旅立ち!怪盗美少女!
「というのが事の顛末だ」
師匠が襲撃を受けて攫われたかもしれないという言葉に愕然とする。一線を退いたとはいえ一流の怪盗がそんな容易くやられてしまうものなのだろうか。疑問は積もるばかりだが、今は事実を受け止めなければならない。
どうやら家を出た後この集落を訪れた師匠は正体不明の追っ手により追い詰められて、その後の消息は不明。師匠を助けに向かった村人も彼らによって惨殺されてしまって、緘口令が敷かれたという。しばらく師匠の家を物色した後に証拠隠滅なのか家に火を放ち立ち去ってしまったようだ。
「そしてこれがアルセーヌから嬢ちゃんへの贈り物だ」
男性によってポンと手渡されたそれを見ると、かなり古びた一冊の本だった。
「伝言を預かっている。”これでワシが教えられることは全部じゃ。後は己が思う道を進みなさい”、だそうだ。」
「…それじゃまるで最期の言葉みたいじゃないですか」
あぁだめだ。また泣いてしまう。最近泣いてばっかりだけど、前世から別に涙もろいわけではないんだよ。師匠のせいだ。
でも…私のことを見捨てたわけじゃなかったんだ。最後まで私のことを案じてくれていた。それが悲しくもあって嬉しい。
「嬢ちゃん…」
そこからは師匠にまつわる話を聞いたり寝ている赤ちゃんを見せてもらったりと談笑した。
「そこでアルセーヌさんがやってきてな!」
「そんなことが…」
「それでなんと!」
「えええ!」
「慎重にそのまま」
「…かわいい」
楽しい時間はすぐに過ぎ去って、いつの間にか夜もだいぶ更けてきていた。話が落ち着いた頃合いをみて、セリーナは立ち去ることを村人達に切り出した。元々事情を聴くだけの予定だったことに加えて、状況が状況のため向かわなければいけない場所が出来たことが理由だった。
「ありがとうございました。もう私、行かないと」
立ち上がって一礼をしてから村人の輪を抜けて玄関に向かった。突然伝えたからか、村人達の表情は硬くなっていた。気にせずにそのまま向かうと、後ろから何人かの若い村人が付いて来てくれた。扉を塞いでいる家具をどかすために来てくれたのかもしれない。
「今日はもう暗い。泊まっていくんだ」
「お気遣い感謝します。ですが私には行かなければならない場所が出来たんです」
「そうは言っても外には魔獣が出る」
引き留める声に耳を傾けながらも、魔力によって強化した右腕ひとつで家具を持ち上げると、丁寧に横にどかした。まだ年若い華奢な容姿と家具を軽々と持ち上げる光景のちぐはぐさに、後ろから来ていた若い衆は唖然とした。
「これでもアルセーヌの弟子ですから…心配ご無用ですよ?」
「だ、だが」
「もうやめるんだ。行かせてやれ」
なおも食い下がったが、本を渡して伝言を伝えてくれた中年近い男性と、その周りにいた同世代の村人たちが間に割って入った。
「止めて悪かったな。気にせず行ってくれ」
「…ありがとうございます」
「おい!行くんじゃねぇ!待て!」
「みっともない真似するんじゃない!」
あぁそうか、この集落はもう…
家具をどかしている最中にも後ろから怒号と揉める音が聞こえてくるが、決してセリーナは振り返らない。全ての家具をどかし終えて、マントのフードを深く被るとドアノブをぎゅっと握って押し開ける。
「ごめんなさい」
「ま、待て!頼む、娘がいるんだ!助けてく…」
後ろから追いすがり纏わりつく赤ん坊の泣き声や怒号を振り払うように走り続けた。アルテポレオ方面ではなく、アルセーヌと共に過ごした家の裏山へと向かって斜面を駆け上がっていく。山頂付近に着いたところで立ち止まったが、生い茂った木々に覆われていて月明かりを遮っていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい…ごめんなさい」
震える唇から血が零れて中指で光る指輪に落ちた。己の師を失ったかもしれない。集落の人達も巻き込んでしまった。だけど
「まだ止まれないの。私は託されたんだ」
どんなに酷い目に合ったって立ち止まれない。私は私の信じる道を進むんだ。
世紀の大怪盗になって自由に生きる
師匠はきっと何処かで生きているはず。だから再会した時に頑張ったって言ってもらえるように進み続けるんだ。そのためには前を向かないといけない。
「待っててね、師匠。世界中のどこにいても分かるような大怪盗になってみせるから」
夜明けの空は高く澄み、朝日が昇って辺りの山々を照らし出す。裏山にも徐々に光が差し込んで、幻想的な雰囲気を醸し出していた。その中をフードを脱いだセリーナは力強く踏み出した。
後日知らせを受けたネクロマンサーによって確認が行われた後、その集落は地図から完全に姿を消した。
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