宣告!怪盗美少女!
「まさか、ありえないわよ」
依頼完了の手続きを済ませたセリーナは足早に協会を後にしていた。そのまま拠点にしている街外れの一軒家に帰ると、自室のベッドにダイブした。
「んんんんん~!」
言いようのない感情の矛先を探して虚空に向かってパンチを繰り出す。
「あれが勇者!?ありえないでしょ!」
セリーナはあの時勇者と名乗る少年を前にして、一瞬ではあったがときめいていた。勇者で白銀色の髪といったら幼い頃読んだ小説に出てきた彼その人であるはずだ。挿絵と微妙に違ってはいるが、端正な顔立ちで成長すれば美男子になることが約束されているといっても過言ではなかった。
だが中身はどうだろうか。あの傲慢さは似ても似つかない。セリーナの知る小説の中の勇者はいつも穏やかで主人公であるフローラを慈しみ、いざという時に危険から守ってくれる強さも兼ね備えた紳士であったはずだ。あれはなんだ。傲慢不遜の権化、青二才。あそこからどうやって好青年に育つのだろうか。正直生理的嫌悪感しか抱かなかった。
「あれはない!無理無理無理無理!」
矛先を向ける先を枕に定めて、パンチしたと思えば顔を埋めて叫んでみたりと一通り暴れて気が済んだわけではないが、次は四肢を投げ出して仰向けになって何もない天井を見つめた。
この世界に転生してから初めて自分が知っているキャラクターにあった喜びと、小説と現実とのギャップから来る落胆が心の中で渦巻いている。そして何よりセリーナの心に影を落としていることがあった。
「結局私がやってきたことって…」
意味があったのだろうか。
私が選んだ道のはず。怪盗になって物語に縛られないで生きる。図らずも攫われたことで実現したことだけれど、それすらも物語の一部だとしたら?
考えるだけ無駄だと分かっていても、生産性のない問答が頭の中で繰り返される。
「はぁ…」
結局私の運命は定まっていて、過程がどうであれ結末は変わらないのかもしれない。
複雑な感情が波のように押し寄せては引いていく。嬉しいのか悲しいのか、あるいは悔しいのか諦観か。セリーナの目には涙が浮かんでいた。
「セリーナよ」
年の割にはっきりしていて穏やかな声が耳から染み込んで心を落ち着かせてくれる。この世界に来て、人間で唯一信頼を置く人物の声だ。
「…師匠」
「協会で色々あったようじゃのう」
重たく感じる身体を無理矢理起こして声のする方を見やると、白衣を着て扉にもたれるアルセーヌの姿があった。アルテポレオでは植物学者としての身分で通っているため、街にいる際は基本的に白衣を羽織るようにしている。理由はそれっぽいからだそうだ。
「そろそろお湯が沸くからこっちで話をしておくれ」
「…分かった」
リビングに行くとアルセーヌが棚から取り出した葉でお茶を煎じているところだった。日が沈んできており、湯気がゆらゆらと天井に向かって伸びて部屋を照らす魔法灯を昇り抜けていく。
カチャ
協会であったことを一通り話すと、アルセーヌはお茶を一口含んでため息をついた。ティーカップが下のソーサーと擦れる音が響く。
「はぁ…」
「…」
ガタン
注がれたお茶を飲み干してティーカップの縁をしばらく見ていたアルセーヌは椅子から立ち上がった。
「師匠?」
そして、セリーナに背を向けて玄関の方へとゆっくり歩き始めた。
「師匠ってば」
「あと1年じゃ」
「1年?」
1年と言われても何のことだかさっぱり分からないセリーナは首をかしげながら怪訝そうな目でアルセーヌの背中を見つめた。
「ワシのいない状態であと1年で魔法学を形だけでも2級魔法士レベルまで仕上げ、加えて洞窟の試練を制覇するんじゃ」
いきなりの事でセリーナの頭は混乱するが、言葉をかみ砕いて必死に理解を試みた。
「1年?数カ月やってまだどっちも全然なのに?」
「1年じゃ」
「出来るはずないでしょ!そんなこと!」
何を言っているのかといつものように若干怒りながらも次の言葉に期待をしていた。だが、それはセリーナにとって思いもしていなかった言葉であった。
「なら出ていけ」
バタン
酷く無機質な瞳でセリーナの姿を映しながらそれだけ言うと、家から出て行ってしまった。
「私の事一流の怪盗にしてくれるんじゃなかったの?アルセーヌ!」
セリーナの声は物言わぬ扉に反響してこだまする。
「皆調子の良いことばっかり!大っ嫌い!」
いくら叫んでもそこには誰もいない。
「なんで私の前からいなくなるの?」
「なんでよ…」
日はすっかり沈んでしまって、魔法灯は独りとなった少女の小さな背中をうっすらと照らしていた。
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