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一度目の巻き戻り

幸せにはなれない巻き戻りの始まりです。

 アーロンはこの手に抱いていたピンクブロンドの男爵令嬢、アイリスに「明日も早いわ。早く寝ましょう」と言われてベッドで目を瞑った。


 アイリスはこの辺境の地に来る事になった頃は、手もつけられないほど暴れ、私に「こんなはずじゃなかった。私は無関係よ!!」と私を罵ってばかりだったが、落ち着いたのか、最近は大人しくしてくれている。



 疲れが酷くて、アイリスと楽しむ元気もなく目を瞑ると直ぐに眠気がやってくる。

 どのくらいの時間が経った頃だろう?何か物音がしたような気がして、意識が目覚めへと引っ張られた。

 目を開けると、アイリスとその父親が私をニヤニヤとした顔で見下ろしていた。

 なんだ?!そう思った時にはアイリスと、その父親が屶を振り上げているのが見えた。

 

 叫び声を上げるまもなく、自分の頭に屶がのめりこむ音が聞こえ、激痛を感じて、こんな人生は嫌だ。

 どこで間違ったのか?

 人生をやり直したいと最後に神に祈った。




 激痛を感じて目が覚めて、飛び起きる。

 見覚えのある豪奢な部屋が目に映る。

 どういうことだ?!

 額の汗を拭おうと手を挙げると、その手は子供ほどの大きさしかなかった。


 ベッドから飛び降りて姿見で自分を映すと八〜十歳位にしか見えなかった。


 さっきまでのは夢だったのだろうか?と考え、あの激痛が夢だったはずはないと、思う。


 私の乳母だったカリーナが「あらお珍しい。起こされる前に起きているなんて」と言って、朝の身支度をしてくれた。

 カリーナは死んだはずだ・・・。


「私は何歳だったっけ?」

「坊ちゃま、寝ぼけていらっしゃるのですか?」

「いや、一応、確認したくて・・・」


「坊ちゃまは九歳ですよ。今日は坊ちゃまの婚約者候補達との初顔合わせの日ですよ。坊ちゃまが気に入るご令嬢が居られるといいですねぇー」

 朗らかなカリーナの声に張り詰めていた気持ちが凪ぐ。

 

 カリーナは私が十二歳になってすぐの頃に死ぬんだ。

 今度は失いたくないと心に刻みつける。

 今度はカリーナを守らなくてはっ!!


 何が理由で死んだんだったか?

 ついさっきまでクリアだった思考に、靄がかかったような感じがして、はっきりと思い出せない。

 十二歳でカリーナが死ぬ。

 何度も自分に言い聞かせ、ふと自分が死んだ時の状況を思い出す。アイリスに殺されたんだ!


