しおらしいと噂される日が来るなんて、
この、自信喪失感は、最悪だ。
シンプルに、気分が悪い。
もしかすると、双子とかで入れ替わっているのではないかと思いたくなるほどである。
「城市、これも明日までに」
「はい。承知いたしました」
いや、いやいや、いやいやいやいや、さすがに仕事振りすぎでは…?
隣のデスクに積み上がっている書類と同じくらいにイライラが積もっていく。
課長は城市さんだけに投げすぎだし、城市さんは断らなさすぎだし、え、なんなの。この二人なんかあったの?いやあったとしても私情挟むなよ!!
たったの数日間で、うちの課に来るまでにあった下鳥さんのイメージが消滅してしまうようなスピードで好感度が下がっている。
課の雰囲気は格段に良くなったし風通しも良くなったし、でも、でもだ。
あからさまに城市さんだけに、態度が冷たい。そして仕事を投げまくっている。はあ??
というか城市さんも城市さんで、黙々と受け入れてるって、え、別人ですかとあなたあの城市さんですよねと問い質したくなる。
城市さんは、厳しすぎる人だった。独善的な人だった。でも、理不尽な人ではなかった。
どんな案件だったとしても部下に軽く相談するようなことは全くせず常に一人で熟していた城市さんは、嫌いだったけれど。
いつも的確で、いつも合理的で、完璧すぎるから近寄りがたくて、悔しくて、負けたくなくて、でも追いつく気がしないほどにいつもはるか先にいる人で………と、自分の本当の気持ちに気づいてしまったその晩は、眠れなくなってしまった。最悪だ。
その日はなにもかも集中できず、翌朝は数本早い電車に乗って出社するハメになった。
あー、眠い。眠すぎる…カフェオレでも買うか…
ふらふらと自販機があるスペースへ立ち寄れば、不眠の原因である城市さんが、ぼんやり突っ立っていた。
……戻ろうか、いや、気づかれてないし。いやでも、戻るときに気づかれたらそっちの方が嫌だな……はあ…
「……おはようございます」
城市さんの体がビクリ跳ねた。
それはまるで…悪いことをしてそれがバレた子どものような、反応だった。
「えっ、と…すみません…驚かすつもりは……」
「い、いえ、あの…おはようございます…その、私の方こそ申し訳ありません。あの…どうぞ……」
自販機前を譲られ、さっさと眠気覚ましのカフェオレを購入し、その場を去る。
そっと後ろを振り向けば、なにやら悩んでいる様子で…
いや、ブラックコーヒーしか飲んでるところ見たことないんだけれど…城市さん、一体どうしたんですかほんと…
「お~い、小新~!」
名前を呼ばれ、立ち止まる。
「聞いたぞお前、最近の城市さんの話~!」
…久々に会った同期の話題が、それかよ。
ああもう、なんなんだよ…
「わざとらしい?しおらしい?だとか聞いたんだけど、それマジ?」
「…しおらしい……道木、しおらしいって意味、知ってる?」
「え?え~、知らん!」
「知らないのかよ…」
ああ、モヤモヤする。イライラする。最悪だ。
寝不足だからとテキトーにごまかして退散した。
デスクへ向かい、横目で様子を窺う。
もうすでに仕事に取り掛かっている城市さんの机には………いちごミルクが、置いてあった。三度見した。は??
いつもブラックコーヒーしか飲んでなかったのに……いちごミルク…?いやいや、え…?