対決!襲撃犯!
少々グロテスクな表現があります。
「早く帰らないと…」
セリーナはアルテポレオへの帰路についていた。連日不眠で行動していたつけが回ってきているのか、少し視界が狭まってふらつくのを堪えて歩き続ける。
「はぁ、はぁ」
こういう時に限って向かい風が強かったりして多少ぐったりしているが、それでも進んだ。しばらくはそのまま道を歩いていたのが、限界がきて道の脇でへたり込んでしまった。
「もう無理ぃいい!」
セリーナ十八番の駄々こねをしてみるものの、そもそも周りに誰もいないわけだから全く意味をなさない。
ジタバタするだけ体力を奪われると理解して大人しく空を見上げるが、厚く重たい雲で覆われている。寝転がり頭上の雲が流れていくのを眺める。動いているのが目に見えるということは、地上からは想像できないほど強い風が吹いているんだろう。
ズン……ズン……
「ん、何?」
道脇の草の上で仰向けになっていたセリーナは地響きのような振動が伝わってきてのっそりと上半身を持ち上げた。
ズン…ズン…ズン…
振動が近づいてきているのに気が付いたセリーナは、そちらから立つ土埃の発生源を特定するために目を凝らした。
「あれは…ジムさんにレセさん、それにみんな?なんでここに」
徐々に近づくにつれて騒がしい声が聞こえてくる。
「ルナちゃん!」
「倒れてるぞ!急いで保護しろー!!」
何か誤解されてないか。何人いるんだ。そんな疑問がふつふつと浮かんでいるが、軍団は勢いが衰えることなくむしろこちらを見つけてから加速していた。
ダダダダ
我先にと争う様に向かってきた救援軍内の競争を制したのはキュン姉だった。
「レセさーん!」
いつものように迎えるために両手を広げて待っていると、切羽詰まった顔をしたキュン姉が飛び込んできた。
「伏せて!」
キュン姉の豊満な胸に抱きかかえられて、かばうように覆いかぶさられる。次の瞬間
ギィィンッ
突如背後から振り下ろされた剣を地面を掠らせながら振り上げられた巨大な棍棒が迎え撃ち、セリーナの頭上で火花が散った。
「クソガキ!」
「はあああ!」
ジムの横から飛び出したケイルが腰から抜いた剣で薙ぎ払う様に切りかかる。がら空きの胴に入るかと思われた斬撃は急ステップで避けられ、勢いそのままに後ろに跳び上がって距離を取られた。
「え、えどういう。え」
「ルナを連れて下がれ!」
「はい!」
状況が分からずに混乱するセリーナを抱きかかえたまま、キュン姉は後退してケイルの主であるマルスの元へと向かった。
「予定通り連れて来ました。ルナちゃんのことは頼みます」
キュン姉から護衛の1人にセリーナの身柄を受け渡された。キュン姉は抱きかかえられて何も分からずに自分を見つめてくるルナの頭を、愛おしそうに撫でてからまたすぐに前線へと戻っていった。
「確かに受け取りました。あとは任せてください」
セリーナを受け取った護衛は、巨大な鎌片手に去っていくキュン姉の背中にそう答えるのだった。
「おい!うちの看板娘に随分な真似してくれるじゃねぇか」
「神の秩序を保つためには必要な犠牲だ」
襲撃犯と救援軍の両者が相対する最前線は今にも戦闘が始まりそうな雰囲気が漂っていた。襲撃犯の人数は合計3人で全員男、救援軍は冒険者協会筆頭にメガイラの帝国軍部隊と勇者一行合わせた50人近くであった。人数では圧倒的に救援軍が有利なはずだが制圧にはかからない。理由は単純で、先程の数太刀の立ち合いで互いの実力がある程度透けたからだ。数で勝るとはいえ、下手に攻撃を仕掛けては犠牲が大きくなる。それが分かっていて突撃を仕掛けるほどジムの頭に血は昇っていなかった。
「どうする」
「私達で左の1人は相手をしよう。後の2人は任せた」
「分かった。冒険者を2つに分けて対処するぞ」
救援軍の陣形が変化していることに気が付いた左右に立つ2人の襲撃犯は、全身を覆う白いマントを靡かせて背中を向けた。向かって右側は攻撃を仕掛けて左側は問答をしていたので、真ん中の男はまだ何のアクションも起こしていなかった。何かして来るやもしれないと警戒する救援軍に対して、真ん中の男が話し始めた。
