訪問!反省勇者!
朝日が昇り、本来であれば活動を始めているはずのセリーナは未だベッドの中で布団にくるまっていた。
「そろそろ起きるの~」
「起きようよ!」
「んん、今日は何もしたくない」
昨日の一件からアルセーヌは家に帰ってきておらず、それが余計にセリーナのことを傷付けて無気力になってしまっていた。この日は妖精たちの声掛けも空しく、一日中出てくることはなかった。
2日後
相変わらずベッドでの攻防戦は続いていた。
ゆさゆさ
「むぅ、ダンゴムシさん起きるの~!」
ペシペシ
「いつまでアルマジロになってんだよ~!」
ギューッ
「もうほっといて!私なら分かってよ!」
わーわーと騒いでいると、誰かが訪ねてきたのか玄関をノックする音がした。だが、自室で妖精たちと熾烈な戦いを繰り広げているのに加えて、精神的に疲弊している状態のセリーナは気が付くことが出来なかった。
ゆさゆさ
ペシペシ
ギューッ
ゆさゆさ
ペシペシ
ギューッ
ゆさ…
「「「もう、いい加減にして(するの~!)(してよ~!)」」」
ぎし
拮抗した戦いに割って入るように木製の床をゆっくりと踏んだ音が廊下からしてきた。僅かに自室の扉が開いている。
「…誰」
「…」
返答はない。だが、人のいる気配を感じているセリーナは誰かいることに半ば確信をもってもう一度聞いてみる。
「そこに誰かいるの?」
ぎしぎし
「…!」
「す、すまない。驚かすつもりはなかったんだ」
再び聞こえた木の床のきしむ音に警戒をしたセリーナであったが、その様子に慌てて音の正体は姿を現した。
「…勇者様が何故ここに?」
「様をつけてくれるんだな…」
そこにいたのはバツが悪そうな顔をした勇者であった。先日の一件ぶりである勇者の登場にセリーナはただただ混乱していた。お互いに微妙な空気が流れていると、突然勇者が自身の頭を床に擦り付けだした。所為、土下座である。
「変なこと言って傷付けちゃってごめんなさい。仲直りしたいです」
「えぇ!?」
話を聞くと、どうやらここ数日協会に顔を出さなかったことで、街の皆が勇者との一件の影響で来れなくなったことになっていたそうだ。ただでさえ居心地が悪いはずの教会で徐々に噂に尾ひれがついて、今日にはついにショックから寝込んで命が危ないという噂まで出始めていたそうだ。人の噂とは恐ろしいものだと話を聞いたセリーナはのほほんと考えていたが、10歳程の少年にはその罪悪感が堪えたらしい。
「どうか顔を上げてください。勇者様のせいではありませんから」
「許してくれるのか…!」
床から顔を上げた勇者は、目を輝かせてセリーナの方を見ていた。白銀の髪に埃が付いていたのだが、その光景が子犬が尻尾を振っている風に見えて仕方がなかった。セリーナは勇者の頭についている埃を取った。
「あっ…」
「ごめんなさい。ゴミが付いてたので」
「あ、ありがとう。あとそんな敬語なんて使わないでくれ」
セリーナが謝罪すると、思いがけない勇者からのお願いが飛び出した。
「仮にも勇者である人に対して無礼では?」
「いいんだ。それよりも勇者じゃなくてケイルと呼んで欲しい」
いきなりぐいぐい来る勇者にセリーナは正直…………引いていた。
「勇者様は勇者様です。いきなり言われても困ります」
「そ、そうか。そうだよな…」
しょぼーんという効果音がしてきそうな落ち込み具合の勇者がやはり子犬に見えて仕方がないセリーナであった。
トントン
「そんな日もあるの~」
「次に切り替えていこうよ!」
「ありが…ん?。。。。。。うわあああああ!」
肩を叩いて妖精が慰めの言葉をかけてくれたことに一度感謝をしたが、いるはずのない第三者の登場に気が付いた勇者は猫のように跳び上がって驚いた。
「そそそそうだった!見惚れてて忘れてた!なんだこの生き物は!」
「見惚れてた…?」
「あ、いやその。それよりも説明してくれ!これは妖精なのか?」
「…そうですね。これは妖精という存在です」
「ふっふーんなの~」
「ふっふーんだよ!」
何か怪しいことを言う勇者であったが、都合のいい勘違いをしてくれたのでそれに乗っかることにした。
「それで、勇者様。一体いつから見ていたのでしょうか」
ゴゴゴ
有無を言わさぬ圧力がセリーナから解き放たれる。
「一瞬しか見てません!一瞬見て妖精がいてびっくりして音立てたらバレちゃったんです!」
「本当に?」
「はい!本当です!」
「…ならいいです」
選択肢を間違えなかったのか、圧力がなくなったことでほっと息を吐いて勇者は冷汗を拭った。
「今日はもうお帰り頂いてもいいですか。お茶の1つでも出さないと何でしょうけど、水浴びも3日ほどしてませんし」
「突然訪問したのが悪い。今日はもう帰るよ」
「ありがとうございます。皆さんには明日から行くから心配しないように言っておいてください」
「伝言、このケイルがしかと受け取った!」
「テンション回復なの~」
「その調子だよ!」
胸を張って家を後にした勇者の後ろ姿は、自信を取り戻していてどこか元気に満ち溢れているようだった。
勇者は足取り軽く協会に向かっていた。
「あれは、あの人はもしかしたら…すぐに伝えなければ。きっと喜ばれるぞ」
より一層機嫌が良くなった勇者に、セリーナは以後大変な目にあわされることになる。
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