 そう、はっきり思い出したのに、また意識に霞がかかり衝撃的な記憶が薄らいでいった。



 婚約者候補達に会う準備が整い、私が行くのを待っていると聞かされ、全員が私のことを待ち焦がれているのだと感じて、自分の価値が上がったような気がして誇らしく思った。


 十三人の婚約者候補の女の子が並び立ち、私に挨拶をしてくる。

 一際目立つのがリエッタ・スツルスだ。

 前の人生でリエッタが婚約者だったはず・・・。

 せっかく思い出したのに、また記憶に霞がかかって行ってしまう。

 リエッタを大事にしなくては・・・。


 さっきまで覚えていたはずの前世の記憶が、掌から砂がこぼれ落ちるように、思い出せなくなっていった。



 王妃である母が、ガラスケースに入れて大事にしている人形のようにリエッタは可愛らしかった。

 一目でリエッタが気に入ったが、心のどこかでリエッタを選んではいけないような気がした。

 けれどリエッタ以外に私の興味を引く相手はいなかった。


 私も母のようにガラスケースにリエッタを閉じ込めてしまいたい・・・。

 けれどケースに入れてしまうと、触れることができなくなることを思い出し、閉じ込めることを諦める。


 リエッタが気に入ったとはいえ、誰か一人だけを優遇するようなことをしてはいけないと従者とカリーナが言うので、全員と、同じ時間だけ会話をした。


 弾まない会話だったり、前のめりになって近寄ってくる令嬢達に恐れを抱いた。


 おざなりだったのは仕方ない。私はまだ子供だ。

 頭の中で警鐘が鳴っている気がしたが、私はそれが何の警鐘なのか解らなくて、あえて聞こえなかったことにしてしまった。


 女の子達が帰っていくと父王と王妃との面会をすることになる。

「リエッタ嬢が気に入りました。彼女と婚約したいです」と伝えた。

「良い相手を選んだ。アーロンには見る目があるのかもしれんな」と父王は喜び、王妃は不服そうだった。



 翌日、王妃の私室へ来るよう呼び出され、母にかまってもらえると思って、喜んで王妃の下へ伺うと、第一声が「わたくしはマーノリア・コンスタンスを選びなさいと何度も言ったでしょう!!」という怒声から始まった。


「ですが、マーノリアは可愛くもないし、愛想もありませんでした。会話も弾みませんでしたし、マーノリアはありえませんでした」


「スツルス家では私の力が及ばないではないですか!」


 王妃の力が及ぼうが、及ばまいが私の知ったことではない。そんなことで私の一生の相手を選ぶことはできない。


 父王の子供は私以外全員女の子ばかりで、男子は私一人しか産まれていない。

 私は唯一の男子だった。

 

 王位継承権を持っているのは父王の弟である叔父上・・・、とはいっても私とはたった三歳しか年は離れていない。

 王弟スレヴァンは最近、父王に進言していた。

「立派な男子が育ったのだから、私の王位継承権を下げてください」


 この事で私を脅かす相手は実質いないのだ。

 母が必要以上に力を持つ必要などない。

 いらぬ口を出されるくらいなら、力を削いでおきたいくらいだ。


 婚約者候補選びの日からずっと、警鐘が頭の中で鳴り響いていた。



 リエッタの誕生日が私より後だったため、リエッタが十歳になるのを待って、婚約が整った。


 婚約式が行なわれる直前、リエッタと二人並んで座って待っていたとき、母のガラスケースの人形の話をして、リエッタをガラスケースに閉じ込めたいと思ったと伝えた。


 この時、より一層、警鐘が強く鳴り響いた。


 リエッタは笑顔のまま「閉じ込められるのは嫌です」と答え、その日から私に興味を失ったかのように、私の方を見なくなった気がした。


 互いの両親のサインの下に、私とリエッタのサインがされて、何事もなく婚約式が終わった。


 これで可愛らしいリエッタが私のものになったのだと思って、キスをしようとしたら、リエッタに強く拒絶されてしまって面白くなくてそれから暫くリエッタの事を無視してやった。


 無視すれば私に許しを請うてくると思っていたのに、リエッタは私が無視する間、相手にしないつもりなのか、リエッタも私には話しかけてこなかった。


 頭の中の警鐘がひときわ大きく鳴り出した。


 前にも同じことがあった?!

 思い出さなくてはいけない事があるはずなのに、霞がかかって思い出せない。

 思い出したいことに手がかかるのに、掴みそこねてしまう。そんな感じがする。


 ガンガンと警鐘の音が鳴り響く。


 漠然と、今のままでは駄目だということだけは、理解していたが、何が駄目なのか解らない。



 ある日を境にリエッタは私を無視できなくなった。

 隣国から来た私より幼い王子がとても丁寧な挨拶を私にしているにも関わらず、私は横柄な態度でそれを受け入れたのだ。

 相手が年下なのだからそれでいいはずなのに、従者もリエッタも、王妃も父王までもが私を叱りつけた。


 相手がいくら年下でも、他国の王族に失礼な態度だと言い、しつこく叱ってくるのだ。

 何が悪いのかと腹は立ったが、あまりにも叱られたので、謝罪して「これから気をつけます」と一応言っておいた。


 隣国の王族は笑って許してくれたのに、私の教育を厳しくしなければならないと皆が言い、私は朝から晩まで家庭教師が付けられることになった。



 十二歳になり、カリーナが私を庇って刺されて死んだ。

 そうだ!カリーナが死ぬことを私は知っていたのに、なんで忘れていたんだ?!

