三つ巴!帝国と王国と怪盗美少女!
「僕の名前はマルス。勇者ケイルの主にしてピテール王国の第三王子だ」
「…なんだと?」
マルスの後ろに控える護衛が剣を抜き、顔前でこちらに側面が向くように構えた。剣にはピテール王国の紋章が刻まれており、王国に属していることの証左であった。
「王国騎士団を従えているのか。どうやら本当みたいだな」
「勇者の主ってんだからある程度予想は出来ていたが、正体を明かすとは驚いた」
「隠していて申し訳ありません、ジムさん」
マルスが王国の王子であるかは別として、かなり高位に位置する人物である認識が共有されてから、本題に戻った。
「今一度聞くが、何故青薔薇を知っている。それが目的で非公式の訪問を?」
「話し方は変わらないんだな。まあいい。僕が青薔薇を知っている理由、これについては答えられない。次に目的であるが、これについては明確に違うと言っておく」
「黙秘すると」
「さあ」
「次に問うが、貴殿はその少女のことを確かにセリーナと言ったな。彼女の名前はルナのはずだが」
「他人の空似……そんなものではなく、彼女はセリーナ本人で間違いないと確信を持っている」
メガイラはその言葉を聞いて自身のことを振り返る。アルセーヌが連れてきた少女、帝都での一件。普通に考えれば分かることだが、助けに行くことが優先などと何かと理由をつけてメガイラは無意識に目を逸らしていた。だが救出の際、特徴的な深青色の髪とブルーサファイアのような瞳を見た瞬間、これまでの出来事が線で繋がる感覚に襲われた。彼女の姿を見たことで何とか疑惑に留めていた考えが、言い逃れの出来ない確信に変わった。その衝撃で初動が間に合わなかった経緯がある。この少年も同じなのだろうとメガイラは察していた。
「さて、今度は僕が質問しようか」
セリーナの方から再び振り向くと、マルスがその朱殷色の瞳でメガイラを見やって、ニヤリと笑みを浮かべていた。表現できない不気味さを感じたメガイラは言葉に詰まり沈黙した。それを肯定と捉えたマルスは問答を始めるのだった。
「僕がセリーナと言った時に貴女は真っ先に青薔薇という単語を出した。何故だ?セリーナなんて名前は世界中にいくらでもいるのに」
「それはセリーナがただの名前ではなくて」
「青薔薇の名だからというのか?僕が聞きたいのは、その青薔薇という機密に値するだろう別称と、セリーナという名前の繋がりがばれる行動を取った理由だ」
「名前を聞いて咄嗟に反応が出てしまった。これは私の失態だ」
「咄嗟に出たのは薄々感じていたからだろう?彼女が青薔薇である可能性を。確信すらしていたかもしれない」
「…」
「そしてそのことを知っているやもしれない人物が現れたことで咄嗟に」
「あ、あの!」
メガイラにチェックメイトがかけられる寸前、話を遮り割って入ったのは渦中の人物であるセリーナ本人だった。このタイミングで入ってきたんだ。何か重要な事を言うはずだ。場にいる誰もがそう考えて、セリーナの次の言葉を待った。
ぐぅ~
「あの、お腹すいちゃったから早く帰りたいです…」
そう言う前に腹が鳴ってしまったことで顔を真っ赤にしてレセの胸元で縮こまるセリーナの姿に、一同拍子抜けしてしまった。
「だ、だがなこれは僕とセリーナ、君との大切な話の時間を遮った」
ぐぅぅぅ~~~
「…」
マルスの言葉を遮るように鳴った腹の音は先程よりも更に大きいものであった。当の本人は恥ずかしすぎるのか、レセの胸に顔を埋めて耳を真っ赤にしていた。それを見たマルスは開いた口が塞がらないのかセリーナを見て固まってしまった。
「その、まぁ…あれだな。続きはアルテポレオに帰ってからにしよう」
ジムの一声でこの場はお開きとなって、再びアルテポレオに向かって歩き始めた。
「メガイラ隊長、行きましょう」
「あぁ、分かっている」
俯いて中々動き出さなかったメガイラを見かねて部隊の隊員の一人が声をかけた。前を見ると先程まで共にいた王子や冒険者達と随分距離が開いている。これ以上部下に心配をかけられないと、いつものように冷たく無機質な鎧を心に被せる。私は大丈夫。上手くやれている。そう自分に言い聞かせて、部下を引き連れて前の後を追った。
流石は主だな。マルスの斜め後ろを歩きながらケイルは感心していた。主はいつも俺たちを導いてくれる。
