手伝ってほしいと言ってくれた時が、
流石に今日は一日中ありとあらゆることに腹を立て過ぎた。
多分人生で初めての経験ではないだろうか。
絶対に仕事終わりにコンビニスイーツを買って帰ろう。
「今日は一段とお疲れだな~小新~!ま、後少しの辛抱だ!」
などとほざいて肩を叩いてきやがった課長。
自分でも驚くほどに冷たい声で、お疲れさまでしたと返せば、ザワザワと雰囲気が危うくなった。
あーあ、今最も課の空気を悪くしているのは自分だ。
でも、もうそんなことはどうでもいいと思うほどには吹っ切れている。
他の人たちが退出した後、意を決したような声色で名を呼ばれる。
続きを遮るように体を向け、城市さんの名を呼びかけた。
「課長と、過去になにかあったのかもしれませんが、これはパワハラですよ」
パワハラの言葉に、目を見張って口を開こうとするも、閉口した。
「城市さんが、我慢すればいいって話じゃないんですよ。これは、課の問題になるんですよ」
「そう、ですよね…すみません…」
「ッだから!謝ってほしいわけじゃなくて…!というか、なんなんですか最近の城市さん!そんな…萎縮するくらいの弱みでも握られてるんですか?!」
城市さんは下を向き、ぎゅっと手と手を握りしめた。
「あの、弱みとかではなくて、その……」
信じ難いほどに、情けない顔だった。
「私、猫を被っていたんです」
「……ねこ…?」
いやいや、いや分かってる慣用句だって。動揺して声に出ちゃっただけで…
というか、猫って…え、いや城市さん猫被りの意味勘違いしてないか…?
「その…学歴と性別だけで当時の部長と課長から推薦されて……断れなくて、課長を引き受けたんです」
再び俯き、ぽつりぽつりと、言葉を溢す。
「それで……当時も、筆頭候補だったのが下鳥さんだったんです」
……やっぱりただの妬みかよ下鳥さん!!
「私が、優柔不断で、断れなくて課長になってしまって、でも実力はないからせめて課の雰囲気を良くしようと思って…笑顔で課のみなさんに接していたら、その…異性の部下に、勘違いというか、好意と取られてしまって、問題になってしまって…」
それは、自分たちが一切知らされることのなかった城市さんの過去だった。
その後は、なんとテレビで理想の上司ランキングというものを知ってから真似するようになり、でも実践してみたらただの冷たい上司になってしまったと……
ああ、そうか、ようやく分かった。城市さんは不器用な人なのだ。
もう堪えられないと辞表を出せば引き留められ、ならばと自分から降格を願い出たと。
で、後釜に下鳥さんが選ばれたと…なんて最悪な人選だ。いや、ワザとじゃないよね…?
「本来の私は…今の私なんです。開き直ってしまって、申し訳ありませんでした。課の問題に広げたかった訳ではなくて…本当に…」
ゆっくりと顔を上げた城市さんの目と、自分の目が、しっかりと合ったのは、この時が初めてかもしれない。
「でも、こんな情けない話をしておいて、信用ならないかもしれませんが、小新さん。手伝って、いただけないでしょうか。お力添えを、いただけないでしょうか」
その真摯な瞳に、震える声に、目頭が熱くなった。