 悔やんでも、もうカリーナが戻らない。


 どうして何の対策も取らなかったのだろう。

 私は知っていた筈なのに。


 カリーナを刺した相手は私が王太子では、この国が滅びると喚き立て、捕らえられ、処刑された。


 カリーナを失って、私を甘やかしてくれる人は居なくなってしまった。

 カリーナが恋しくて泣いていても「王族たるもの心の内を表に現してはなりません」と叱られてしまう。


 唯一私を甘やかしてくれる相手が居なくなってしまった喪失感は誰にも埋めることはできなかった。



 この頃から私に向ける、父王の表情にも甘いものはなくなり、リエッタは父王と王妃に呼び出されることが多くなり、王妃教育だといって、私より厳しい教育を受けていると従者が教えてくれた。


 いくら厳しいといっても一日中家庭教師に付き纏われている私より厳しいものであるはずもなく、従者の愚かさに腹が立って仕方なかった。



 自分の内側から私自身がガンガンと壊れない箱の中から叩く、そんなイメージが思い浮かんだが、警鐘と同じく意味が分からなくて、同じように気づかなかったふりをした。


 週に一度のリエッタとのお茶会は、家庭教師とお茶の授業を受けているより厳しくて、カップの持ち方から、表情、会話の選びまでお小言を受けるようになった。


 窮屈な生活が嫌で仕方なかった。

 私に付き纏う家庭教師、小言を言い続ける従者。


 頭の中の警鐘は鳴り続けていたけれど、日常的に鳴っていたためにもう、気にならなくなっていた。



 十三歳になり、貴族だけが入学できる学園に入学した。

 家庭教師とリエッタの頑張りで成績はそこそこまであげることはできたが、それでも五十番以内に入れるかどうか程度だった。


 リエッタは首席入学を果たし、壇上で入学の喜びを話している。

 私よりも優秀なことに嫉妬と生意気だと思う気持ちに蓋はできなかった。 


 リエッタは成績で生徒会へ書記として入り、私は王族として生徒会へと迎え入れられた。

 私は生徒会になど入りたくなかったのだが、王族はいずれも生徒会へ入らなくてはならないと言われ渋々生徒会に名を連ねた。


 けれど役職も仕事もなく、ただ、王族であるということだけだった。


 私は初日に顔を出しただけでそれきり生徒会へと向かうことはなかった。

 

 警鐘は無視できないほど大きく鳴り響いていたけれど、意味を誰かに教えて欲しいと私は思っていた。

 ふと、前世のことを思い出す。私はこれからピンクブロンドの愛すべき少女と出会うはずだと。


 前世の淡い思いが形になってきて、過去の思いがまるで今の思いのように感じられた。

 名前は何だっただろうか?


 学業の他に帰ったら復習だ!予習だ!と言って家庭教師に寝るまでイビられる。

 学園の中でくらい自由にしても問題はないはずだ。

 早く私を幸せな気持ちにしてくれる、ピンクブロンドの髪の子に会いたい。


 ただ、気になるのは頭の中の警鐘が日に日に大きく酷くなっていくことだった。



 とうとう出会いの日がやって来た。

 噴水の中を覗き込んで途方に暮れているピンクブロンドの女の子がすぐそこにいる。

 そうだ、ここで初めて出会うんだった。


 私が幸せを感じるのはこの子といる時だけだった・・・筈だ。

 酷く頭が痛む記憶は何だったのだろうか?