王国の田舎にある集落で暮らしていた俺を引っ張り出してくれたのも主。
勇者候補の1人になった俺を信じて勇者に推薦して聖剣を与えてくれたのも主。
聖剣を使いこなせなくて焦る俺を慰めてくれたのも、ドジな俺を見捨てずに雇ってくれているのも主。
今回だってルナちゃんのハプニングがなかったら、優位にアルセーヌの居場所について本題に入れていたはずだった。いつだって俺たち従者の先頭に立って導いてくれる最高の主人だ。
なのに何だろうこの胸のもやもやは。正体は分からないけど心がずしんと重たくなって気だるさがある。体調不良かもしれないから少し休ませてもらおうとケイルは決めて主の護衛に集中しなおした。
良い。満足。来てよかった。非常に晴れやかな顔をしたマルスは、護衛を引き連れて帰路についていた。
作戦に参加したのはケイルの押しに負けたからだった。興味はないので保護後の終了までの子守りを承諾して後方で護衛と待っていると、女性に抱えられた状態でやってきた。その時は胸に埋まっていて高速で移動していたこともあって分からなかった。
状況が終了して護衛から降ろされた少女の姿を見て衝撃を受けた。前世でやっていたゲームである【君と私の王国救済物語~身分差なんて関係ないよね?~】の学園編で出てくる公爵令嬢セリーナ・アンテイアのイベント限定開放衣装で登場した通称ロリーナの姿まんまであったのだ。
なんでそんなゲームをやっていたか?前世で原作小説のファンだった妹が買って貰ったことが発端だった。ゲームが難しいと言われて代わりにやってあげていたら見事にはまってしまった。原作と全然違うと燃えていたし、それが原因で原作ファンの妹もすぐにやらなくなってしまったが、中々作りこまれていて面白かった。
RPG的要素が作り込まれ過ぎていてそっちが7:3ぐらいの比重だったから、それは全くの別物になってしまうのもうなづける。それが口コミで広がり、発売後1年で主要ユーザーの殆どはRPG好きなゲーマーになっていた。自身のキャラを育成して魔獣を倒す。スキルも無限に組み合わせがあって、隠しボスが無数にいたりと飽きが来ることが全くなかった。皮肉にもRPGにおける歴史的な傑作と言われるようになったのだ。
閑話休題
ゲームにはまっていた1人の僕が最も好きだったキャラクターがセリーナだった。それもロリーナの衣装は至高だ。
ロリコンじゃないけど。
あの高飛車で高圧的な通常のセリーナも良いが、薬の効果で子どもに戻ってしまい涙目になるロリーナは格別だった。
ロリコンじゃないけど。
原作をその勢いで読んだら、キャラの違いとセリーナの扱いの酷さに一気に原作アンチになったのはここだけの話だ。
そんな最も推していたキャラのご尊顔が現実となって突然目の前に現れたのだ。正直可愛すぎて意識が飛んでいた。彼女から話しかけられて正気を取り戻したが、半ばパニックで高圧的に要らん事まで口走ってしまった。気を取り直したが、色々とおかしいことに気が付いたのはその後だった。まず名前が違った。これは僕の知っているセリーナじゃない。それなら原作のセリーナか?どちらにしてもこんな弱々しい雰囲気はありえない。そこで1つの最悪な可能性が頭をよぎった。
原作にそぐわない行動をした結果この世界にバグが生じたかもしれない。
だって公爵令嬢であるセリーナがこんなド田舎の街にいるはずがない。何があったのか聞こうとしたらそこでメガイラとかいうやつの邪魔が入った。僕が推しと2人で話す時間を邪魔してきたのだ。そこからは悪手である相手を追い詰めるという手に出てしまっていたのだが、それを止めてくれたのはセリーナだった。
ぐぅ~
最初はあっちに味方するのかとひやひやしたけど、本当にお腹がすいているんだとすぐに分かった。恥ずかしがる顔を2回も見れた僕は、ゲームでは絶対に見られなかったご褒美ショットを脳に焼き付けられたことにすっかり満足してしまっていた。アルセーヌのことは正直二の次になっていた。今はセリーナの安全が第一だ。彼女を救うためにこれまで先回り先回りで攻略してきたんだ。
上機嫌なマルスはアルテポレオに着くまでそのだらけた顔が戻ることはなかった。
いつもブクマと高評価ありがとうございます。
まだの方もどうぞよろしくお願いします。