時戻しの悪魔 中
カーヴェルとの婚約もあってか、エミリー王女とは度々関わることがあった。イザベラは懸命に淑女を演じ、良い友人として関わるように努める。
「イザベラさん、カーヴェル様はとても良い方ですね。あんな素敵な方を婚約者に持てて、私は幸せ者です」
「あ、ありがとうございます。王族との繋がりを持てて、私たちも光栄です。今後とも我がテムポット公爵家を、よろしくお願いいたします」
「えぇ、こちらこそ」
丁度同い年であるからか、エミリーはとても仲良く接してくれる。話せば楽しいし、お茶会も会話も和やかだ。どうしてこんなに優しい子を、あんなに虐めていたのだろうと思うほどに。
しかし義兄を褒められるのは嬉しい反面、複雑な気持ちでもあった。まだ心にわだかまりがあるのだろう。カーヴェルを婚約者に出来たことを、さも自慢するような物言いに聞こえてしまう。
諦めてこそ、自分の目的は果たせるというのに。それを嫌だと思っている自分と、完全に板挟みの状態だった。
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遂にイザベラは17歳を迎えようとしていた。意味のない社交界への顔出しも、何度かこなしてきて。ここまでは大きな問題を起こすこともなく、順調だ。
このまま義兄は王女と結ばれ、幸せになってほしい。それだけがイザベラの願いだった。7年経ってようやく、自分の下心を完全に消せた・・・はず。
そうしてエミリー王女の婚約披露パーティーまで、あと数ヶ月を切った頃。沈んだ顔のカーヴェルが、珍しくイザベラに相談しに来たのだ。顔色の悪い義兄を見て、イザベラはとても不安になる。
「最近、エミリー王女に嫌われてるんじゃないかと不安なんだ。半年以上、お茶会も一緒に出掛けることも、ずっと理由無く断られてしまって」
えっ、と思わずイザベラは声を出してしまった。まだ公表していないとはいえ4年以上、婚約者として仲が良かったというのに。時々会う彼女にも、特に変なところはなかったはずだが。
「うーん・・・もしかしたら、婚約披露の準備で忙しいのではないでしょうか」
「その・・・考えすぎかもしれないんだが。実はこの前、街先でエミリー王女が、他の男性と仲良くいるところを見てしまったんだ。
白銀の長髪に長身で、とても整った横顔で。本当にこの世の人間なのかと思うくらい、美しい男性だった。道行く人が皆、振り向いてしまうくらいに。しかもその男性に、彼女はエスコートされていて・・・」
そんな様子、1度目の人生では見たことがない。ちなみに金髪のエミリー王女には、兄弟はいない。
「そ、んな・・・エミリー様が、浮気・・・!?」
「待て、まだ決まったわけじゃない。ただの友人かもしれないし、彼女にも他意はないかもしれない。ただ・・・何も言ってきてくれないのが、凄く不安になってしまって」
「そう・・・ですね。私からも、それとなく聞いてみます」
確かに王女となれば、交流する男性も多そうだが・・・婚約者がいる身でありながら、不貞を働いている可能性が浮かんでしまえば、黙っていられない。
翌日、イザベラは急遽、エミリー王女の元へ向かうことにした。あまり大事にしないようにとカーヴェルから釘は刺されていたが、どうにも落ち着かない。
「お嬢様、単刀直入におっしゃるのは失敬ですので、お気を付けて」
見送るリコッタにも、あっさり気付かれてしまうほどに。カーヴェルのことになると、どうしても冷静さを欠いてしまう。
「分かってるわよ、大丈夫だから」
「お嬢様は、言葉が先走ってしまいがちですからね。思ったことをすぐに口に出すこともあるので、落ち着いてくださいね」
「そ、そこまで言わなくても良いでしょう!」
とはいえ実際、彼女の言う通りなので言い返せない。とにかく今回は気を付けようと心に決めながら、1人エミリーのいる王城へ向かった。
いつもお茶会をする庭。口約束もせず来たものだから、やはり誰もいない。王城の庭ともあり、季節の花々が色とりどりに咲き誇っていた。
ふと、とある花が目に入る。カーヴェルに渡された花束にあった、とりわけ綺麗な桃色の花。
綺麗だ、とても綺麗だ・・・同時に、酷く憎くなる。
あの花が、義兄と王女様を繋ぐモノになってしまった。あの花さえなければ、繋がる証がなかったはずなのに。
グルグルと嫉妬が渦巻く。ゴチャゴチャと邪な重いが浸透する。
あの花さえ、あの花さえ・・・。やはり7年近く抱いていた思いは、簡単に消えることはなかったようだ。
つい一瞬の衝動で、その花を1輪、茎から手折ってしまった。
その瞬間、ボゥ!と燃え出す庭の植物。まるで怒りを表わしているかのように、ドス黒い色の炎が庭に襲いかかる!何事かと集まってきた兵士たちは、突然の火事に混乱したように叫び声を上げている。そして次の瞬間、イザベラは彼らに取り押さえられていた!
