マルスは顔に張り付けていた笑みを消して、密談が始まって初めてメガイラを見た。その顔には侮蔑が滲み出ており、呆れも含んでいた。
「はぁ…その帝国に何が出来たんだ。アルセーヌは守れず、今回の救出も冒険者がいなかったら失敗していた。君たちの任務は何だい?彼女の命を守ることなら、メンツを気にするより合理的な判断をするべきだ」
「私は合理的にっ」
「彼女が青薔薇であるなら尚更ではないのか。生かすか殺すか決めかねている帝国に置いておくことは出来まい。これ以上話の邪魔をするな」
自分を置いて話が進んでいくのに食らいつこうとするが、対話を得意とするメガイラであっても先程の失態を巻き返すことは難しい。失態が大きかったのもあるが、それ以上に王子のずば抜けた才能に起因していた。見た目はセリーナと変わらない程度の子どもだ。だがその頭脳に関して言えば、決して侮れない。容姿に騙されると今回のように足をすくわれる。まるで大人が中に入っているようだとメガイラは感じていた。
いずれ歴史に名を残す偉大な英雄になりえる才がマルスには備わっていた。
「……」
メガイラが沈黙したのを確認して再び笑顔に戻ったマルスはジムの方を向き直った。
「それで、王国に避難させる話ですが」
ジムは腕を組んだまま目を瞑り、しばし唸って間を置いた。すると、そのまま頷いた。
「確かに王国に行った方が安全だろう」
「では!」
「だが付いていくかどうかは自分で決めることだ。そうだろ?ルナ」
「「「………」」」
片目を開いてドアの方を見やると、レセとセリーナが姿を現した。赤ちゃん紐で前向き抱っこに縛られており完全に脱力している何とも情けない姿であったが、触らぬ神に祟りなしとこの際誰も突っ込むことはなかった。
「私は…」
部屋の緊張感が高まる。
「私は、ここにいたい」
「ふっ…そうか」
「セ…ルナさん、ここにいては貴女の命が危険にさらされます。不自由はさせませんからどうか僕と来てくださいませんか」
「ここでお爺ちゃんの帰りを待たないと…帰ってきていなかったら寂しがっちゃう」
「ルナ…」
それに修行できなくなったら困るじゃん。と内心思っていたのだが、思ったより悲壮感漂う空気になってしまった。レセはうるうるしながらセリーナの頭を撫でている。
「ルナさん、それでも僕は貴女のことを…」
マルスがセリーナに手を伸ばす。が、その手がセリーナに触れることはなかった。
「何をしているんだ、ケイル」
両手を広げて間に立つことでマルスの手を阻んだのは勇者ケイルだった。自分の主人に対する反抗はこれが初めてであった。
「それじゃあ俺がここに残ってルナちゃんのことを守ります!」
「護衛が心配なら俺がいれば安心ですよね?俺は主の剣なんですから」
「それはそうだが…」
マルスは勇者ケイルの行動に戸惑いながらも、彼の言葉を聞き続けた。
「それに、俺はこの街が……好きなんです」
「ガキ…」
「最初は大っ嫌いでした。けど、親切にしてくれる街の皆が、嫌な顔しても稽古に付き合ってくれるジムさんのことがいつの間にか…」
「要は帝国に絆されたというわけか。王国の勇者たるお前が」
「それはっ」
冷たくあしらう言葉にケイルは言葉が詰まる。しかし諦めない。
「それでもここにいたいんです!」
「話にならないな。そこを退くんだ。僕は彼女を説得しないといけない」
「っ」
これ以上付き合えないと更に突き放される。これまでであればとっくに引いている。そもそも主人の行く道を遮るなどあってはならない。けれど、論理も何もないけど、何かないかと必死に足りない頭を振り絞る。
それ故か偶然の閃きか神のいたずらか、ケイルに1つ考えが舞い降りた。
「主は…」
「退くんだ」
「ジムさんのことを元々知っていましたよね?」
いつもブクマと高評価ありがとうございます。
まだの方も見ていただいてありがとうございます。