諦観した最後の人生 最終話
アーロンが巻戻りをする理由は・・・?
はぁはぁ、と息を何度も吐いて、また目が覚めたことに絶望した。
潰れた下半身の感覚が忘れられない。
刺された感触も忘れられない。
毒で苦しみのたうつのが忘れられない。
私はもう人生をやり直したくない。
どうせ死ぬ運命が待ち受けているのだ。
手のひらは十歳くらい。
間違いなくまた、婚約者候補達と初顔合わせの日なのだろう。
十三人全員と婚約して、駄目だった。
私はカリーナに抱きつき、暫く離れなかった。
私のせいで何度も死んでいる私の唯一の味方。
母である王妃が私の味方ではない。
王妃が命令を下して私の大事なカリーナを殺すのだ。
一番の敵だ。
今回も先に王妃を殺してしまおうか?
「あらあら、今日は甘えん坊なのですね。婚約者候補の方々に会う日にこれでは、先が思いやられますね」
カリーナの優しい腕の中で私は安心した。
まだ警鐘は鳴っていない。
ずらりと並んだ十三人の女の子。
私は、婚約者を選ばなかった。
いや、選べなかったと言うべきか。
誰を選んでもろくな未来でしかない。
「未来に愛すべき人が現れるかもしれません。だから子供のうちから婚約者を選びたくありません」
そう言って断ると、父王に私が婚約者を決めないと、他の者達までもが婚約者を決められないから駄目だと言った。
だが父王が何を言おうが、今回は私は相手を選ばなかった。
それしか方法がなかったのだ。
王妃はマーノリアを選ばなかったことに不満を漏らし、私を叱りつけた。
簡単に私の我慢も限界に来て、王妃が癒着を考えていることを知っていること、カリーナを殺したら、私が王妃を殺すことを王妃に告げた。
頭の中の警鐘は鳴っていない。
大概、私は物騒なことを言っていると思うのだが・・・。
王妃はそれからすっかり大人しくなった。
目が合うと逸らされるようになった。
私に口うるさく、王妃の望みを私に押し付けてくることもなくなった。
私の婚約者は決まらないまま、叔父とリエッタの婚約が決まる。
もしかすると、叔父が次代の王になることは決められているのではないかと思い至る。
叔父はずっとリエッタと婚約しているのだ。
私が婚約者だったときですら。
そして私が死んだ後、叔父が王位を継いでいるのだろう。
今までそんな事に気が付かなかったなんて・・・。
私は私の欲にまみれた己を恥じた。
私は婚姻だけではなく、次代の王を求めることを諦めた。
生き残ることだけに全力を尽くすことに決めた。
それと、カリーナを殺させないことに。
何度も私の婚約者選びのお茶会が開かれる。
出席する子たちとは満遍なく相対する。
月日が経つごとに、お茶会に来る女の子達の顔ぶれがどんどん変わっていく。
初めにリエッタが居なくなり、マーノリアが居なくなり、ミリノアも居なくなり、コルベットだけは今も婚約者選びのお茶会にやってきている。
上位貴族は居なくなり、下位貴族ばかりの婚約者選びになった。
私との婚約を諦め、他の男と婚約を結ぶ者、私に興味を持てなくて、来なくなる者、理由は様々だが、顔ぶれが変わっていき、家格が低い男爵家の者まで呼ばれるようになった。
男爵家のピンクブロンドのアイリスまでもが婚約者選びのお茶会に参加するようになった。
私にベタベタと纏わりつくが、アイリスに「君には興味がない。もしも君を選んだとしても、一切の贅沢はさせない」と言うと、次のお茶会から参加しなくなった。
私が婚約者を決めることを拒否している間に十三歳になっていて、学園に入学することになった。
学園の入学式に参列したカリーナは私の姿を見て、涙を流して喜んでいる。
そう、カリーナが生きているんだ。
私はそれだけで、もう満足だった。
カリーナを殺すのは、王妃。
王妃にとって不都合なことをカリーナが私に言うから。
たったそれだけの理由。
カリーナはずっと、王妃のことを心良くは思っていなかった。
私腹を肥やし、民のことを考えない人が王妃になってしまった。と。
そして、私にも王妃に操られてはいけません。と口が酸っぱくなるほどに言い募っていた。
カリーナにも「婚約者を決めなければなりませんよ」と小言を食らうが「そのうちな」と適当に流している。
何度も繰り返した人生なのに、やはり成績は五十番前後で、やはり私が王位を継ぐことが、死とつながるのだと思い知った。
