望まない三度目の巻き戻り
腹を押さえて口から血を吐き出している瞬間だと感じて、飛び起きた。腹からも口からも血を流していなくて、夢を見て目が覚めたのかと一瞬戸惑う。
いや、夢ではなかった。本当に体験したことなのだと思い出す。
また巻き戻ったのか・・・。
もう嫌だと思ったはずだったのに。
生々しい剣に貫かれた己の体。
焼け付くように熱く、なのに徐々に体温を奪われて冷えていく。
体が小刻みに震え、その振動で腹に刺さった剣が新たに傷を広げていく。
ジタバタと自分の下で動いて、私を愛していないと言ったアイリス。
マーノリアとアイリスに関わってはいけないと自分に言い聞かせる。
・・・そうだ、リエッタとも関わってはいけないんだ。
忘れるな!忘れてはならないっ!!
けれど、記憶に薄い靄がかかってしまう。
今までよりも記憶が残っている気がする。
やはり婚約者候補との初顔合わせの日に舞い戻っている。
私の運命はこの日を境に死へと向かっているのだろう。
今度こそカリーナを殺させない。
そして私自身も死んだりしない!
コンスタンス家に気をつけていればいいのだろうか?
それとも一度目の犯人なのだろうか?
犯人を知っている時と、知らない時があった。
一度目の時は詳細を調べずに実行犯を処刑して終わらせてしまったことを今更ながらに悔やんだ。
王妃が「マーノリア・コンスタンスを選びなさい」と今回も言ってきたので「コンスタンス家と関わると母上が父王に殺されますよ。父王が何も知らないなどと思わないほうがいいですよ」と伝えた。
母は狼狽えて私に「何を知っているのですか?」と聞いてくるので「何もかも知っていますよ。父王も私も」と言うと、慌てて私の前から居なくなった。
十三人の女の子達が並び、私に選ばれたくて希望に満ちた顔をしている子と、興味なさげにしている子が居ることに初めて気がついた。
今までずっと、私は私に興味ない子ばかりを選んでいたのか!
全員私に選ばれたくてここに居るのだとばかり思った。
マーノリアもリエッタも興味なさげにしている。
私に選ばれたがっている子を選べばいいのかもしれないと思いつき、話してみて一番感触の良かったミリノア・ドットウェルという女の子を選んでみた。
女の子を選んだ瞬間から警報が鳴り出した。
この子も駄目なのかと、今回の人生も諦めるしかないのかと悔しくて悲しかった。
なんとかしてこの警鐘を鳴り止ませる方法はないのか必死で考えるが、いい思いつきはないまま時は過ぎて行ってしまう。
私は一体どうすればいいのだ?!
あまり物事を考えない私が、必死に考えた。
叔父とリエッタの婚約が整い、私の婚約と叔父の婚約の発表が同時にされた。
そして「誰を次代の王にするのかまだ決まっていない」と発表された。
やはり叔父とリエッタは一緒になって、王位は叔父のものになるのだろうか?
私の手に王位は落ちてこないのか?!
私は王位が欲しいのだ!
そのために産まれてきたのだからっ!!
週に一度のミリノアとの交流はうまくいっていた。
今までにない出来事だった。
私は少しいい気になっていたかもしれない。
ミリノアは私に強く関心を持っていて、私に愛されたがった。
ミリノアの両親は私の後ろ盾として采配を大いに振るった。
カリーナは苦い顔をして、そのことに不快を示していた。
「坊ちゃまが必要としている時に助けてくれるのならば喜ばしいことだと思いますが、坊ちゃまの意志を無視して己たちの都合のいいように力を振るうことは許せません」
カリーナはそう、不満を口にしていた。
そういえば、リエッタとの婚約以外の時は同じことを言っていた気がする。
王妃である母の行動にも不満を言っていた。
「王妃様はご自身の力を求めすぎです。王妃である以上一歩も二歩も下がって、陛下や坊ちゃまを立てるものです」
と・・・。
リエッタとの婚約の時には王妃がカリーナを殺して、他の婚約者の時は、婚約者の実家が殺していた・・・のか?!
