冒険者登録!怪盗美少女!
建物に入ると風通しの良さそうな高い天井と壁一面に絵が描かれていた。入って正面には何人か協会の人間であろう人々が横並びに仕事をしている。従業員の前には冒険者が列をなしていて、そこが受付であることをセリーナは理解した。
「相変わらず混んでおるなぁ。登録は…あそこじゃな」
アルセーヌは壁や天井画に意識を持っていかれているセリーナの手を引いて、唯一列が出来ていない端にある受付へと向かう。
いやー、これは壮観な景色だ。これって所謂宗教画ってやつだよね。小説にそんな設定があったけ。冒険者協会というよりは云々…
「おい、聞いているのか」
「みゃあっ!」
急に凄んだ声で話しかけられたせいで変な声が出てしまった。見上げると文官よりいかにも歴戦の猛者といった図体をした男が、目を真ん丸にして固まっていた。何やら後ろの女性が「キュン♡」とか言って倒れた気がしたけど、気のせいだよね。あっ助けが来た。
「す、すまない、驚かせたな。お嬢ちゃんが冒険者になりたいのかな」
「うん!私冒険者になりたいの!」
先程の威圧的な態度とは打って変わりその強面にそぐわない穏やかな笑顔で話しかけてきたので、セリーナは元気よく答えた。
ヒソヒソ
「あのジムさんが…」
「あぁ、初めて見た」
他の列に並んでいた冒険者もこちらを見て小声で話している。どうやら完全に目立ってしまったようだ。横にいる師匠を見やると、さながら僧侶の様な悟っているのか諦めているのか遠い目をして前を見続けていた。再び前を向きなおすと、ジムと呼ばれていた受付の男が話を続けた。
「冒険者は危ない仕事もいっぱいあるけど大丈夫か?」
「私頑張る!無理はしないもん!」
「うん、やる気は十分のようだな」
そう言うと後ろにいる職員に指示を出して書類を持ってこさせた。どうやらこれが登録申請用の正式書類っぽい。
「これは任意だが、登録をする前に初期昇級のための実力検査があるが…受けさせるか?」
どうやら実力に見合った依頼を受諾可能にするために、最初に実力を測ることで適切な級への昇級を任意で実施しているようだ。勿論受けなかったら最も下の級から始まるわけで
「受けさせんよ。こんなに華奢で可愛い孫娘に過酷な事はさせられんわい」
ええ!?
「ガッハッハ!確かにそうだな。何、この街に可憐な1輪の花が微風に乗ってやってきたんだ。これ以上に喜ばしいことはない。歓迎しよう」
セリーナの頭上でアルセーヌとジムが固く握手を交わしている。それを見て周りも先程までの空気から大分軟化して、歓迎的な雰囲気を醸し出していた。どうやらジムに認められるかがこの支部で冒険者として活動するための関門だったようだ。
「それじゃあさっさと登録だけ済ませてしまおう。基本的な事はこちらで記入するが、孫娘の名前を教えてくれるか」
「わたs」
「あぁ勿論じゃよ」
セリーナが答えようとするのをアルセーヌが遮った。
「彼女の名前はルナじゃ」
「ルナだな。よし、後はこちらで記入が終わり次第呼ぶから近くで待っていてくれ」
手続き自体は終わり、2人は一度建物の外へ出た。一本裏道に入って人がいないことを確認してからセリーナは矢継ぎ早に話し始めた。
「もう!何で勝手に名前決めちゃうの!私も良い偽名思いついてたのにぃ。それに実力検査も受けないと私に合った依頼受けられないじゃん!私カンカンだからね!」
「な、名前については申し訳なかったのう。ちなみに考えてたのは例えばどういう名前なんじゃ」
「んーとねぇ、ジョーカーでしょー。オビスでしょー。ぱみゅぱみゅでしょー。プペルでしょー。あとー」
「待つのじゃ、もう大丈夫じゃよ。そうじゃなぁ、怪盗としての名前はオビスにしたらどうじゃ?」
センスの無さに自分が偽名を決めて良かったと感じながら、アルセーヌは目の前の少女のご機嫌を直すために奮闘する。
