結成!救援軍!
「で、話ってのは何だ。直接出向く程の事案が発生したのか」
魔獣の皮で作られたソファにどっしりと座り込んで、背もたれにもたれかかりながらメガイラに着席を促した。被っていた軍帽を脱ぎながら座ったメガイラは、一呼吸おいてから神妙な面持ちで話し始めた。
「アルセーヌは元気か」
「どこからか娘を一人連れてきたが、弟子でもなさそうだし健在だ。本格的に余生を過ごそうとしてるんだろうな。それがどうしたんだ」
「先日帝都第7研究施設にてアルセーヌが消息を絶った。大量の血痕と肉体と思わしき一部分が現場には残っていたらしい。それらを第3で解析中だが、大方アルセーヌ本人のものと考えていいだろうとのことだ」
背もたれにより一層もたれかかり、天井を向いてため息をつきながら目頭をぐりぐりとほぐす。ジムがメガイラの報告の意味を消化するのに10秒程度要した。
「つまり本物は帝都で消息を絶っていて、こっちにいるのはどこの馬の骨とも分からない人物ってわけだな。話ってのはそれの事か」
「半分正解で半分不正解だ。不正解の方だが実はだな」
テーブルを介して会話していたメガイラが身を乗り出してジムに寄る。それに合わせてジムも耳を近づけるが、耳元で囁かれた内容に目を見開いて驚愕した。
「そんなことが。じゃああいつは」
「今回来たのは元々彼が目標だったが、今はそうではない。その娘の方に対象は移行している」
「どういうことだ?話の意図がいまいちつかめないんだが」
「ジム、どうか落ち着いて聞いて欲しい」
「何なんだ……おい、馬鹿なことは言うなよ」
目標の変更、それが意味することは…。次に発せられる言葉に察しが付いたのか、こめかみに血管を浮き出して立ち上がったジムの身体から火が出ていた。比喩でもなんでもなく火が出ており、急速に応接室の温度が上昇していく。
「落ち着けといっている。最後まで聞きなさい」
対するメガイラを中心に冷気が生じて応接室の温度を低下させていく。後ろには空気中の水分が凍結して結晶が発生していた。
「なぜ冷静でいられるんだ。帝国に組して心まで冷徹になったのか」
「冷静でなければ解決できる問題も解決しない。それだけのこと」
炎と氷、感情と論理の対立は応接室を半分にしてせめぎ合い、正反対の様相を作り出していく。
「仲間意識すら忘れたのなら叩き直してやる。表へ出ろ」
「断る。私は話し合いに来ている」
睨み合いが続いたが、メガイラの瞳に揺るぎないものを見たジムの方が折れて、ソファにどっと座りなおした。ソファから煙が上がるが気にする様子はない。それを見て、メガイラも座りなおす。
「続きを話せ」
「はい…。先日この街近くの集落にてアルセーヌが何者かの襲撃を受けているとの連絡を住民から伝書魔変鳩にて受けた。急ぎ最寄りの兵士が確認に行ったが、残念なことに集落は全滅して死霊化しているとのことだ。彼のいた家は燃やされて、血痕が大量に残っていたらしい」
「犯人は分かっているのか」
「現在調査中としか言えない。それよりも憂慮すべきなのはこれが最悪の事態に該当するということだ」
こぶしを握り締めて話を聞いていたジムは、新たな話題を振られてその拳を緩めた。
「最悪の事態?」
「そうだ。今回の一件で先史研究における知見の多くが失われた可能性がある。アルセーヌが保有していた歴史関連の遺物の場所を私達は知らない」
「は?そんなことありえるのか」
国家規模の危機とも言える事態に発展していることにジムはたじろいだ。
「アルセーヌ相手だ。事を構えるより譲歩による協力を仰ぐ方が有効だと帝国が判断したのだ。まあ結果がこの有様なのだがな」
「なるほど。確かに合理的とは言えるな。だが、それがルナの保護にどう繋がるんだ。何故目標になってるんだ」
「彼女が遺物の場所を知っている、あるいは知識を有している可能性が高い」
「ルナに限ってそんなことが」
「彼女は今どこにいるのか教えて欲しい。知っているにしろ知らないにしろ早急に保護しなければ大変なことになりかねない」
「ルナは確か…まずい!」
ガタン
勢いよく立ち上がったジムは先程とは違い、冷や汗を額に垂らしながら廊下に繋がる扉に足早に向かう。何事かとメガイラがその後ろを追って行っていくが、その速さから少し駆け足になっていた。
「どうしたの?ジム!」
「ルナは2日前に集落に戻っているはずだ!それもあいつと一緒に!」
それの意味するところを理解したメガイラはジム以上に青ざめた。あまりの事態に素が出てしまっていた。
「嘘…それじゃ最悪より悪い結果に」
「ああ、そうだ。まずいことになったかもな。メガイラにとっても俺にとっても」
階段を駆け下りていつもの冒険者たちの受付で立ち止まった。先程話し合いに消えたはずの2人が戻ってきたことで、その場の視線が集中した。息を荒らげているジムと青ざめた軍服姿の人物に尋常ではないものを感じて、皆作業を中断して話し出すのを待った。
「お前らよく聞くんだ。まさに今ルナが危機に瀕しているかもしれない。俺とメガイラは彼女を保護するためにすぐにでも出発するつもりだ。細かい話をしている時間はない。ついてくる奴はすぐに準備しろ!」
そう言って武器を揃えにジムが、部隊に通達するためにメガイラが各自動き始めたのを見て、冒険者たちもどうするか口々に騒ぎ始めた。
「なんだって!ルナちゃんが!」
「俺たちの天使がピンチだって!」
「行くに決まってんだろ!よく分からんが乗り込め!」
「デュフフ、助けてあげるからねルナちゃああぐあああ!」
「「お前は黙ってろ!!」」
冒険者の士気は上々で、ケイル達勇者一行含めてその場にいた全員が参加することになった。(1人を除く)
その波は協会の職員にも波及しており、元冒険者の職員も参加することになった。勿論あの方も。
「ルナちゃん…!待っててねっ何があってもお姉さんが絶対に助けてあげるからっ!」
巨大な鎌を持ったキュン姉がそう言うからか、凄みが増して紫色のオーラが錯覚で見える。
全員が準備を終えて広場に集まったタイミングで、鎧に身を包み棍棒を持ったジムが現れた。担いでいた棍棒の先を地面につけて両手で持ち手の先を持つ。降ろした棍棒の重さで地面が揺れて、石畳にひびが入り破片が飛び散る。
ズシン
「良く集まってくれた。先に言っておくが、これからルナの保護に行くわけだが、行った先で戦闘になるやもしれん」
そんなことは承知の上だと言いたいのか聴衆はジムを睨み付ける。それを見たジムは嬉しそうにニヤリとしてから続けた。
「戦うからにはこの看板にかけて負ける訳にはいかない。お前ら、それを肝に銘じておけ!いいな!」
「「おう!」」
ジムが地面についていた棍棒を片手で持ち上げて掲げる。付着した石片や砂がパラパラと落ちる。それを見た冒険者達も自身の武器を抜いて掲げた。その光景は圧巻で、統一されていないそれぞれの武器が日の光を反射して輝いている。ジムは大きく息を吸ってから今日一番の大声を出した。
「アルテポレオ支部同志一同!我ら冒険者の」
キィン
「「誇りにかけて!」」
こうして本人はぴんぴんしているとはつゆ知らず、セリーナを救助するための部隊は集落に向けて出発したのだった。
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