望んだ二度目の巻き戻り
巻き戻りは何を望んでいるのでしょうか?
アーロンは腹と喉を押さえて飛び起きた。
苦しんで死んだことを思い出し、ここがどこか解らない。
周囲を見回すと、子供の頃の部屋だと思い出す。
手のひらを見て、きっと九歳の婚約者候補と初めて会う日からのやり直しなのだと思い出す。
カリーナが部屋に入ってきて、その姿を見て、私が十二歳になったらカリーナが死ぬことをまた思い出す。
今度こそ死なせたりしない!
何故忘れたんだろう?!今度は忘れたりなんかしない!
今度こそカリーナを助けるんだ。
婚約者候補を母が選んだ相手を選べば死から逃れられるのだろうか?
王位継承は?
私は二度とも掴み取れなかった。
始めから望まなければいいのではないか?
そう頭をかすめたが、私は王位が欲しかった。
王位を手にするために育てられたのだ!
どうしても手に入れたかった。
前回と全く同じように十三人の女の子達が並ぶ。
母が選んだマーノリア・コンスタンスと交流をしようとするが、嫌々ここに来ているのか、反応が薄くて私を拒否しているかのように見える。
本当にこのマーノリア・コンスタンスを選んだら死なずに済むのだろうか?
疑問は大きかったがリエッタを選ぶことだけはあり得なかった。
リエッタは駄目だ。絶対駄目なんだ。
一度目と二度目では死に方が違った。
だが私はどちらでも、死んだ。
何もかも手からこぼれ落ちていった。
アーロンは自分の愚かさには目を向けなかった。
記憶にかすみがかかり始める。
リエッタを選んではいけないと、心の中で言い続け、母が選んだマーノリア・コンスタンスを選んだ。
頭の中の警鐘は大きくなった。
この警鐘は無視してはいけないはずだ。
意味があった。
そう思う尻からやはり忘れていく。
ただ前回とは違い、覚えていることもあった。
父王と王妃の前で「マーノリア・コンスタンスを選びました」と伝えると父王はがっかりした顔になり、王妃は喜びに打ち震えていた。
カリーナは「王妃の口車に乗せられてはいけません」と私に言っていた。
マーノリアとは何度会っても、まともな交流が持てず、私も周りもため息だけが漏れる。
マーノリアは毎回王妃に呼び出され、叱責を受けていると従者が言っていた。
それでもマーノリアの態度は良くならない。
いずれ王になる私がなぜ、婚約者のご機嫌を取らなくてはならないのか?
腹を立てながらマーノリアとの交流を続けた。
頭の中では大きな警鐘が鳴っている。
この警鐘を軽く見てはいけない筈だと思うが、なぜ警鐘が鳴るのか覚えていない。
前世とは違う道を選んだはずなのに。そう思う。
一体何が悪いのか?
叔父とリエッタが婚約した。王位は叔父か、私かはまだ決められないと父王が発表した。
私は驚いて、少し気が立った勢いのまま父王を問い詰める。
「父上、私が父上の跡を継ぐのではないのですか?!」
「コンスタンス家は駄目だ」
「ですが母上が望んでいた相手ですよ!!」
父王は一度きつく目を閉じ、開いた。
「自分で人を見抜く目を育てなさい。今後、コンスタンス家と王妃に巻き込まれないように気をつけなさい」
それっきり父王は私には何も話してくれなくなった。
父王に言われたことが理解できなくて、悶々としていたが、頭の中の警鐘は小さくなっていた。
警鐘が小さくなったから大丈夫だと自分に言い聞かせる。
私の死は遠のいたはずだ。
父王はコンスタンス家は駄目だと言った。
もしかしてまた私は次代の王になれないのか?
私が王になるために人生を何度もやり直しているのではないのか?
私とマーノリアの交流が上手くいかない事に腹を立てた王妃と、コンスタンス家が、私達の交流のためのお茶会に参加するようになった。
マーノリアが度々怪我をして、交流の場にやってくるようになった。
警鐘が大きくなり、私にとって今の状況はまずいのではないかという思いでいっぱいになる。
二〜三度は私達をなんとか仲良くさせようとしていた王妃とコンスタンス家は、諦めたのか、四度目には王妃とマーノリアの両親の交流が盛んになっていった。
隠語で会話される大人たちの会話に、ますます危機感が募った。
私達子供がいないところでも王妃とマーノリアの両親が会うことが多くなり、警鐘は少し大きな音を立てて鳴っていた。
相変わらずマーノリアの体は傷ついている。
隣国の王族の訪問があり、今回は粗相はせずにやり過ごすことができた。
マーノリアは何も役に立たなかった。
始終つまらなそうな顔をして、私の足を引っぱった。
マーノリアを私の婚約者にしているのは不味いのではないかという思いが強くなる。
今回は覚えている。
カリーナが殺される時期が来ていて、私はカリーナに「傍を離れるな」と伝えたが、カリーナはあっけなく私の代わりに暗殺されてしまった。
失意のどん底でなぜカリーナが殺されなくてはならないのか調べさせると、コンスタンス家の名前が上がってきた。
なぜだ?なぜコンスタンスがカリーナを殺す必要があるんだ?