王妃はコンスタンス家とも、他の家とも関わることなく大人しくしている。
時折圧力を掛けておくことは忘れない。
マーノリアは幼馴染の男と婚約をして、とても仲が良く、見かける度に笑い合っている。
頭の中の警鐘は一度も鳴っていない。
アイリスは相変わらず虐められているようで、噴水の前で立ち尽くしていたが、声を掛けることはしなかった。
自業自得だと、今はもう知っている。
虐めから守って欲しいと、アイリスが私の目の前をうろうろしていたので、またアイリスに忠告した。
「君と結婚することになっても、王妃としての費用は一切渡さない。実家から援助してもらうことになる」と言うとまた私の前から居なくなった。
私は二年生になり、やはり五十番程度の成績しか維持できなかった。
父王に「王になる素質に私は恵まれなかったようです。勉学も、次代の王となるべく公務も精一杯頑張りましたが、私には荷が重すぎました。卒業後は臣籍降下したい」と願い出た。
父王は長い長い間、黙って目を瞑り「わかった」と重々しく答え、叔父を立太子させると発表した。
叔父とリエッタの結婚式が盛大に行われ、続いて叔父の立太子の儀が行なわれる。
私はカリーナと一緒に見守る。
私は心から叔父とリエッタを祝った。
叔父と父は私に色々と気を使ってくれた。
私に公爵位をと言ったが、私に公爵は務まらないと、辞退した。
折衷案で、伯爵位と決まった。ホントは子爵か男爵で良かったくらいだが、いくらなんでも元王族が男爵位はありえないと言われた。
せめて広い領地をと言われたが、私の能力では、面倒見きれないので小さな領地をと願い出た。
結婚したいと思う相手が現れないまま、私は臣籍降下して、ハスバルト伯爵として王都に近い、小さいけれど、裕福な領地を頂いた。
領地に引っ込むと、時折来る夜会への誘いを三度に一度くらい受け、参加した。
私の準備をするのはカリーナと、その娘のレヴィ。
私は、一つ年上のレヴィに結婚の申込みをしているが「恐れ多いです」と断られている。
「レヴィに断られ続けたら私は一生独身だな」
と言って、そう笑っている。
「伯爵家の私なら、子爵家のレヴィと釣り合いが取れてちょうどいいと思うんだけど、どうしても駄目かい?」
そう情けなく、レヴィの重荷にならないよう、笑いながら聞いている。
私に関わり合った女達は、他の誰かと、結婚している。
夜会で挨拶した時にはそれなりにやっているように思う。
アイリスだけは幸せそうには見えなかった。
一年ほど掛けてレヴィを口説いて、やっとレヴィの了承をもらって、父王と王妃に結婚したい相手がいると伝えた。
王妃は私を見ると怯えるが、父と叔父二人で喜んでくれ、祝ってくれた。
伯爵家に見合う小さな結婚式で、レヴィを幸せにする約束をして、宣誓した。
結婚から一年後にレヴィに似た女の子が生まれ、その翌年も女の子に恵まれた。
出来ることなら男の子は生まれてほしくないと、私は思っている。
新興のハスバルト家など潰れたっていい。
王家に担ぎ出されさえしなければいい。
私は何度も繰り返した人生の中で一番長生きしている。
三人目の子供も女の子で、四人目の子供も女の子だった。
レヴィに「男の子を産めなくてごめんなさい」と謝られ、私は驚いた。
私は男の子を望んでいないことをレヴィに初めて伝えた。
「男の子は望んでいないんだ。できればできたで嬉しいかも知れないが、男の子は生まれないでくれと願っている」
レヴィが目を丸くして驚いている姿が可愛らしかった。
「王家に担ぎ上げられると命に関わるからね。私の子供達にはそんなものには関わらず、幸せに暮らして欲しいと思うよ」
レヴィに今まで伝えていなかったことを謝り、私は今とても幸せだと伝えた。
叔父は長く王位を退かなかった。
いや、退けなかったらしい。
叔父の子供達全員が王位を望まなかったのだと聞かされた。
孫たちが成人して、王位を継ぐ才がある子がやっと現れた。叔父はその孫に王位を譲ってやっと楽になれたとこぼしていた。
ハスバルト家はアーロンの望みを叶えているのか、呪いなのか、たまたまなのか、分からないが女児しか生まれなかった。
スレヴァン陛下が女子でも爵位が継げるように法律を変更してくれた。
