時戻しの悪魔 下
ハッと目が覚める。知らないはずなのに、どこか経験したことあるような夢だった。
どこかの地下にいるようだ、確か庭への放火を疑われて・・・。少しずつ何があったのか思いだしていると、ボワッと白い光が灯る。やがてそれは人型へと姿を変えて、真っ白なロープの人物がそこに現れた。時戻しの悪魔だ。
「起きたみたいだね、イザベラ」
「・・・ど、どうして貴方が?」
「君はこれから放火魔として、処分が下されるだろうね」
「ど、どういうこと!?」
悪魔はチッチッと指を振る。まるで、何も分からない彼女を小馬鹿にするように。
「言ったでしょ?君は17歳には、悲惨な最期を迎えるって。それを受け入れて、時を戻したんだから」
「ま、待って!でもまだ、カーヴェルの婚約披露パーティーになってない・・・」
「何を言ってるの?ボクは一言も、そこまで生きているなんて言っていないよ」
た、確かに・・・そうだ。悪魔は何度も「時を戻すだけ」「手は出さない」と言ってきた。どうしようかというときも頑張れとしか言わない、それが決まり。そして17歳に悲惨な最期を迎えるのは、間違っていない。
「これでボクの契約は終わりだ、これからは他人同士ってことで。君はこれから罰せられて、再度、不衛生な修道院行きだね」
あの夢で見たような展開だ。だが、再度とは?
悪魔はバサッと、ロープを脱ぐ。初めて見た悪魔の顔は・・・白銀の長髪に、とても整った横顔で。本当にこの世の人間なのかと思うくらい、美しい男性だった。全く光が無い、渦巻き模様の瞳まで。
どうして、こんなにも似ている?カーヴェルの話から聞いた、エミリー王女と仲睦まじくした男性と。自分を捕らえた、生気の無い兵士の瞳と。
「貴方、何をしたの?何を知ってるの?」
「しつこいなぁ」とだけ悪魔が言えば、彼は掌からドス黒い色の炎を灯す。やがて腹いせのままに、バンバンと地面に放つではないか!その炎に、イザベラはとても見覚えがあった。
「その炎・・・じゃあ、庭に放火したのは!」
「契約は既に終わったんだ、今後ボクに関わらないでよ」
わなわなと、イザベラの中で恐ろしい仮説が浮かび上がる。もしエミリーに近付いたのが彼だったら、もし庭に放火したのも彼だったら。
どういうこと?悪魔は決して、手を出さないはずじゃ?どうして彼が、そんなことをするの!?イザベラはただ混乱していた。
「・・・あのさぁ、君はボクを便利屋だと思ってない?ボクは悪魔、コッチに利益があってこそ、契約は成立する。悪魔の契約は悪魔が優位さ、君はただこれからのことを受け入れろよ」
「で、でも!」
黙れという意なのか、バシッ!!と叩かれた頬。鋭い爪があったようで、ひっかき傷も出来ていた。
「まぁ君はどう足掻こうと、ここから出られないよ。さっさと受け入れてね、悪魔の契約の代償を」
「貴方は全てを踏み外したわね、悪魔の風上にも置けない」
ふと、誰かの声がする。ふと悪魔が振り向けば、何故か屋敷に残っていたはずのリコッタ・フォルムンの姿が合った。その後ろには、カーヴェルの姿も。
「義兄様!?屋敷にいらっしゃったのでは!?」
「私が連れてきたの、この悪魔に会わせるために」
カーヴェルは浮かない顔で、申し訳なさそうな顔で、2人を見ている。ふと気付いた悪魔が、ニコニコ笑いながら声をかけた。
「あぁ、カーヴェル・テムポット殿~。久しぶりだね、って記憶には残ってないか」
久しぶり?記憶に残ってない??悪魔の謎の言い回しに、イザベラはついて行けなかった。リコッタだけが冷静で、淡々と事情を話す。
「時戻しの悪魔はね、カーヴェル・テムポットとも契約をしたの。カーヴェルは、貴女を失ってしまった“本当の1度目の人生”をやり直すために」
真実は、あの夢が1度目の人生だったのだ。イザベラは王女を階段から突き落とした濡れ衣で修道院行きになり、衰弱死した。この事件で婚約は破棄、公爵家は田舎に隠居して、テムポット公爵夫妻は鬱に陥る。
様々なモノに追い詰められたカーヴェルに、時戻しの悪魔は契約を持ちかけた。同じように、不幸な最期を迎えることを条件に。
「僕はどうしても、イザベラ・・・君を救いたかった。王女より、君を愛したかった。君と結ばれ、テムポット公爵家を継ぎたかったくらいに。
全てに追い詰められていたとき・・・正しい判断が何か、分からなくなるだろう。救えるかもしれない、と思った瞬間、人は1番残酷になれるかもしれないな」
カーヴェルも、同じような思いを・・・?いや、そもそもカーヴェルも時戻しを・・・。色々なことが明らかになり、混乱してばかり。
そしてカーヴェルが迎えた2度目の人生。そこから悪魔は、おぞましい計画を思いついた。