「怪盗としての名前…?」
「そうじゃ。怪盗として活動する時に使う名前じゃよ」
「そんなものが必要なの?」
「特にお主は必要じゃろうが。本名で活動していたら一発で身元が割れて命を狙われることになりかねん」
「たしかにそうかも…」
「今回はワシが決めてしまったが、これで許してはくれんか」
「むぅ、これは良いけど実力検査はどうするの。TUEEE出来るかもとかちょっと期待しちゃったのに」
「TUEEEとかはよく分からんが、修行は別でやるからあくまで隠れ蓑じゃよ。その隠れ蓑が大変だと修行どころじゃなくなってしまうからのう」
セリーナを見るとほっぺをリスのように膨らませてムスっとしているが、だいぶ落ち着いてきているようだった。こういった理にかなっていることについては聞き分けのある子で良かったとつくづく実感するアルセーヌであった。
話が粗方終わって、手続きの完了を待つために協会に戻ると既に終わっていたようで軽く注意をされてしまった。
「最後にここに指を押し当ててくれるかい?」
そう言って示す先には針が付いていて、ステンドグラスから差し込む光を眩く反射していた。
「痛いの嫌だけど我慢する」
「…ルナちゃん頑張ってっ!」
見ると先程キュン死したと思われていた女性職員を筆頭に、冒険者含めて皆が暖かく見守ってくれていた。
「えい!うぅ…」
針に指を当てるとぷくりと血が出てきて、それを木版に押し当てると一瞬の光って元に戻った。
「よし、これで完了だ。ようこそ冒険者協会へ!新しい仲間を歓迎する!」
ジムがそう言うと、周りから割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
パチパチ
「おめでとう!」
「これからよろしくな!」
「る、ルナたん、分からないことがあったら何でも、デュフフ…ぐへぇ!?」
何やら怪しいのが混ざっていたようだが、片手間に制圧しながらキュン死姉さんがワンワン泣いてこちらにやってきた。
「ルナちゃん頑張ったねぇ。痛かったでしょ?これからはお姉さんが守ってあげるからねぇ」
ナデナデ
慈愛に満ちた目で見つめながらひたすら撫でてくる。そんな姉さんとセリーナをよそ目に、ジムが皆に向けて話しかけた。
「いやぁ今日は気分が良い。新しい仲間を祝して広場で宴をするぞ!」
「「「おー!!」」」
「そんなこと言っていつも宴やってるじゃないですか!」
「あれ?確かにそうかもな!ガッハッハ!」
夜に差し掛かって宴が始まると、皆が食べ物を持ち寄って酒を飲み歌を歌い合った。勿論主役であるセリーナとアルセーヌも参加していた。
最初はお誕生日席の隣で大人しくしていたアルセーヌであったが、酒も入ったことで途中でアルセーヌはジム達と盛り上がってどこかに行ってしまい、セリーナは1人残されてしまった。すると待ってましたと言わんばかりに集まってきた女性達にひたすら愛でられるのだった。
「本当にお人形みたいね!」
「お目目パチパチで零れちゃいそう!」
「うわあー」
されるがままにしていたセリーナであったが、途中で眠くなっていつの間にか寝てしまった。それを見てより庇護欲が掻き立てられた女性達は、交代で撫でながらその寝顔をじっくりと眺めて自分たちもいつの間にか眠りにつくのだった。
以前の習慣もあって夜明け前に目を覚ますと、遠くでまだ談笑する声が聞こえるが、周りにいる女性達はぐっすりと眠っていた。頭の下に柔らかさを感じて上を見ると、唯一起きていた例の姉さんが膝枕をしてくれていて、目が合うとにっこりと微笑んでくれた。
宴は日が昇るまで続き、人々の笑い声が街全体を包みこんで途切れることはなかった。この暖かみのある街で新たなる冒険が幕を開けようとしていた。
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