回想!怪盗紳士!
アルセーヌ視点です。物語の深い部分に触れているので、色々推察しながら見たい方は飛ばしてください。
また、回想なのでセリフ少なめ文章多めです。ご了承ください。
月夜に原生林を掻き分けて遠くへ、もっと遠くへと奥へ奥へ進み続ける。肩に負った傷に枝が擦れる度にズキズキと痛むが、今は逃げることを最優先にする。
「はぁ、はぁ」
どこまで来たのだろうか。先程まで俺を照らしていた月明かりは木々に塞がれて、一寸先も見えない闇を作り出していた。もう振り切れたのだろうか。視界に留まった木に背中を預けて座り込む。乾ききった喉が水を求めている。息を整えるが、のどが引っ付いて呼吸がしにくい。
「くそ、なんで、、」
以前も同じことがあった気がする。薄れゆく意識の中でかつて見た景色と現在を重ね合わせる。あの日の幻影が俺の前に現れる。
「セリーナ…」
思えば想定外の出会いだったのかもしれない。師匠が任務に失敗して隠居してから初めての仕事。いや、爺の尻拭いか。アンテイア公爵家の計画に雇われたは良いものの、計画の要である最重要人物の回収に失敗して、計画全体が大きく狂った。それに激怒したアンテイア家に追われて師匠は隠居。その代わりに師匠の身代わりにさせられて公国に潜入させられたのが俺だったわけだ。
結果は大失敗。俺は公国と俺のことを師匠と勘違いしている公爵家に狙われて命からがら魔の森へと逃げ込んだ。そこで出会ったのがあの少女だった。
まだ幼いながらも吸い込まれるような美しいブルーサファイアの瞳と整った顔に、思わず一瞬素が出てしまった。魔の森に人間1人。その美しさと異質さから魔の類の一種なのかと邪推すらした。その名前を聞くまでは。
”アルセーヌおじさん!私の名前はセリーナ、セリーナ・アンテイア!”
セリーナ・アンテイア。アンテイア公爵の庶子にして計画の要、最重要人物。そして、師匠が生涯唯一盗むことの出来なかったお宝。青薔薇に他ならなかった。彼女を連れて帰ることさえできれば師匠に認めてもらえるかもしれない。そんな考えが脳内を支配した。だが一方で今戻ったところで、計画を一度失敗して師匠の顔に泥を塗った俺を許してくれるだろうか。そんな考えも渦巻いていた。
迷いの渦中に一筋の光が差し込んだのは、青薔薇の遊びに連れ回された時だった。目の前で巨大な魔変熊の亜種を倒して見せたのだ。その尋常ではない力を目にして俺は「使える」と思った。青薔薇を利用すれば公国での盗みも成功するかもしれない。引き渡すのはその後で構わない。
そこから俺は傷が癒えるまでにどうにか一緒に連れ出せないか思案するようになった。けれど青薔薇はまたしても予想外の言葉を発した。
”私も連れて行って!”
策を打つ前に自らそう申し出てきた。意味が分からない。単純に外の世界を知りたくなったと言えばそれまでだが、そうではない確信があった。容姿は幼子だ。だが形容しがたいミステリアスで妖艶な魔力という背反した何かを感じる。その底知れなさに警戒を緩めることは出来なかった。それでも連れていく他選択肢が俺にはなかった。
旅に連れ出してからは驚きの連続だった。圧倒的な才能の片鱗を覗かせたかと思えば、風呂といった常識が通じない。大人顔負けの推察力を見せたそばから子供らしい年相応の笑顔を向けてくる。そのギャップに行く先々で出会う人々は誑し込まれて魅了された。俺も例外ではなく、公国での仕事を終える頃には完全に絆されてしまっていた。
幸か不幸かセリーナの目的と仕事が被っていたことで多少は気持ちが軽くなっていた。だがその直後に起こった出来事、あれは残酷だった。生き別れた家族に会いに行ったら命を狙われるなんてあっちゃいけない。気丈に振る舞っていたが、彼女の胸の内を想像すると何も言えなくなる。
”よろしくお願いします…師匠”
彼女の悲劇に加担してしまった罪悪感が俺の中にあったのかもしれない。[アルセーヌ]の弟子になりたいという願いを俺は了承してしまったんだ。
