推したい上司が課長になった日は、
あの日は、最悪だった。
数日雨が続いていたから、花粉症の薬を飲み忘れ、朝から最悪なコンディションだったあの日は、生涯忘れることのない日となった。
「うわあ、マジか。これって、異動の方がまだマシじゃない?」
「ね~、私だったらムリ~耐えられないわ~」
「こんなのソッコー辞めるわ。恥ずかしすぎて出勤できないでしょフツー」
辞令が掲示してある廊下で響き渡る会話に、更に体調が悪化したような気がする…ああ、最悪だ…
なにか、大きなトラブルがあったわけではない。
と思う。昨日だってそれまでだって特段変化はなかったはずだ。
あえて言うならば、課長は…もう元課長となった城市さんは、良く言えばクールなインテリ上司で、悪く言えば無愛想で堅い人だから課の雰囲気はまあ…良くはなかったけれども…
城市さんのことは、苦手、というより、嫌いなタイプだ。
仕事はできる人だけれど、いつもミスの指摘が冷淡で、指示もクッション言葉を省いて言われるからグサっと刺さるし…とにかく、課の人たちはみな城市さんの鋭利な言動に怯え、ミスしないようにと常に神経が張り詰めていたわけで…
自分のデスクの隣りに座っている人物に気付き、勝手に足が止まる。
え………嘘だと…言ってくれ……
嫌いな上司が、降格した。
そして、隣の席になっていた。
「……おはようございます」
緊張で声が強張るどころではない。変な声が出た。
「…おはようございます」
いつものようにブレずにキッチリとした角度で会釈される。
嫌いな、元上司が、隣の席に、いる。
うわ…うっかりくしゃみもできない……最悪だほんとに今日はーー
「ーーッくしゅん‼︎」
………え…?いまお隣の方…くしゃみした……?
「…失礼しました」
え、え…え…?くしゃみ、できるの?城市さんってくしゃみするひと…?
恐らく初めて聞いたであろう城市さんのくしゃみの音に、冷や汗が出る。
いや、いやいや、なんで自分が汗かいてるんだよ…えぇ…
ぞろぞろと、課の人たちが入って来る。
気まずい雰囲気の中、各々が城市さんの顔色を窺いながら挨拶をする。
「おはよう!今日からよろしくな~!」
朗らかな声に、ハッと顔が上がる。
なんという…淀んだ空気が一瞬にして浄化されたかのような爽やかさ…‼︎
新たな課長、下鳥さんの登場に、分かりやすく雰囲気がガラッと変わった。
「おはようございますっ!」
「よろしくお願いいたしますッ、下鳥課長ッ!」
下鳥課長は、複数の課からも切望されるほど長らく理想の課長候補だった人。
愛想良く、愛嬌もあり、そしてなにより愛犬家!!三つの愛が揃った人物である。
人気の高い下鳥さんが課長になれない理由は、様々な憶測が飛び交っていたわけだけれど、今回の異動で更に噂話が広がりそうだな。
……それにしても、お隣の方、分かりやすく落ち込んでいる…ような気がするのは気のせい…?
消沈している空気を感じ取り、手汗まで出てきた…
ああ…ほんとうに今日は最悪な日だ…