そのおかげでハスバルトは失爵することなく続いていく。
私が何度も人生をやり直した理由は解らない。
不幸な死で終わるのではなく、幸せな結末を迎えられたので、本当に感謝している。
もしかすると、叔父の子供達も何度も人生をやり直して、王位を諦めたのかもしれない。
そんなふうにふと、考えた。
きっと王位には、つくべき者以外、つくべきではないのだろう。
私はこの世界では長寿と言われる年まで生き、孫と曾孫に囲まれて、二度と目覚めない幸せな眠りについた。
Fin
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アーロンが亡くなってから二百と数十年の時が流れた。
ハスバルト家の子孫達は何人子供を産んでも、女の子しか生まれなかった。
外へ出た子も、そのまた子供達もだ。
王家はスレヴァン陛下の時代のように、長く続く王の代と次世代へと早く移り変わる時があった。
王位継承で、揉めることは一度もなく、なるべきではない王子は王位へとは就かず、連綿と続いていた。
どの王も失策は無く、国は豊かで、困窮するものはいない。
カインランデという王太子がハスバルトの三女、カルナリーゼを選び、婚約した。
女児しか産まないハスバルトとの婚約を喜ぶものは少なかった。
カインランデは十九歳で王位を継ぎカルナリーゼと結婚し、二人の間に男児、ライディーンと名付けられた子が産まれた。
その年、同じくして、魔王というものが誕生した。
この世界では初めてのことだった。
今まで見たこともない凶暴な野生動物が増え、魔物と区別されるようになった。
魔物は強靭で、野生動物のように簡単には退治できなかった。
魔王が生まれた同時期、不思議とどの国も同世代の王太子と王女が多く産まれていた。
魔王は一年経つごとに力を蓄えていく。
人間では歯が立たない。
人間も弱いままではなく、強く逞しくなっていく。
けれど、魔物の成長には追いつけなくて、魔物の優位は変わらなかった。
各国の王子、王女も何時か戦わなけれならない可能性を考え、幼少の頃から剣技を鍛え磨かれた。
王子、王女の成長とともに、魔物が増え、どの国も軍事に力を入れた。
けれど全ては防ぎきれず、世界中に魔物の被害が及んだ。
人間に絶望が生まれ始めた頃。
ライディーンが十六歳の年、魔王が世界へと一斉攻撃を仕掛け始めた。
七人の魔王の配下の魔族が魔物を操り人間界へと進軍していく。
人間に甚大なる被害が出してしまう。
各国の王太子と王女が力を合わせ魔王を退治するために集められた。
王子たちは全員、勇者と呼ばれた。
勇者代表としてライディーンが選ばれ、魔王討伐のリーダーを任された。
ライディーンは普通では出会うことがなかった遠方の小さな国の王女ルリと出会い、心が結ばれた。
ライディーンとルリの心の結びつきが強くなるほどルリに特殊な力が備わった。
ルリは勇者達の無事を祈り、世界を守るために祈りを捧げた。
ルリに感化された王女達も祈る。
その祈りを見た民衆達も祈りを捧げ、世界の心は一つになった。
その祈りが勇者と王子達に勇気と力を与えた。
王子達が七人の魔族を倒し、ライディーンが魔王と戦っていた。
魔王は「必ず私は復活して見せる!!」とライディーンへ言いながら、この世界から消えた。
魔王の死後、魔物の力は弱くなり、数が増えなくなった。
世界へ魔王を討伐したことを発表し、ライディーンとルリは結婚し、王となった。
王族は連綿と続く。次代の勇者を産み落とすために。
ハスバルトはライディーンが産まれてから男の子も産まれるようになった。
そして、ハスバルトは侯爵家へと昇爵した。
後に、勇者と聖女たちは、何度も魔王に負け、人間が全滅する世界を何度も経験したと言った。
その度に時間が巻き戻り、何度も何度もやり直すことになったと。
ようやく人間が勝ちを掴み取って、巻き戻りが止まったのだと。
この世界に神がいるのかどうかは解らない。
けれど、神がいるのなら、きっと人間の味方でいてくれるのだろう。
やりなおしの神が祀られるようになったのは平和が訪れてすぐの頃のことだった。
おしまい
いかがでしたでしょうか?
お付き合いいただきありがとうございました。
Finの後に物語が続くのはどうかと思いましたが、アーロンの話は終わりなのでFinとしました。