しかしまあ引き受ける前のあの時から分かってたさ。彼女は俺、いや[アルセーヌ]を通して誰かを見ていた。俺でも師匠でもない誰かだ。少なくとも師匠と誰かとは重ねて見ていたかもしれないが。
「セリーナ…」
俺は欲張りでわがままなんだ。君の中に何か爪痕を残したかった。何かを与えたかったんだ。だけど修行内容も場所も以前俺が師匠と修行したそのまま。それも俺を遥かに上回るスピードで成長してこなしていく。魔法に関しては天賦の才の他ならない圧倒的なものだ。俺が教えられていることは何もなかった。その事実が余計に俺を焦らせて追い込んでいった。
「俺はっ…くっ」
醜い感情を抱いていた。才能への嫉妬、何も残せない悔しさ、それらがぐちゃぐちゃに混ざり合って俺は壊れた。だからあの日修行が終わり、協会に立ち寄ってから帰ってきた君の目の中に不安が見えた時、俺は歓喜した。喜びかつ安心していたんだ。今考えれば虫唾が走るが、あの時確かに言い表せない高揚感に満ちていた。
”そろそろお湯が沸くからこっちで話をしておくれ”
優しさなんかじゃない。これで俺が彼女の中に何かを残せるはずだと思ったんだ。そんなことを考えていたからだろうな。結局彼女が真に悩んでいることは教えてくれなかった。こんなに尽くしたのに、君の為に何年も費やした。なのに何で。俺の中で何かが切れた音がした。
そこからのことはあまり覚えていないが、気が付いたら集落に来ていた。夜通し歩き続けたからか朝日が眩しく照らすのを見て少しくらくらした。彼女は今どうしているのだろうか。落ち込んでいるかもしれないと考えると心の中が暖かくなってゆく。これはまずい、一度頭を冷やしてからまた[アルセーヌ]に徹して彼女の師匠をやりきればいい。そう考えながら集落から師匠の家に歩いているタイミングで気が付いたんだ。
「誰かにつけられている…?」
見慣れない外部の人間が遠くからこちらを観察していた。これは参ったと思った。すぐに家に入ると彼女にまつわる証拠を全て暖炉にくべて、燃えきるのを待つ間に抜け道から集落に向かい、村長に1冊の本を託した。この集落は元々師匠に助けられたことがあるからこれくらいの願いは聞いてくれるだろう。そうしてまた急いで戻って彼らが来るのを暖炉の火が揺れるのを見て待った。
ガシャン
「これこれ、玄関は正面にあるんじゃからそんなトリッキーなことせんでもいいじゃろう」
「我々についてこい。拒否権はない」
「こんな老いぼれに酷な事をせんでほしいのう」
「アルセーヌはこちらで処分済みだ」
「…ったく参ったな」
場の緊張が高まったタイミングで悲劇は起きてしまった。
「アルセーヌさんを守れ!」
村人の何人かが騒ぎを聞きつけて助けに来てしまった。不味いと思ったときには遅く、2人目の首に刃が突き刺さっていた。
「がっ」
「ごぼっ」
「ひっ」
完全に威勢を削がれた村人達の悲鳴が聞こえた。その後は何が起きたのか分からない。俺がその場から逃げ出したからだ。何度か追っ手の魔法が当たったが、逃げ切って現在に至る。俺はまた逃げたんだ。逃げただけじゃない。見捨てたんだ。俺…いや[アルセーヌ]を助けようとした人々をだ。少なからず面識があった彼らを見捨てた俺は、どんな顔をして一体何をセリーナに教えるんだ。
「はぁ…ははっ」
もういい。
分かった。今考えればあんな狂った感情に支配されたのも今こんなことになっているのも全部[アルセーヌ]の呪いだ。[アルセーヌ]に狂わされた。誰かの真似をして接しようとしてもだめだ。彼女に何かを残すためには俺だけの方法で彼女を変えないといけない。
こんなところで終わってたまるか。まだあいつに何も残せていないのに。終われない。俺はまだ…
木に体重を預けながらも再び立ち上がると、おぼつかない足取りで暗闇の中へとその姿を消した。
メンヘラ製造機セリーナが垣間見える。
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