まずは事実を歪め、王女とイザベラの性格を逆にした。そして嫉妬心に駆られる彼女を操り、揉み合いになる場面を作り上げた。彼女を守りたいカーヴェルが止めようして王女を突き落とし、牢獄に入れる。
そこで悪魔は嘘をつき、彼を毒殺。さらにはテムポット公爵夫妻を洗脳し、イザベラをわざと勘当させたのだ。全ては彼女を絶望させ、時戻しの契約を受けさせやすくするために。
そして今回、王女に男友達として近付きカーヴェルを不安にさせた上で、イザベラを王城に誘い出した。そして洗脳した兵士を利用して、あたかも放火魔として捕まえさせたのだ。
「つまり、この2人の片方と契約して、不幸を装い契約者を殺して、残された方と契約して再び時戻しを行う。記憶は契約者だけ残るから“永遠と契約を留めること”が出来る。悪魔にとって契約することが、自らの魔力や寿命を留める唯一の方法だから。
でも、1つ誤算があった。カーヴェル・テムポットも記憶を持ったまま、彼女の時戻しに巻き込まれたこと。まぁ彼がここまで隠してくれていたから、こちらにとって都合が良かったけど」
もしリコッタの言うことが正しければ、時戻しの悪魔は裏から工作していたことになる。口ではイザベラを救うと言っておきながら・・・全て裏で操っていた。結局は、悪魔の掌で踊らされていただけ。
「悪魔にとって最大限の有益になるなら、多少手を加えても良いじゃん。お堅いなぁ、っていうかキミ誰?眼鏡の女の子なんて、ボクの知り合いにいないんだけど」
「私の名前はリコッタ・フォルムン。イザベラ・テムポット様の専属メイド」
挨拶と共に響く銃声、見ればリコッタの手には小さな拳銃があった。全く見たことが無い、魔力を持った拳銃。おそらく普通の人間が持つことも不可能だ。
「そして貴方と同じ悪魔、ただし悪質な悪魔を取り締まる側。詐欺師並みの貴方の噂を聞きつけ、テムポット公爵家に潜入した甲斐があったわ」
再度響く銃声。悪魔同士のドンパチに巻き込まれまいと、慌ててカーヴェルはイザベラを時戻しの悪魔から引き離す。
ドス黒い色の炎が燃えさかる中で、甲高い銃声が鳴り響く。
どうやら1発が、時戻しの悪魔の心臓を打ち抜いたようだ。真っ赤に染まる胸元に動揺しているようだが、これくらいで悪魔が力尽きるわけもなく。彼はアハハと笑っていた。
「そうかぁ、さすが悪魔統制側の悪魔。分かった分かった、降参。諦めますよ」
「なら貴方は連行しましょう。テムポット兄妹に課した死を破棄しなさい」
「いいよー」と、すっかり時戻しの悪魔はあっけらかんとしているようだ。リコッタはまだ何かあるのではないかと、警戒を緩めない。相変わらずベラベラと無駄口を叩く悪魔だが・・・ふと、気になる話も。
「あとね、エミリー王女?結構ボク以外にも男友達多くってね。この前なんか、複数人の男を部屋に連れ込んでてさぁ、もう笑っちゃったよ~。あ、浮気現場の写真あるけどあげよっか?
これ公表すればさぁ、カーヴェルは婚約なくなる理由になると思うけど?」
●
●
●
死以外の不幸を受け入れる、というのを条件に受け取ったイザベラ達。国王などに確認を取った後、エミリー王女の男癖の悪さは真実だと明らかになるのだった。王女は王族としての態度を再度是正されることになり、カーヴェルとの婚約も白紙に戻される。
一方で王族と繋がることで利益を得ていたテムポット公爵家も、大きく傾くことになった。王都の一等地から田舎へと移り住んだ一族。さらには立て続けに色々なことが起きたため、テムポット公爵は体を壊し、しばらく療養することを余儀なくされた。
とはいえ両親も「大切な息子を、色狂い王女に食われなくて良かった」と安堵している。
「この調子なら、カーヴェルとイザベラの結婚も良さそうだな。お前達なら、テムポット公爵家を上手くやっていけるさ」
義父の突然の言葉に、呼ばれた2人は目を丸くする。
「実は元々、イザベラとカーヴェルは結ばせて公爵家を継がせようと設計しててな。王女との婚約で無かったことにしていたが、今になって再びそうしようと思っている。既に母さんにも話しているぞ」
そうだったのですか!?そしていつの間に!?色々驚くイザベラだが、隣にいたカーヴェルは優しく微笑む。
「お任せください父上。僕は必ず、イザベラと公爵家を幸せにしてみます」
堂々と言う彼の姿に、最初に出会って一目惚れした時と同じ衝動を覚えたイザベラ。頬を赤く染めつつ、ゆっくり頷くのだった。
ーーーあぁ、やっぱりキミはそういう顔が良いよねぇ。
そんな声に反応するかのように、1発の銃声が空を切る。公爵家の外でのドタバタは、誰にも気付かれず繰り広げられるのだった。
fin.
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。
ここに出た悪魔のスピンオフ書こうかな・・・(未定)。