「我々は貴方達とことを構えるつもりはありません。目標はとうに達成しておりますが故」
「ではなぜあの少女を狙う」
「なぜですかぁ」
メガイラの問いかけに口元に人差し指を置き、大げさに右に左に体をくねらせて考えるそぶりをみせる。それが非人間的な動作に見えて、それすらもプレッシャーとなって救援軍を襲った。
「そうですねぇ…しいて言えば万が一を無くすための保険、おまけのようなものでしょうか」
「おまけ?おまけですって?」
キィン
「おやおや」
「止めるんだレセ!」
巨大鎌を振りかざして強襲をしたが、見えない壁によって阻まれて止められてしまう。だが構わずにレセは鎌で押し続ける。
「許せない!あんなにか弱い少女をそんなっ……きゃあ!」
拮抗しているかに見えたものの、男の指の一振りで無力にも弾き飛ばされてしまった。
「レセ!」
「全く野蛮ですねぇ」
「てめぇら」
ジムの棍棒を握る力が強まったのを察したメガイラが制して前に出た。
「おまけといったな。だが殺すのだろ?」
「ふむ…。止めておきましょう。本当におまけな故、ここで無理をする必要もありませんからねぇ」
やたらとおまけというのが引っかかったメガイラは更に問いただした。
「本丸はアルセーヌと彼だったということか」
「…話し合いはこれにて終了です。以後必要にならない限りは狙いませんのでご安心を」
メガイラの問いに気持ち悪くニヤリとするだけで、それが暗に答えだと確信するのには十分だった。そのまま去ろうと真ん中の男も左右と同じく救援軍に背中を向けた。その瞬間、ジムとメガイラが動いた。
燃え上がる炎と凍てつく氷が混ざり合い3人の元に迫る。
「学ばないんですねぇ。この結界は神のご加護により」
「神がなんだって?」
ガシッ
全身から炎を吹き出し、肌は炎よりも赤くその姿はまるで鬼神に勝るとも劣らないような覇気を纏っていた。真ん中の男はジムの左手で頭を掴まれて空中に吊り上げられ、視界を遮られて足をばたつかせた。手が触れている部分から火傷を負っていく。
「なぁ!馬鹿な!誰か私を助けなさい!」
2人に助けを求めた訳だが残念。既にメガイラの手で左は剣技によって細切れにされて、右側は全身を氷漬けにされて動けない状態になっていた。
ブン
「ぎゃああ!」
掴んでいた男を力任せに空に向かって思いっきり投げた。加減をしておらず首が異様に伸びていた。恐らく首の骨が折れたのだろう。その身体はアルテポレオの冒険者協会の高さよりも高く舞い上がってから、ジムの待ち構える投げた場所まで落ちてくる。
「よくも俺達の家族をやってくれたな…」
棍棒を握る両腕はより膨れあがり、ジムの熱が伝わった棍棒は持ち手側から赤くなっていく。その赤が先端まで伝わり棍棒から蒸気が発せられて、炎をも纏う。その棍棒を野球のバッターが打席で構えるのと同様の体制で持ち、男が落ちてくるのを待ち構えた。
男が木の高さを下回り、いよいよ地面に落ちるというタイミングで一瞬の脱力。
「はあああ」
そしてジムの元に落ちてきたその時、赤く燃え上がる巨大な棍棒を力いっぱいにフルスイングした。
「らあああああ!」
パァァァン
クリティカルヒットした棍棒は途轍もない破裂音と共に、男であったものを粉々に散らした。
ベチャ…ベチャベチャ
ジュー
辺りに散った肉片は触れた棍棒の熱によって発火して炭になっていく。だが、不思議な事に周りに散った炭化していく肉片の数が少なく、全て足しても上半身分にも満たなかった。他の部分を探してもどこにも見当たらない。その理由は簡単で、触れた大部分については溶けて気化してしまったからであった。
「…俺も衰えたな」
以前であれば触れた相手がそのまま気化して消えていたこともあって、炭化して散らばった肉片の中心でジムは感傷に浸っていた。
「1人は確保することに成功した。…帰りましょう、ジムさん。彼の弔いは後です」
「そうだな…。帰るとするか」
セリーナを無事に保護することに成功した救援軍はアルテポレオに向けて帰還するのだった。
いつもブクマと高評価ありがとうございます。