プロローグ
ある貴族の邸宅にて、深夜にも関わらず多くの兵士が廊下を行き交い厳戒態勢をとって執務室を守っている。
「ええい!こんなものを送り付けおって!このアンダーソン伯爵を侮辱するかああ!!」
禿頭の髭を蓄えた男が頭まで真っ赤にさせながら、手に持っていた名刺ほどの紙を地面に叩きつける。
《月満ちる今宵の晩、代々継承している伝説の魔導書を頂きに参ります。 セリュトリア・オビス》
「落ち着いてくだされアンダーソン卿。この邸宅の警備体制は完璧でございます。鼠一匹入ることなんて出来やしません」
「そ、そうか。そうであるな。王国警備隊の腕前、しかと見届けさせてもらうぞ」
隊長が宥めて落ち着きを取り戻した伯爵は、今度は愉快そうに笑い始めた。
「フフ、フハハハハ!これまでは上手くいっていたかもしれんが、今回はそうはいかんぞ!」
肉付きの良い腹を抱えて笑いながら、今度は予告状をぐりぐりと踵で踏みつける。
「今更警備を増やさせる真似をして後悔しておろうに…噂には相当な美人であるらしいが、気に入ったら妾にしてやっても良いかもなぁ。毎晩毎晩泣き叫ぼうと虐めて」
パチン
「狼狽えるな!総員、警戒態勢!」
伯爵が吐き気を催す様な世迷言を口にしていると、突然邸宅を照らしていた魔法灯が消えて暗闇が辺りを支配する。満月も丁度雲に隠れてより闇を深くしている。
ギギィ…
部屋正面にある扉が開く音がする。部屋の前にいた兵士はどうなったのか。部屋の中の誰もが構えて扉の方に集中する。すると
ガコン
「あっ!」
誰かが、誰もが声を漏らしてしまった。暗闇が支配していた部屋に突如光が差し込み、上を見上げると屋根上からグラマーな女性らしきシルエットがこちらを向いている。
「オホホホ…約束通り、こちらの魔導書は頂いていきますわ」
右手には魔導書が握られていて、それを胸元に隠した。皆見惚れてしまい、ゴクリとつばを飲むことしかできない。
「あ、それと」
そのまま立ち去ろうとしたシルエットがまたこちらを向き直った。
「本当に気持ちが悪いから。この糞ロリコン伯爵」
「この小娘がああああ!」
「何ぼさっとしている!追え!怪盗だ!絶対に逃がすなあ!」
ピーピー
兵士が吹く汽笛の音が鳴り響く中、怪盗は颯爽と屋根から屋根へと飛び移って去って行ってしまった。
ゴーンゴーン
時計台が12時を知らせる鐘を鳴らす。その上で怪盗はその美しい青髪を風になびかせていた。
「いやー、今回も成功したけど、あいつマジで気持ち悪かったわ。今頃不正の書類とかが駐在所に届いていると思うけど」
胸元に隠していた魔導書を取り出してうっとりと眺める。その妖艶な表情を見た人間がいたら、100人いれば100人ともに堕ちるだろう。
「不正暴いたんだし、これぐらい貰ってもいいよね?えへへ〜」
「ハァハァ、見つけたぞ!オビス!」
「げっ、王子…」
時計台から下に視線を落とすと、近くの民家の屋根によじ登る一兵卒の姿が微かに見える。
「今日という今日は逃げられると思うな?」
「オホホホ、情熱的ではありますが…もっとロマンチックなお誘いをしてくださいまし?」
「な、何を!」
「わたくしスマートで女心の分かる紳士の殿方が好みですの。まあ、お見かけしたことはありませんが」
「…っ!くっ」
「それでは失礼しますわ!オホホホ〜」
満月の明かりが突然強くなって、王子は思わず目を閉じる。再び目を開ける頃には、何も無かったかのような静寂が訪れていた。
「まただ!また逃した!…今度こそ絶対に捕まえてやるからな!オビス!」
こうして今宵も怪盗オビスは華麗にお宝を盗み、蜃気楼の如く消え去って、特徴的な笑い声が街に響き渡るだけであった。
第1話です。
今日2話出します。
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