勇者邂逅!怪盗美少女!
「まただめだった」
情けない声でそう呟きながら、四肢を投げ出して空を仰ぎ見る。荒れた息を整えながらも、セリーナは洞窟内でのことを思い出していた。
洞窟に入って最初は洞窟側からの感知魔法に引っかからないように進むところから始まる。
(感知センサーがこちらを向いてない隙に)
ヒュン
感知センサーが振り向くのに合わせて体を移動させて、綺麗に避けて進んでいく。
正直ここは序の口でまだいいのだが、次は感圧版の敷かれた床や、感知魔法の方向が増えたりと徐々に難易度が上がっていく。
ヒョイ
ササッ
最初の内は1つもクリア出来なかった。しかし次のステージに進めた頃に、自らの技術の向上に気が付いた。どうやらこの洞窟の仕掛け1つ1つに意味があって、乗り越える度に怪盗としての技術を身につけることが出来るようだ。
ブー!
「ケイビヘイニミツカリマシタ。サイショカラヤリナオシテクダサイ」
「げっ」
「今日も中々頑張れたのう。まあ、全体の1割くらいまでしか進んでおらんのじゃがな」
「それ、本当?」
「なんでここで嘘をつくんじゃ」
「は、はは」
「そんなに焦らんでも時間はいくらでもある。少しずつ頑張って行けばいいんじゃよ」
途方に暮れているのか遠い目をしたセリーナの頭を撫でながら優しく語り掛けるのであった。
後の話にはなるが、結局このダンジョンを最終的にクリアするまでに3年以上の年月を要することとなる。
協会で受諾した依頼の薬草を採って走りながら帰る。セリーナが修行している所は、人目に付かないかつありばいも出来る丁度いい塩梅の場所である必要がある。よって少女が歩いて半日ほどの距離で採れる薬草の依頼を受けるようにしているのだ。そして、ギリギリまで修行をしてからこのように走って帰るようにしている。
アルテポレオに近づいて来たので、体についている葉っぱや土をなるべく落とす。一度修行をした状態のまま戻ったことがあったのだが、やれ魔獣でも出たのかだの襲われたのかだの大変な騒ぎになってしまったのだ。それによって身なりをガチガチの鉄鎧で固められそうになったが、華奢な身体では動くことも出来なくなるだろうという事で却下になった経緯がある。セリーナとしては中々カッコいいと思っていたので落ち込んだのだが。
閑話休題
街に近づくと何やら緊張感が漂い、人々に落ち着きがない。また宴という感じでもないので、とにかく依頼を完了するためにセリーナはいつも通り協会に入っていった。
「戻りました~!」
「「…」」
「あ、ルナちゃんお帰りなさい。ちょっとこっちに来ておきなさい」
協会の端にいたキュン姉にヒソヒソ声で呼ばれてそちらに向かう。いつもなら挨拶を返してくれる冒険者たちが入り口に背を向けて立っており、後ろにいた数人が気が付いて笑顔を返してくれただけで後は険しい顔をして受付側を見ていた。
「何かあったの?いつもは受付にいるのに」
「それがね…ほらあそこ」
キュン姉が指し示す方を見ると、冒険者たちの隙間からジムさんと彼に対峙する白銀色の髪の少年の姿が見えた。
「何度も言うがそんな者はこの支部いや、街にすら来ていない。こっちも暇じゃないんだ、お引き取り願おう」
「くっ、これだから帝国の守銭奴どもは。いくら積まれたんだ?俺が誰だか知ってのことだろうな」
ガチャ
少年が自身の腰に付いた剣に手をかけた。ジムが冷静に対応しているのに対して、少年は表情を歪ませて詰め寄っている。その一触即発な空気に周りの冒険者たちも武器へと手を添えた。
「散々言っていたからな。勇者だろうが何だろうが、礼儀の1つも出来やしないガキは弱く見えるぞ」
「…何だと?」