「嫌っ!?何をするんですか、離してください!!」
「何を言う、貴様が火をつけたんだろ!!」
「違います、突然燃えて・・・!!」
その時、兵士の顔を見て驚いた。全く光が無い、渦巻き模様の瞳を持つ彼ら。まるで生ける屍のような表情で、何かに操られているようで。力ずくでイザベラを抑え込もうとしてくる。
イザベラのその視界に囚われたかのように・・・次第に、抵抗できなくなっていたのだった。
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その頃、カーヴェルはテムポット公爵家にて片付けをしていた。あと数ヶ月で王族に婿入りともあると、周囲も慌ただしいモノだ。
ちょっと休憩、と立ち上がる。ふと視線をやれば、少し前にエミリーからもらった花。
「あぁ・・・」
思わずため息が漏れてしまう。彼女がくれた花は、今もまだ枯れることなく元気に咲いている。こんなに綺麗な花をもらった時はとても仲が良かったのに、最近になって不安と疑惑に苛まれてしまっていた。
自分の思い違いだと良い、と願いながらも。それでもあの美しい男性が、エミリーと仲睦まじくいた光景が目に焼き付く。
本当に王女と結婚するのが正しいのか?だったら・・・イザベラとこの公爵家を継いだ方が、互いのためではないのだろうか?
「・・・やっぱり、僕の選択は間違ってたのか?イザベラを救う方法が、欲しかっただけなのに」
そう呟いた瞬間、ボゥ!と花が燃えだしたではないか。はぁ!?とカーヴェルが叫び、慌てて花瓶の水をかける・・・が、全く消える気配がない。ドス黒い色の炎が、彼に襲いかかってくる・・・!
その直前、彼の目の前に現れた人影。バシュゥ!と何かの音がして、炎は跡形もなく消えた。
「え、何だ今の・・・」
呆然と立ち尽くすカーヴェル。目の前の人物はパシパシと、メイド服を叩いた。
「ご無事ですか、カーヴェル様」
「リコッタ!?どうして・・・それに、さっきのは?」
「それは後で説明しますから。まずはこちらへ」
「ちょっ、待って!?」
「このままでは、貴方の契約までもが、全て水の泡となるでしょう。奴らを、止めなければ」
有無を言わさずカーヴェルを引っ張り、どこかへと連れていくリコッタだった。
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イザベラは夢を見た。
母の再婚で、テムポット公爵家の者になった彼女。そこで義兄のカーヴェルに出会い、本当の兄妹のように仲良くなった。
カーヴェルは後に、エミリー王女の婚約者に決まる。それでもイザベラはとても喜び、義兄を応援していた。彼女も義兄に負けぬよう、テムポット公爵家の女当主になるべく、必死に勉強を続けていた。
兄妹の仲はとりわけ良かった、兄は義妹のことをとりわけ愛していた。エミリーとの外出にも、カーヴェルはわざわざイザベラを連れてきてしまうほど。
それがエミリーにとって気にくわなかった。カーヴェルに愛されているイザベラに、強い嫉妬を覚えるようになった。やがて王女はとある交流会にて、義妹を言葉巧みに煽っていく。結果、イザベラはエミリー王女を階段から突き落とし、怪我をさせてしまった。
結果、イザベラは最果ての地、不衛生な修道院に放り込まれてしまう。
その後、彼女は衰弱死した。
そう、死んだ。死んだのは、自分。
自分が・・・死んだ?
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「下」は明日夜に投稿する予定です。