そんなまさかと思いながらも、その疑いを打ち消すことはできなかった。
隣国の王族がやって来て、私より年下の王族がミリノアをいたく気に入り、何度も会って、仲睦まじげにしていた。
少しミリノアに苦言を申し立てると「申し訳ありませんでした」と謝罪はするが、隣国の王族が滞在する間、私に隠れて逢瀬を重ねていると報告された。
隣国の王族は、予定よりも早く切り上げて帰っていった。
ミリノアはそれから私への態度が変わった。
今までは私に愛されたがっていたのに、私との距離が一気に遠くなり、視線も合わせなくなってしまった。
十二歳になるとやはりカリーナが殺された。
犯人は一度目、二度目、三度目全員違う相手だ。
私の想像通り、犯人はドットウェルだと判明した。
私を助けるべき者たちが、なぜ私の母代わりのカリーナを殺すのだ。
私は今までにないほどショックを受け、生きる気力を失った。
私はミリノアにも興味がなくなり、婚約解消を申し入れた。
ミリノアは喜んで受け入れた。
父王も私を後押しした。
王妃だけは不平を言っていたが、私と父王の意見には逆らえなかった。
頭の中の警鐘は大きなままで、小さくならなかった。
婚約解消が整うと、ミリノアは隣国の王族と婚約を結んだ。
そして父王はカリーナを殺した主犯としてドットウェルの当主を捕まえ断罪した。
調べが進むごとに王妃との癒着も顕になっていく。
ドットウェルは王妃に指示されたと叫んでいたという。
一族郎党、降爵した家と失爵した家に別れた。
ミリノアは隣国の王族に助けを求めたようだが、婚約破棄され、その後、行方は解らなくなってしまった。
ミリノアヘも重い処罰が下りているが、ミリノアの行方は分からないままだった。
王妃もただでは済まされなかった。
北の塔へと幽閉された。
父王は私の後ろ盾が一つ減ることになると言ったが、私の大事なカリーナを殺したのだから、厳罰を望むと伝えた。
学園に入学すると前と同じように五十番程度の成績で、生徒会に名を連ねた。
婚約解消をしたからだろうか?今までと違い、学園の中で女の子達に纏わりつかれて困ることになった。
家庭教師に早く婚約相手を見つけなさい。と助言され、父王に私の婚約者を決めてくれと頼んだ。
爵位の高い者たちは既に婚約しているものばかりで、唯一伯爵家でまだ婚約していないコルベット・バルバインという子と顔合わせをして、本人たちの意向は関係なく婚約が結ばれた。
王妃教育が大変だからと週に一度のお茶を断られ、その代わり、学園の昼食を一緒に摂ることにした。
コルベットは喜んでくれて、楽しい昼食時間を送れていた。
なのに警鐘は大きくなり、鳴り止まない。
潮が引くように私の周りに女の子が居なくなり、アイリスは私の周りをウロウロしていたが、私の不幸の元だと今回は解っていたので近寄らなかった。
二度目より三度目と覚えていられることが増えていっているのに、私の人生は上手くいっていない。
警鐘はガンガン大きな音で鳴り続けている。
今までの人生ではなかった、学園二年目の夏休みに父王に頼まれて国の端にある川の治水工事の進捗を見に行く公務を任された。
物珍しくその工事に見入った。
この工事で、助かる人がたくさんいるのだと説明を受ける。
こういう費用をなんとか国で負担してほしいとも陳情された。
最終日まで何事もなく終わり、工事に携わる人達によろしく頼むと伝えて帰路につくことになった。
山の下り道で、上からパラパラと小石が落ちてくる。
馬車の天井にパラパラと音がする。
音が聞こえ、車窓から見上げるとミリノアとよく似た影を見たような気がした。
後方に居た護衛達が「危ないっ!!」と叫んだ声が聞こえたが、何が危ないのか解らないまま、馬車の天井に衝撃を受け、馬車が横倒しになって、下へと落下していった。
馬車の中で体が浮き上がり、二転三転しながら大きな衝撃を受けて、馬車の上に大きくて思い何かが落ちてくるのを体で知った。
意識を取り戻し、あまりの痛みに叫び声を上げる。
遠いところから護衛騎士たちの声が聞こえる。
壊れた馬車の破片が体中に刺さり、大きな岩が下半身を潰していた。
護衛たちの私を呼ぶ声が、だんだん小さくなり、私は死んだ。
今までで一番早い死亡だった。
また巻き戻り、婚約者候補の四人目、五人目・・・と全員と婚約してみた。
いずれも婚約者候補の初顔合わせの日に巻き戻り、リエッタ以外は皆、私を殺した。
刺されたり、毒をもられたり、暗殺されたり・・・。
カリーナも助けることはできずに毎回、婚約者に関わるものに殺される。
色々な方法で。
殺される理由は、王妃が邪魔だと思うから・・・。
たったそれだけの理由だ。
その証拠を掴んだ巻き戻りの時、カリーナを殺される前に王妃を暗殺してみた。
王妃を殺すのが遅すぎたのか、それでもカリーナを助けられなかった。
巻き戻りと同時に王妃を殺した時ですら、婚約者の関係者にカリーナは殺された。
私がどんなに頑張っても守れない。
もう、嫌だ・・・。
警鐘はガンガン鳴り続けている。
私はもう、静寂の中で眠りたい・・・。
流石にちょっと嫌になってくるかもしれませんが後一話です。
納得してもらえると思うのですが・・・。