緊張が最高潮に高まる。誰かが息を飲む音が聞こえる。外から吹く風で受付に積み重なった書類が揺れてサラサラと擦れあう音が響く。
シーン
「勇者?」
水琴鈴が風に揺られたような声が重く長い沈黙を破った。皆の視線が声の発生元に集まる。当の本人も零れるようなくりくりとした目をさらに広げて丸くしていた。
「…そ、そうだ!この俺こそが勇者だ」
セリーナの姿を見て固まっていた少年は、頬を朱色に染めながら腰に両手をやって胸を張りながらそう宣言した。
「はぁ」
「ふ、ふん。お前中々気に入ったぞ。この俺の女にし」
「こんなお子ちゃまが?」
「……………え」
「ぷっ」
少年もセリーナの言葉に驚いたのか口を開けて目を真ん丸にした。同じ様子で向かい合っているのがおかしかったのか、誰かが笑いを堪える声が聞こえた。
「勇者ってもっと優しくてカッコいい紳士な方かと思ってたな。」
「あの…」
止めようとしているのか少年の手が何もない2人の間の空間を掴もうとする。
「あ!あとさっき俺の女がどうのって聞こえたけど」
「あぁの…」
やめてくれ、それ以上言わないでくれと言わんばかりに小刻みに首を揺らして目にはうっすら涙が滲む。
「私青二才より余裕のある殿方が好みなの。ごめんなさい」
「ぐはっ!」
セリーナが頭を首を横に傾げながらそう言うと、致命傷を受けたのか少年は2、3歩後ろに下がってから胸を押さえて蹲ってしまった。そして
「う、うぅ」
がくりと力なく膝から崩れ落ちてしまった。
「ルナちゃん、流石に…」
「そんなはっきり…」
「と、トラウマが」
周囲にいた冒険者の何人かも、何故かダメージを受けて同情の目で少年を見ている。先程までとは打って変わって何とも言えない空気が場を支配した。しばらくして少年はのっそりと立ち上がった。
「帰ります」
「お、おう」
肩から脱力して背を丸めたまま外に向かって行く。ジムは複雑な表情でそれを見送る。冒険者の間を通ってとぼとぼと歩くのを何とも言えない表情で皆も見送った。
すると出入り口に差し掛かった所で立ち止まってプルプル震え始めた。皆が注目する中、手が真っ白になるほど握りこんだ手に一層力を入れてギュッと握りしめてから突然振り返った。何事かと冒険者たちが再び警戒すると、少年はキッとセリーナの方を睨み付けて指差した。
「俺の名前はケイル!いつかお前を惚れさせて見せるからな!覚えとけ!」
「馬鹿!血迷ったか!?」
ビシッと効果音が聞こえてきそうな宣言をすると、本人は決まったと言わんばかりの表情を見せる。が、それを聞いてダメージを受けていた冒険者の誰かが悲鳴に近い声を上げた。
「人に向かって指差すのは非礼って習わなかったの?私どちらかというと貴方の事、嫌いよ」
「ぐはああああああっ」
「ケイルうううう!」
勢いよく後ろに吹き飛んで外へと飛び出していったケイルを追いかけて、セリーナの言葉にダメージを受けていた冒険者が駆け寄って行き、心肺蘇生っぽいことをしてから撤収させていった。
「その、なんだ。場を収めてくれてありがとうな」
「うん!それよりはい!これ今日の依頼の分!」
こうして勇者との初邂逅は失恋という形で終わりを告げ、物々しい雰囲気を漂わせていた協会に日常が戻っていった。
以後語られる英雄談の中でこの出来事は、勇者が唯一泣いて逃げた逸話として後世に語り継がれるのであった。
「ルナちゃんって妙にませてるんだな」
「デュフフ、つ、つまり小生にもチャンスがあぐげええええ」
「純粋な子どもって恐ろしいな」
「だな」
好きな人に拒絶されるのってきついですよね。純粋さは時に人を傷付けるのです。
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