「証拠は何もありませんが、殿下を慰める役はマーノリア様でなければならないと言っている者が居たとか・・・。
それと、残念なことですが・・・カリーナを殺した犯人が惨殺されているのを見つけました」
前回ではカリーナを殺した犯人はその場で取り押さえられたのに、今回は逃してしまっていた。
一度目と二度目で犯人も違うのだろうか?
父王にカリーナをコンスタンス家が殺した可能性はあるのかと聞くと、父王は黙って目をつむり、私の問いに返答はくれなかった。
私は独自にコンスタンス家をもっと深く調べるよう頼んだ。
何が狙いなのかは解らなかったが、ほんの二〜三日で王妃とコンスタンス家の癒着の証拠が出てきた。
私はその証拠を父王に渡すよう指示して、もっと深くコンスタンス家を調べるように頼んだ。
学園に行く年になり、やはり五十番程度の成績で、三度目の試験なのにと自分に自信をなくし、マーノリアの成績はもっと悪く、底辺をうろついていた。
私はやはり生徒会に名を連ねることになり、名誉職に何の意味があるのかと、不満が募った。
父王はコンスタンス家に対して何も手を打たなかった。
父王に尋ねると私の婚約者の家をどうにもできないと言われてしまった。
だたコンスタンス家には釘は刺したと言っていた。
カリーナの無駄死にだと私はその日、一人で泣いた。
頭の中の警鐘はさほど大きくはないけれど鳴り続けていた。
噴水の前でピンクブロンドの女の子が途方に暮れている。
私はどうしたのかと尋ねると、噴水を指差し「私の教科書とノートなの」と答えた。
警鐘がガンガン鳴り出して鬱陶しいが、リエッタと婚約していないことで私は安心していた。
ピンクブロンドの髪を見て、この子は私が愛すべき子だと、なぜかそう思った。
警鐘は五月蝿く鳴り響いままだ。
警鐘を無視してはいけない・・・。
それは覚えているんだ。
警鐘が鳴る理由を教えてくれ!!
ピンクブロンドの女の子は最近男爵家に養女として迎え入れられたばかりなのだと言い、名はアイリスだと話す。
そうだ。アイリスだった。
二人でベッドの上で楽しんでいる姿や、私に自信を与えてくれていたのを思い出す。
そうだ、アイリスが私の唯一無二の大事な女性だ。
そうだ!アイリスは・・・?
私に屶を振り下ろすシーンが思い出された気がした?
記憶に靄がかかっていく。思い出したいのに思い出せない。
貴族の女性のような冷ややかさはなく、温かく私を受け止めてくれるのが心地よくて、私は今回もアイリスと一線を越えた。
一度越えてしまった一線は、簡単に越えることに躊躇がなくなり、学園でも、王宮でも私とアイリスの噂が飛び交っていると従者に諌められた。
それでも私はアイリスとの逢瀬を止められず、私の部屋でアイリスと繋がっている時に、マーノリアが部屋に乱入してきた。
警鐘はガンガンと他の何も聞こえなくなる程に鳴り響く。
そして私はマーノリアに串刺しにされた。
令嬢のこの細腕のどこにこんな力があるのだろう?
私と一緒に串刺しにされているアイリスが「いたい・・・たすけて」と唇が動く。
私も同意見だ。
私達は死ぬまでに長い時間がかかることになる。
「王太子殿下との交流の態度が悪いと両親から折檻を受け、私に苦痛と屈辱を与えた殿下には長く苦しんで欲しいものです」
マーノリアは好きな人が居た、私の婚約者になどなりたくなかったのだと狂ったように笑いながら話す。
私を選んだくせにこんな節操のない女と汚らわしいことをしているなんてと恨みつらみを言い、私のせいで、両親もきっと陛下に簒奪の容疑で王妃共々殺されるだろうと言った。
三度目の人生も上手くやれなかった。
警鐘は鳴り続けていたのにどうして無視してしまったのだろう?
浅はかな私には幸せも、王位も掴めないのか?!
どうすれば私は上手く生き残ることが出来るのだろうか?
マーノリアの高笑いが耳に残る。
アイリスが口から血を吐いて助けを求めるが、二人一緒に剣で縫い止められていて動くことができない。
アイリスは「こんなはずじゃなかった。ただ贅沢をしたかっただけなのに・・・アーロンなんか愛していないわ。だから助けて」とマーノリアに必死に言い募っている。
マーノリアは私に向かって「ざまを見ろ」と言って暫く私達が苦しむ姿を楽しんでいた。
アイリスが何も話さなくなり、動かなくなって息をしなくなった。
マーノリアは満足したのか、つまらなくなったのか?私の死を確認もせず部屋から出て行ってしまう。
もう、何度繰り返しても私は幸せも王位も掴めない。
アイリスなんかを愛したりなんかしなければ良かったと後悔して、人生をやり直したくない。
もう楽になりたいと思いながら・・・。
私の息も止まった。
誤字報告ありがとうございます。
感謝しております。