 たしか、そう私を○○したのは、アイリスだった・・・はず・・・。

 頭の中の警鐘は、もう我慢ができないほど大きくなり私はその場に(うずくま)ってしまった。


 目の端に映るピンクブロンドの女の子は、噴水の前から立ち去っていった。


 警鐘が我慢できるくらいのものになり、ようやく立ち上がることができた時には、アイリスは居なくなっていて、迎えの馬車が私を待っている時間をとうに過ぎていた。


 帰宅時間に遅れたことを家庭教師に叱られかけたが、私の顔色の悪さに気がついて、家庭教師は慌てて医者を呼んだ。


 頭の中で鐘が鳴っている話をすると、「強いストレスを感じていらっしゃるのではないか」と診断された。


 父王と王妃にその事が知らされ、私を診断した医者とは違う医者と、話をするように勧められた。


 その日から、誰もが私に優しくなり、リエッタですら、私に口うるさく言わなくなった。


 私はこの状況に満足して、ずっと警鐘が鳴っていると言い続けた。

 実際に警鐘は五月蝿いほど鳴り続けていた。



 半年もした頃、父王と王妃が待つ部屋に呼び出され、向かうと王妃の絶望した顔と無表情な顔の父王、叔父のスレヴァンがいた。


 父王が私の顔色をうかがいつつ「具合はどうか?」と聞いてきて「変わりなく警鐘が鳴り続けています」と答えた。

 これで、公務から逃げられると思って言ったことだった。


「そうか、ならば仕方ない。この半年で心の病が治るようならと期待していたが、治らないのなら仕方ない。アーロンとリエッタの婚約を解消する」

「えっ?」

「次代の王に心の弱い者を据える訳にはいかない」


「私から王位継承権を奪う気ですか?」

 私が問いかけると王妃が「アーロンの体調が戻ることを望んでいましたが、体調が戻らないのでは仕方ありません。アーロンの立太子はできなくなりました」と涙をこぼして言った。


「誰が王位を継承すると言うのですか?!」

「スレヴァンに王位を譲ることになる。スレヴァンにはリエッタと婚約を結び直してもらう」


 叔父は「かしこまりました」と返事をして、リエッタが呼ばれ、リエッタも「かしこまりました」と受け入れた。

 誰も取り乱すことはなく、この部屋に呼ばれる前から決まっていたのだと気がついた。


 私は何も認めていないのに、リエッタと婚約解消させられ、王位も継げないと言い渡され、そのままその場で居ない者のように放置された。


 頭の中の警鐘は小さくなったけれど、鳴り響いていて、私は頭を抱えて蹲った。


 医者が呼ばれ、安定剤ですと言われクスリを飲まされ、私は眠りについた。


 薬の作用なのか思考が散漫で、私が王位を継げなくなったことが、ぐるぐると頭の中を回っている。


 叔父のスレヴァンが居なくなれば私が王位を継げるのだと思いついて、また警鐘が酷くなったが、私は剣を腰にぶら下げて叔父に会いに行った。


 頭の中の警鐘は徐々に大きく酷くなっていく。

 まるで叔父を殺せと言っているようにガンガン鳴り響く。


 叔父が私の様子を見て「大丈夫か?」と言って私の側に寄ってくる。

 頭の中の警鐘が五月蝿くて叔父が何を言っているのかももう、聞こえなかった。


 私は剣を抜き、叔父に切り掛かったが、自分の護衛に止められて押さえつけられた。


 またもや私の知らないところで話は進んでいき、捕縛されたまま父王と王妃の前に連れ出され「北の塔へと幽閉されることになる」と言い渡された。


 私は病気療養という名目で学園を退学させられ、北の塔へと連れて行かれ、閉じ込められた。


 私は発作を起こしたように「叔父が私から何もかもを盗み取った。殺してやる」と言って暴れた。

 暴れ疲れて気を失い、目覚めては暴れ続ける。

 警鐘の音が大きすぎて、誰の言葉も私には届かない。

 


 その日、何時もより豪勢な食事に気を良くしていた。

 頭の中の警鐘は一層強く鳴り響いていたが、その食事を堪能した。


 食事を終えると同時に、口から血を吐き、胃から血が溢れた。

 警鐘は諦めたみたいに鳴り止み、初めて警鐘の鳴らない静寂を知った。


 苦しんでのたうっている間に前世の事を思い出し、私はもっと真面目に人生をやり直して今度こそ幸せになるはずだったのだと思い出した。


 どこで失敗したのか考えたが、解らなかった。

 頼む。もう一度人生をやり直させてくれ!!

 今度こそ失敗しないっ!!


 そう思って私は事切れた。

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[気になる点] この回、繰り返し「警鐘の鐘」と出てくるんですが重複表現なので気になって気になって。挙げ句に「警鐘の鐘の音」とまで出てくるものだから。 と思いきや後半はずっと「警鐘」だけになってて。 重…
[一言] 前回の話でアイリスも一緒に潰されたのかと思ったら違ってたか。 となると黒幕が誰なのかすぐ解ったかも
2023/09/10 22:54 退会済み
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